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115.【ハル視点】トルマルから出発

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 俺が声を掛ける前に、アキトは珍しく起きだしてきた。

「おはよう、ハル!」

 元気いっぱいのアキトには、昨日たくさん歩き回った疲れは全く残っていないようだ。ブランカに戻るなり温泉を堪能して、早めに眠ったのが良かったのかもしれない。

 身支度を整えたアキトは、いそいそと食堂へ向かった。ブランカの食堂は海が見える日当たりの良い部屋で、景色も楽しめる場所だ。ゆっくりとそこで時間を過ごす宿泊客も多いのに、アキトは食べ終わるなり立ち上がった。

「もう戻るの?」

 思わず尋ねた俺に、アキトは周りに見られても不自然にならない程度に頷いてくれた。そのまままっすぐに部屋に戻ると、アキトは部屋の鍵を閉めた。

 急ぐ旅でも無いのに、そのまま荷物を整頓し始めたアキトをじっと見つめてしまう。

「もう少し食堂でゆっくりしても良かったのに」
「んー食堂だったらハルと話せないからね」

 あっさりとそう理由を告げると、アキトは笑いながら俺を見上げてきた。不意打ちの言葉に、心臓を射抜かれた気分だ。思わずアキトから視線を逸らしてしまった。そうか、俺と話すために部屋に戻ってくれたのか。そう思うと、急にこの時間を嬉しく感じてしまう。

「なあ、そう言えば気になってたんだけど…」
「ん?どうしたの?」

 荷物の整理が終わったのか、アキトは窓の外の海をぼんやりと眺めながら口を開いた。

「なあ、帰りって徒歩で帰るの?」
「徒歩だと途中で野宿になるから、直通の馬車に乗った方が良いと思うんだけど」
「ああ!今度ライスを買いにくる時に乗るって言ってたやつ!?」

 嬉しそうな言葉に、思わずフハッと笑ってしまった。確かに俺が言った事だが、よほど嬉しく思ってくれたんだろうな。絶対にアキトと一緒に、またトルマルに来ようと俺は密かに決意した。

「うん、それだね。アキト…そろそろ出発しようか?」

 アキトはすぐに立ち上がると、慣れた様子で魔道収納鞄を背負った。



 馬車乗り場のある西門まで案内するには、大通りから行く方が分かりやすい。だが今は大通りが一番混みあう朝の時間帯だ。俺は比較的空いていそうな狭い小道を選んで、アキトを案内した。この道なら少しくらい話せるかなと考えたせいでもある。

 馬車乗り場の話や西門の話をしながら歩いていけば、目的地の西門にはあっという間に辿り着いた。

「アキト、あれが西門だよ」

 見えてきた西門を指差せば、アキトは口を開いて大きな門を見上げていた。

「こっちが馬車乗り場に続く道だよ」

 トライプールに比べるとかなり小ぶりな建物だが、ここは観光地な事もあり少し装飾がされている。アキトにどう説明しようかなと考えていた俺は、不意にアキトが上げた声に驚いて視線を転じた。

「え、ヨウ!?」

 そこにいたのは、触らせてもらったとアキトがはしゃいでいたあの白馬だった。まだ2回目だと言うのに、名前を呼ばれただけでヒヒンと軽く答えるなんて気に入られすぎじゃないか。

「あ、ロズア村まで乗せた冒険者の兄ちゃんじゃないか」

 御者もアキトに気づくと、軽い調子で挨拶を交わしている。

「こんにちは!」
「今日は俺たちがトライプールまでの担当なんだが、乗るのかい?」
「はい。今日帰るところで…」

 二人が会話をしている間に、白馬がぐいっと鼻を割り込ませたのには驚いた。さあ撫でろと言いたげな仕草に、御者も笑い出した。

「気に入られてるなぁ、よければ撫でてやってくれ」
「ヨウ、覚えててくれたんだな、ありがと」

 アキトにはまだ理解できていないようだが、この世界のウマは組んでいる相手以外には滅多に懐かない。アキトが特別好かれているだけなんだが、なんだか悔しいので教えるつもりはない。ウマに嫉妬なんて笑えないなと、思わず苦笑が漏れた。



 乗り込んだ馬車は、無事に定刻通りに出発した。

 今回の乗客は商人や旅人ばかりで、冒険者はアキトだけのようだ。怪しい気配も無い事を確認して、俺はふうと肩の力を抜いた。

「兄ちゃんは冒険者かい?」
「はい」
「トルマルでは何を買ったかって聞いても良いかね?」

 質問をしてきた男は、きちんと情報を集めて商売をする商人のようだ。こういう場所の会話から次の商売のネタを探す商人も多い。

「あ、干し魚とライスを買いました」

 アキトの答えが役に立つかは分からないが、素直なアキトの答えに馬車の中の雰囲気が一気に緩んだ。結局周りも巻き込んで、わいわいと話しをすることになったようだ。

 どこの土地の何が高く売れるとか、旅先で面白かった場所、珍しい物、おすすめの旅行先の話まで、幅広い話題が飛び交っていてなかなかに楽しそうだった。



 休憩で馬車が停まると、乗客たちはぞろぞろと降りていく。アキトも鞄を背負ってすぐに後に続いた。

「ヨウ、お疲れ様」

 食事を始めた白馬を、アキトはじっと見つめていた。本当にウマが好きなんだな。微笑ましい気持ちで見つめていると、唐突にアキトが干し魚を取り出した。馬の食事を見て、自分もすこし食べておこうとでも思ったんだろうか。

 だが、ちょっと待ってくれ。俺は慌ててアキトを止めた。

「アキト、そのままなら良いんだけど、もし火魔法で温めるつもりならもう少し離れた方が良いよ」

 一体何から離れるんだろうと軽く首を傾げたアキトに、俺は急いで説明した。

 ウマは近くで魔法を発動すると、攻撃されるかもと身構える。そう伝えれば、アキトは焦った様子で少し離れた森の近くまで移動してくれた。ウマが好きなアキトにはとても伝えられなかったが、身構えたウマに対して少しでも敵意を見せれば襲われる事もある。アキトは気に入られているから大丈夫だとは思うが、断言できない以上警戒するべきだ。

「うん、ここまでくれば大丈夫」

 俺がそう声をかければ、アキトは慣れた様子で火魔法を発動して干し魚をあぶりだした。この距離でも、白馬は食事を止めてこちらを見た。威嚇する様子もなくただこちらを見ているウマは、アキトには敵意を感じ無かったのだろう。

「ハル、教えてくれてありがとう」
「いいんだ。ウマの前では気をつけてね」
「うん、分かった」

 火魔法であぶった干し魚は、アキトの口にあったみたいだ。幸せそうにかじりつく姿を、ついまじまじと見つめてしまう。食事をしているアキトの姿は、本当にどれだけ見ても飽きないんだよな。

「ハル、あの人見える?」

 言われた方角を見れば、そこには女性の霊体が立っていた。

「見える。あれは霊体だな」
「だよね?何か寂しそうで、すごく気になるんだけど」

 寂しそうで気になる、か。アキトらしいとは思うけれど、わざわざ自分から関わりを持たなくても良くないかなんて思ってしまった。

「あの雰囲気からして危険な霊じゃないと思うんだけど…時間が無いから無理かな?」

 どうしようと困ったように口にするアキトに、俺はふうと大きく息を吐いた。

「今は休憩中だから、ここで途中下車すると伝えれば時間は問題無いよ」
「あ、そっか!さすがハル」

 この場所からなら、もう徒歩でも今日中に帰れるぐらいの距離だ。それほど魔物が多い地域でも無いし、俺が案内すれば迷う事も無いだろう。すぐに御者に声を掛けに行こうとしたアキトを、俺はそっと呼び止めた。

「アキト。危ない事に関わって欲しくは無いんだけど…俺もアキトの優しさで助けてもらった身だから強くは言えない」

 きょとんと見上げてくるアキトの目を、じっと見据えて声をかける。

「もし危険があると思ったら、まずは逃げること。約束できる?」
「うん、約束する」
「じゃあ良いよ。行こう」
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