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121.目が覚めて

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 うっすらと目を開いた俺は、見慣れた天井をぼんやりと見つめていた。

 あれ、いつの間に黒鷹亭に帰ってきたんだっけ。

 寝起きの回らない頭でそう考えていた俺は、急に思い出した昨夜の出来事にぼっと頬を赤く染めた。

 昨夜、俺はハルに抜い――治療してもらった。治療。治療だよな、うん。あれは治療だったはず。

 薬のせいか最初以外はあんまりはっきり覚えてないんだけど、気持ち良かった事だけはばっちり覚えてるんだよな。

 ハルの優しい声と手の動きを思い出してしまった俺は、慌ててぎゅっと目をつむった。

 よりによってあんな事をさせてしまったけど、ハルは怒ってるだろうか。それとも呆れてたりするのかな。えーどうしよう。どんな顔して話せば良いの、俺。

 というか、まずハルが部屋にいなかったらどうしよう。そう思って恐る恐る目を開くと、目の前にあったのはハルのどアップ顔だった。

「アキト?起きたの?」
「ひゃいっ!起きましたっ!」

 普段でも破壊力の高いハルのイケメン顔を、よりによって昨日の今日で、こんな至近距離で見るなんて耐えられるわけが無い。返事の声も上ずってしまった。

「おはよう、アキト」
「お、おはよ、ハル」

 俺の頬は真っ赤だけど、ハルはいつも通りに穏やかに笑ってみせた。え、ハルってばいつも通りすぎない?

「体におかしなところはある?」

 心配そうなハルの声にひとまず立ち上がってみた。ベッドから離れて数歩歩いてみたけど、特に問題は無さそうだ。普通に歩けるし腕も動く。

「特になさそう」
「良かった…」

 よほど心配してくれていたんだなと伝わってくる声を聞きながら、俺は何と切り出すべきかを考えていた。あんなことをさせてごめんと言いたいし、助けてくれてありがとうとも言いたい。あの店は危ないって教えてくれたのに、言う事を聞かなかったことも謝りたいよな。

「あの、昨日は…」

 口を開いた俺の言葉が終わる前に、ハルが口を開いた。

「あ、そうだ。レーブンにお土産渡さないとね」

 ハルに言葉を遮られたのなんて、初めてだ。ああ、そっか。こんなにわざとらしく話題を変えたのは、昨日の事を話したくないという意思表示か。

 苦しんでる俺を放っておけなかったから助けてくれたけど、昨日の事はハルにとっては早く忘れたい出来事なんだな。

 うん。ハルに嫌な思いをさせてまで話題にする必要は無いよね。昨日はありがとう。忠告聞かなくてごめんなさい。

 心の中だけでそう呟いてから、俺はハルをまっすぐに見返した。

「うん、お土産渡したいね!」
「じゃあ朝食を食べてから渡しに行こうか」

 明らかにホッとしたハルの様子に、少しだけ胸が痛んだ。



 数日ぶりに食べる黒鷹亭の朝食は、素朴なんだけどほっとする味だった。やっぱりレーブンさんの料理は美味しいよな。

 美味しい物を食べたら、ちょっと気分も上向いてきた気がする。

「レーブンさん。おはようございます」

 笑顔でそう挨拶すれば、レーブンさんも笑顔で迎えてくれた。

「おう、アキト。おはよう」

 そう言うなり、レーブンさんはまじまじと俺の顔を見つめてきた。

「うん、今日はいつも通りのアキトだな」

 あっさりと投げかけられた言葉に、俺の笑顔はひきつった。憑依状態が見分けられるとか、レーブンさんの目には世界はどう見えてるんだろう。聞いてみたいような、聞くのが怖いような。

「昨日言ってたお土産を渡したいんですけど」
「あー気持ちは嬉しいけど、毎回土産を買って来なくて良いんだぜ?」
「それが…」

 ロズア村で依頼を達成した結果、魔道収納鞄ごと野菜や果物を貰ったと伝えれば、レーブンさんは楽し気に笑いだした。

「あの村は変わらねぇなー」
「レーブンさんも同じような事があったんですか?」
「ああ、あったぞ」
「何が入ってるかも分からないんですけど…」
「俺の時もそうだったよ」
 
 せめて中身は把握しておいた方が良いだろうと、レーブンさんに案内されたのは食堂の横にある食材貯蔵庫だった。

「うわー」

 見た事のない野菜や、使い道の分からない瓶なんかがたくさん並んでいて圧巻だ。

「こっちにテーブルがあるからここに出してみろ」

 レーブンさんが指差した方を見れば、頑丈さを重視したテーブルがどどんと並んでいた。いつもここで買って来たものを仕分けるそうだ。

「じゃあ出しますねー」

 ロズア村でもらった魔道収納鞄から、どんどん野菜や果物を取り出していく。受け取ったレーブンさんがどんどん仕分けしてくれるから、テーブルの上には種類別にきっちりと分けられていった。

「これが最後です」
「おう」

 無心で取り出していたせいで全く気づいてなかったんだけど、落ち着いてみるとすごい量だ。

「こ、こんなに?」
「レーブンがいなかったら、仕分け大変だったかもねぇ」

 ハルですら苦笑する程の野菜や果物が、テーブルの上にどっさりと並んでいる。これって受け取って良かったのかなと心配になるほどの量だった。 

「レーブンさん、これって受け取って良かったんですか…?」
「ああ、量は多いが高いものはそれほど無いぞ」
「本当ですか?」

 目利きのレーブンさんによれば、家庭用に栽培してるものも入ってるらしい。家庭用は傷があったりするんだけど、味は販売用より美味しかったりするんだって。

「俺はこれが欲しいな」
「え、もっと貰ってくれないと困ります」
「いや、だが」
「売り払っても良いって言われましたけど、売り払うのはちょっと…」

 頂きものなのに売り払うってのが、何となく嫌なんだよね。レーブンさんは絶対に美味しく調理してくれるし、宿の朝食にも使ってくれるから良いんだけど。

「これは生でも食えるからお前が持て」
「こっちは今朝の朝食にも使ってましたよね?貰ってください」
「これは長持ちするから冒険者向けだ」

 気づいたら、ひとつでも多く貰ってもらおうとする俺と、多すぎると主張するレーブンさんの戦いになってたよね。ハルはそんな俺たちの言い合いを、ただひたすら嬉しそうに見つめてた。

 お土産を渡しに来て良かったかもしれない。レーブンさんとわいわい騒いだおかげで、俺もだいぶ落ち着いたしね。

 何がってハルにあんなことをさせた罪悪感とか羞恥心とかがだよ。
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