生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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127.【ハル視点】長い夜と調査依頼

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 アキトの治療をした日の夜は、間違いなく今までで一番長い夜だった。

 薬のせいで朦朧としていたアキトは、何度も精を吐き出してようやく満足するとそのまま糸が切れるように眠ってしまった。

 後に残ったのは、精液や汗や涙でぐちゃぐちゃになった扇情的なアキトの姿だ。正直に言って、目のやり場に困る。

 俺は憑依を解除する前に、アキトの魔力を使ってアキトの体とベッドを浄化した。朝起きて全裸なのは良くないだろうと、だるい体を操って無理やり服も着せた。

 これで少しは安心して眠れるだろうか。うなされる様子も無くすやすやと眠るアキトの姿を、俺はぼんやりと眺めた。

 明日の朝起きてきたアキトの目に、もし俺への恐怖や拒絶、嫌悪感があったら。そうなったらアキトの前に姿を見せないようにするしかない。

 治療をする前にそのぐらいの覚悟は決めた。そう、決めた筈だったのにな。実際には、アキトが目覚めるのが怖くて仕方がない。

 ぐるぐると回る思考を持て余しながら、俺はアキトの寝顔をひたすらに見つめ続けた。



 ずっとアキトの寝顔を見つめていたから、うっすらと目が開いたのにはすぐに気がついた。気がついたけれど、自分から声をかける勇気は出なかった。

 無言のままじっと見守っていたんだが、寝具に埋もれてしまったアキトはなかなか起き上がってこない。もしかして体調が悪くて起き上がれないんだろうか。

 恐怖心を心配が上回りそっと顔を覗き込んだ瞬間、アキトが急に目を開いた。覗き込んだせいで驚くほどに顔の距離が近い。

「アキト?起きたの?」

 冷静な声が出たことに、自分でも驚いた。

「ひゃいっ!起きましたっ!」

 ひっくり返った返事は、アキトが昨日の事をばっちり覚えていると伝えてくる。

「おはよう、アキト」
「お、おはよ、ハル」

 ああ、いつも通り挨拶をしてくれるんだと、こわばっていた肩の力が抜けた。

 体調を確認すれば、アキトは立ち上がってすたすたと歩き出した。足腰は問題なさそうだなと見つめていると、ぶんぶんと腕を振り回したアキトが笑顔でこちらを振り返った。

「特になさそう」
「良かった…」

 あの薬には常用性は無い筈だが、改良いや改悪されていたらどうしようと思っていた俺はふうーと大きく息を吐いた。

「あの、昨日は…」
「あ、そうだ。レーブンにお土産渡さないとね」

 アキトの口から出てくる次の言葉が怖くて、思わず遮ってしまった。何をしているんだ、俺は。困惑して黙り込んだアキトは少し考えた後、俺の目をまっすぐに見返してきた。

 その目を見て、例えどんな内容だとしても、次の言葉は邪魔をしないと心に決めた。

「うん、お土産渡したいね!」

 笑顔の言葉にアキトに気を使わせてしまったなと思う一方で、ホッとしたのも事実だった。



 食欲もきちんとあるようで、アキトは黒鷹亭の朝食をおいしそうに平らげてみせた。どうやら本当に体調は心配いらないみたいだ。

「レーブンさん。おはようございます」

 アキトの挨拶に笑顔で答えたレーブンは、まじまじとアキトの顔を見つめた。

「うん、今日はいつも通りのアキトだな」

 安心したと言いたげな声からして、やっぱり昨日はかなりの違和感を感じていたんだろう。俺がアキトに害意を持たないから、何とか見逃してもらえた感じだろうか。レーブンのスキルは侮れないと再認識した。



 目の前で繰り広げられているのは行商か何かだったか?そう疑う程の量の野菜や果物が、テーブルの上に所狭しと並んでいる。

 アキトは驚いた顔で、レーブンは呆れた顔でテーブルの上を眺めている。

「こ、こんなに?…レーブンさん、これって受け取って良かったんですか…?」
「ああ、量は多いが高いものはそれほど無いぞ」

 レーブンの見立てでは、家庭用に栽培してるものも入っているらしい。種類の知識はそれなりにあるけれど、さすがに全ての野菜や果物の目利きには自信が無い俺では気づけなかった点だ。

「俺はこれが欲しいな」

 そう言ってレーブンが選んだのは、スープの具材におすすめの野菜と、朝食に使えそうな果物がいくつかだった。少なすぎるだろうと思ったが、そこからアキトの猛攻が始まった。

 もっと貰ってくれないと困るとか、売り払って良いって言われても売るのはちょっととレーブンの情に訴える。なかなかのやり手だな。

「わかった、じゃあこれはもらおう。これは生でも食えるからお前が持て」

 レーブンが反撃をすれば、すかさずアキトが言葉を返す。

「こっちは今朝の朝食にも使ってましたよね?貰ってください」
「これは長持ちするから冒険者向けだ」

 ひとつでも多く貰ってもらおうとするアキトと、多すぎると主張するレーブンの戦いは見ているだけでも楽しかった。



 部屋に戻るなり、俺はすぐにアキトに声をかけた。

「今日はどうする?」

 あんなことがあった翌日だ。普段の俺なら今日は休みにする?と聞く所だが、部屋で二人きりは何となくきまずいと思ってしまった。

「んー何か良い依頼が無いか、とりあえずギルドに行きたいかな」

 この時間では良い依頼があるかどうかは運しだいだ。だが、依頼に関しての事なら普通に会話もできる気がする。俺は即座にアキトの提案を受け入れた。



「アキトー!」

 街中で急にかけられた楽し気な声に二人して振り返れば、走ってくるのはアキトの一緒にランクアップ試験を受けた犬のような青年だった。

 挨拶もそこそこにブレイズが切り出したのは、チームで受ける依頼への勧誘だった。Cランクのチームと一緒に動くのは、アキトにとっても絶対に良い経験になるだろう。

「ランクが上がればチームで依頼を受ける事も増えるし、これは良い機会だと思うよ」

 そう伝えれば、アキトは笑顔で頷いた。興味があるなら話は酒場でと言われたアキトは、上機嫌のブレイズと並んで歩き出した。



 酒場で初めて顔を合わせたブレイズの仲間達は、なかなかに濃い奴らだった。

 一人目は盾使いのウォルター。

 ブレイズのランクアップ試験の結果を喜んでいた、あの時の筋肉質な男だ。盾使いというのは前衛職の一つだ。攻撃を受け止める壁があるだけで、チーム全体の生存率は上がる。その分危険と隣合わせの役割でもある。

 二人目は魔法使いのファリーマ。

 ファリーマは黒髪短髪の爽やかな笑顔の男だった。見事な筋肉をしているのに魔法使いと聞いて、アキトが怪訝そうな顔をして固まったのには笑ってしまった。

 典型的な魔法好きのようで、得意魔法を聞かれたアキトの答えを聞くなり、石派かつぶて派かと聞き出したのには苦笑が漏れた。

 三人目は剣士のルセフ。

 おそらくこいつが参謀かつ隊長なのだろう。言い合いを始めたウォルターとファリーマを、一瞬で黙らせた手腕には感心した。頭の回転も早そうな男だが、アキトに対しては柔らかい笑みを浮かべてみせた。

 更にここに弓使いのブレイズが加わるわけか。前衛の盾使いと剣士、後衛の魔法使いと弓使いで、かなりバランスの取れたチームだ。ここにアキトが加われば、更に後衛が強化される事になるな。

 そんなことを考えながら眺めていると、唐突にブレイズが口を開いた。

「あ、アキト、ルセフさんが図鑑を読めって言った人だよ!」
「ん?ブレイズ急にどうした?」

 不思議そうな表情をしたルセフに、ブレイズは満面の笑みで続ける。

「アキトも図鑑を読み込むんだって」
「ああ、それでお前ランクアップ試験後に謝ってきたのか」

 ルセフは苦笑しながらも、温かい目でブレイズを見つめていた。そういえばランクアップ試験の時に、図鑑を読み込むなんてからかわれてると思ってたと話していたな。

「依頼の話の前に、まあまずは飯でもどうだ?アキトとブレイズの分は俺がおごるよ」
「え、良いんですか?」
「アキト、ルセフさんはね。気に入った人にはおごりたい人なんだよ」
「でも会ったばっかりなのに」
「図鑑を読み込む同士には久しぶりに会ったからなぁ」

 そう言いながらルセフが取り出した下位の図鑑は、しっかりと使い込まれているのが一目で分かった。ああ、俺が持っていた図鑑と全く同じ状態だな。

 アキトもそっと鞄から下位の図鑑を取り出して見せる。同じように劣化している図鑑を見て、ルセフは楽し気に笑いだした。

 こいつとは気が合いそうだ。
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