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113.元料理人の心残り

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「アキト、最初は俺が近づくから様子を見て」
「ん、分かった」

 ハルの背中にかばわれながら、俺はこそっと幽霊の様子を伺った。母親ぐらいの年代の女性は、まっすぐに近づいてきた俺たちに驚いた顔で振り向いた。

「あなたたちは?」

 その目は綺麗に澄み切っている。

「ハル、大丈夫そう」
「そうか」

 ハルの背中からひょこっと顔を出した俺は、戸惑った様子の女性に声をかけた。

「こんにちは。俺はアキト。幽霊が見える異世界人です」
「アキトさん、幽霊が見える…異世界人?」

 あえて明るく自己紹介をしてみたんだけど、女性は呆然としながら俺を見つめていた。これは幽霊が見えるのと異世界人、どっちに反応してるんだろう。

「俺は幽霊のハルだ。アキトと一緒に旅をしている」

 俺に合わせてか自己紹介をしたハルに、女性はゆっくりと首を傾げた。

「あの、ハロルド様…ですか?」
「ああ、そうだ。今はハルと名乗っている」

 そういえばハルってハロルドって名前だったな。ハル呼びに慣れすぎて、ちょっと忘れかけてた。でも様付けって何でだろう。そう思ったけれど、女性がこちらを見てにっこりと笑ってくれたから聞くタイミングを逃してしまった。

「わたしの名前はモニカです」
「モニカさん」
「ええ、アキトさんとハルさんは何故ここへ?」
「馬車の休憩時間にモニカさんが見えたアキトが、気になると言い出してな」

 何て誤魔化そうかと考えてる間に、ハルが全部言ってしまった。

「まあ、わたしのためにわざわざ?」
「寂しそうだったから、気になったんです」
「ありがとう、お二人とも」

 モニカさんはそう言うと、ふわりと柔らかく笑ってくれた。

「その、私…心残りがあるんです」

 言いづらそうにやっとそう口にしたモニカさんに、俺は幽霊にはよくある事ですよと伝えた。心残りがあってこの世に残る幽霊が圧倒的に多いと知って、モニカさんは少し安心したようだった。

「良ければ話してみませんか?」

 ハルにもそう促されて、モニカさんはゆっくりと口を開いた。

「私は、生前料理人をしていたんです」
「料理人さん!」
「それで、その…言い難いんですけど…自分が食べた事のない料理を見てみたいんです!」

 そう口にするなりモニカさんは恥ずかしそうに顔を伏せた。

「もう食べられないのに、食べ物に未練があるなんて恥ずかしくて!」
「え、別に恥ずかしくは無いですよね。研究熱心だったんだなって思いましたけど」
「ああ、俺も別に変だとは思わないな」
「まあ。ありがとうございます!」

 笑われなくて良かったと嬉しそうなモニカさんに、俺は声を掛けた。

「つまり食べた事のない料理が見れれば良いんですよね?」
「ええ!でもこれが結構難しいんですよ!」

 モニカさんは世界中を旅して、色んな料理を食べて回ってたんだって。

 領都トライプールに住むことを決めてからは、この辺りの料理もかなり食べ歩いた。いや、食べ歩いてしまったと言うべきかもしれませんねとモニカさんは苦笑いを浮かべた。

 この辺りの料理を食べつくしたせいで、なかなか願いが叶わないんだって。

「その上、ここから動けないので…」

 この場所は平な地面が続いているから、森の中で活動する冒険者や旅人の休憩地点として使われているそうだ。だからここで食事をする人は、それなりにいるらしい。

「でも冒険者や旅人の食事なので…」

 モニカさんは最初に見た時の寂しそうな顔で、じっと地面を見つめた。

「ああ、冒険者とか旅人の食事は偏ってるものですからね」

 ハルの言葉に、がばっと顔を上げる。

「そうなんです!しかも素材そのままを食べる人までいて!いっそ私が料理してあげたいって思ってしまうんです!」

 あ、その言葉はさっき干し魚をあぶって食べただけの俺にも、ちょっと刺さる。それにしても、寂しそうにしてた理由が料理をしてあげたいっていうのだったのにはちょっと驚いた。モニカさんは優しい人なんだな。

「何とかしたいけど…」
「領都まで戻ってわざわざ料理を買ってきたとしても、食べた事があるものの可能性が高いって事だよな」

 ハルの言葉に、俺は大きく頷いた。

「でも料理人だった人が満足するような料理を、俺が作れる気もしないし」

 食べたことのない料理ー食べたことのない料理かー。

「…あっ!あるかも!」

 不意にひらめいた考えに、俺は思わず叫んだ。
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