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136.【ハル視点】アキトの初野営

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 野営地の場所を選ぶのは、隊を率いる者にとっては大事な事の一つだ。

 チーム全員の体力をきっちりと把握して、その日の目標を決める必要がある。目標は簡単過ぎても良くないし、かと言って難しすぎても良くない。夜の森の危険度は、昼の森の比では無いからだ。

 このチームを率いるルセフは、どうやら優秀だったようだ。

 無事に野営地に辿り着いたアキトは、楽しそうに野営地を見渡していた。

「よし、じゃあ野営準備始めるぞー」

 そう声をかけたのはウォルターだった。ルセフが何も言わずとも動き出すチームに、きっちりと役割分担ができているんだなと感心する。

「アキトはここにテント張ってくれるか。ブレイズはこっちだ」

 ブレイズとアキトを、一番安全な真ん中に挟む配置にするつもりみたいだ。ふと視線を感じて顔を上げれば、アキトがじっと俺を見つめていた。事前にテントの組み立て方なら説明できるよと伝えていた俺は、役目を果たすべくアキトに近づいた。

「まずはその縛っている紐をほどいて、次に左側にあるそこの布をめくって…」

 組み立て方はテントを買う時にきっちりと読み込んできたから、何の問題も無かった。俺が組み立て方を説明すれば、アキトはてきぱきと組み立てていった。完成するのはあっという間だった。

 できたばかりのテントに潜り込んで、アキトは楽しそうに笑っている。俺も一緒に潜り込んでみたけれど、上半身を入れるのがやっとといった狭さだった。

「うまく設営できたね」

 こっそりと小声で声をかければ、アキトも声をひそめて答えてくれた。

「ハルのおかげだよ、ありがと」
「どういたしまして」

 柔らかい声で告げられる感謝の言葉に、自然と笑みがこぼれてしまう。アキトは寝袋をじっと見つめていたけれど、すぐに首を振ってテントから出て行った。

「ファリーマ、俺のテントも頼む」
「はいよ」
「じゃあ、俺は晩飯の準備にとりかかるからなー」

 ルセフは誰にとも無くそう言うと、半円形に並んだテントから少し離れた場所に陣取った。遠すぎず近すぎない良い位置だ。

 枯れ枝を集めようかとブレイズに声をかけたアキトは、必要無いと言われて驚いていた。移動しながら枯れ枝を集めるのは、この世界では当たり前の事だ。魔道収納鞄を持っている人なら誰でもやるような事だが、アキトにとっては意外だったようだ。確かアキトのいた世界には、魔道収納籠が存在しないと言っていたから無理も無いか。

「ファリーマ、火頼めるか?」
「俺は!今!お前のテント組み立ててるんだよ!」
「ちょっとぐらい手を離せるだろ?」
「今が一番手を離せないのぐらい見たら分かるだろー!というか、テントを頼む前に火の事頼めよ!」
「あの、火魔法だったら俺も使えますけど」
「お、じゃあアキト頼むわ」
「はいっ!」

 自主的に火つけ係に立候補したアキトは、すぐに魔力を練り始めた。止める間もなくあっさりと放たれた火魔法は、積み上げられていた枯れ枝に命中すると一瞬で燃え上がった。

「できました」

 ああ、これは大騒ぎになるかもしれない。

 恐る恐る視線をチームに向けてみれば、ルセフは無言のままで焚火に見入っているし、ウォルターはアキトを見つめて絶句しているし、ブレイズは両手で拍手をしながら楽しそうに笑っていた。

「あの」
「アキト!」

 テントを放りだしたファリーマは一瞬でアキトに近づくと、両肩をがっしりと掴んだ。ああ、やっぱりこの魔法馬鹿は食いつくよなと、俺は思わず遠い目をしてしまった。

「アキト!」
「今の火魔法はどういう計算式で放ったのか、俺に教えてくれないか?」
「計算はしてませんけど」
「なんだって!?計算してないって事は、アキトは感覚派なのか?」
「はい、そうです」

 ドロシーに魔法を教えてもらったアキトは、感覚派が希少な存在だと言う事実を知らない。わざわざ教えなかったのは、アキトがソロでしか活動していなかったからだ。通りすがりの冒険者が魔法を使う所を見たとしても、それが感覚派か理論派かなんて質問をわざわざしてくる事は無いだろうと思っていた。

 だが魔法馬鹿と言われていたファリーマなら間違いなく食いつくだろうな。

「俺は理論派だから魔力量を計算して威力を変えてるんだけど、感覚派の人は一体どうやって威力を変えてるんだい?」

 ぐいぐいと近寄っていくファリーマに、アキトは困った顔をして俺に視線を向けた。ああ、ドロシーの教えを勝手に広めて良いか悩んでいるのか。

 元々感覚派が少ないから広まらなかっただけで、ドロシーも別にわざと隠しているわけじゃない。にっこり笑顔でそう言い切れば、アキトは安心した様子で口を開いた。

「俺みたいな感覚派は、想像するものによって威力を変えてます」
「想像…えーと、例えば?」
「火魔法だったら、種火、焚火、かがり火って感じですね」
「はーなるほど!ちょっと俺もやってみて良いか?」

 ファリーマの手元に、すぐに魔力が集まっていく。魔力の操作は上手いようだが、さてどうなるかなと眺めていれば、ルセフが急に止めに入った。

「待て、魔法馬鹿」
「何だよ、今良い所なのに!」
「おまえには他にやる事があるだろうが!あの途中で放置した俺のテントを、ちゃんと組み立てて来い」
「は?今やるべき事なんて魔法の実験しかないだろ!感覚派の奴ってかなり珍しいんだよ?その考え方を知れたんだから、実験しないと駄目だろ!」

 駄々をこねるファリーマを睨みつけるルセフの目は冷ややかだ。こんな顔もできるのか。

「…ファリーマ、晩飯はいらないって事か?」
「う……あーもう分かったよ。すぐやります!」

 不本意そうな顔をしながら、ファリーマはテントを組み立てに戻っていった。

「アキト、火ありがとうな」
「あ、えーとどういたしまして」
「あと魔法馬鹿がすまない。つっこんだ事を聞いたな」
「いえ、俺もちょっと理論派の人がそのやり方を知ったらどうなるのか気になって、見入っちゃってました」
「嫌じゃないなら良かった。迷惑じゃなければ晩飯後にでもかまってやってくれ」

 ああ、なるほど。例え同じチームでも突っ込みすぎた質問だと思ったから、あんな風に急に割って入ったのか。もしアキトが不快を示していたら、全力で止めてくれていたんだろうな。どうやらアキトも同じ結論に達したらしい。

「気遣いありがとうございます」

 アキトにそう声をかけられたルセフは照れくさそうに手を振った。



 ルセフが作った食事は、野外で作ったとは思えない出来栄えだった。格子状に焼き目のついた新鮮な一角ボアのステーキは、あふれ出る肉汁がなんとも美味しそうだった。

「これは美味しそうだな」

 自分の口からそんな言葉が飛び出した事に、自分の事ながら驚いた。

 アキトが歓声を上げたスープには、均一に切り揃えられた野菜がたっぷり入っていた。しかもこの野菜、ルセフが自分で切り分け干して作ったものらしい。商人が知ったら目の色を変えて商品化を目指すだろうなと思ってしまった。

 ステーキとスープだけでも嬉しそうだったアキトは、軽く火であぶったパンと、皮ごと食べられる果物を渡されて固まってしまった。

 周りも食事を始めルセフから促されて、やっとアキトは食事に手をつけた。

「うっま!」
「お、素が出るほどうまかったか」

 大きく見開いた目が、どれほどそのスープが美味しかったかを伝えてくる。続けてステーキを口すると、今度は何も言わずにふふっと笑みをこぼした。ああ、よっぽど美味しかったんだな。あまりに幸せそうな顔で食べ進めるアキトに、俺も何か作って食べさせてやりたいななんて思ってしまった。

「アキトも胃袋を掴まれたか…」

 ウォルターはそう言うと唐突に話し出した。

「俺たちのチームはさ、リーダーとかいなかったんだよ、元々は」
「そうなんですか?」
「そうそう」

 ウォルターの言葉にファリーマは頷いているけど、ブレイズは大きく目を見開いていた。

「え、俺も初めて聞いたんだけど」
「お前がチームに入る前だからな」

 わざわざチーム申請をしなくても、ギルドでチームとして依頼を受けること自体は可能だ。だが、チーム登録をすれば色々な面で優遇される。

 まだブレイズが入っていなかった頃、チーム申請をするにあたって、どうしてもリーダーを一人選ばなければいけなくなったそうだ。三人は一歩も引かず、全員がリーダーをやりたいと主張したらしい。普通ならもめそうな場面だけど、その時にルセフが言ったらしい。

「俺がリーダーになったらこれからも飯は俺が作ってやるってな。この飯を食った事があったら、そんなの折れるしかないだろ?」

 胃袋を掴まれた時点でルセフの勝ちは決まってたんだと、ウォルターは続けた。なるほど、あれだけ美味しそうな料理ができるなら、確かにそれは取引材料として使えるだろう。

 そんな事でリーダーを決めるなと思う気持ちも少しはあるが、ルセフはリーダーに向いているようだから問題は無いだろう。むしろ自分の能力を上手く売り込んだものだと、感心してしまった。

「うわー…俺ルセフさんがリーダーで良かった」
「リーダーになったウォルターが責任を持って飯を作るってなってたら、俺はこのチーム抜けてたね」

 真顔でファリーマはそう言うと、ステーキをぽいっと口に放り込んだ。

「失礼だな、てめぇ!」

 顔を真っ赤にして怒るウォルターに、ブレイズのとどめの一言が突き刺さった。

「ウォルター兄ちゃん、料理の才能全く無いもんね」

 そうか、ウォルターは料理が苦手な奴なのか。

 わいわいと言い合うチームを見守りながら、俺も一緒になって笑った。
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