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114.食べた事のない料理

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 あまりにいきなり叫んだから、二人は驚いた顔で俺を見つめていた。びっくりさせてごめん。思いついたのが嬉かったんだ。

「アキト?」
「ちょっと待って!」

 心配そうなハルにそう答えると、俺は魔道収納鞄の中から懐かしのリュックを取り出した。二人の視線を感じながらも、俺は無言のままリュックの中に手を入れた。

「一体何を?」
「あった!これ!」

 俺が取り出したのは、ずっとリュックの中に入れたままになってたコーンポタージュの缶だった。この世界に来る直前に、寒さに耐えかねて買ったやつだ。

「綺麗な絵が描いてあるけど、何だいこの筒?」
「黄色い木の実の絵ですね?」

 二人はまじまじと缶を見つめながら、不思議そうに首を傾げている。そうか、缶を見るのはもちろん、トウモロコシの絵を見るのも初めてなんだよな。

「これは、異世界の料理なんです」

 俺がそう断言すると、二人は顔を見合わせた。

「え…美味しくなさそう…」
「こんなものを…アキトは食べていたのか?」

 待て待て待て。二人して憐れむような顔で俺を見ないで。
からだ。
「違う。違うから、これはただの入れ物だから」
「そうなんですか?」
「そうか、良かった…」

 ひとまず納得してくれた様子の二人に俺はふうと息を吐くと、魔道収納鞄の中に入っている木のお皿を取り出した。モニカさんにちゃんと見えるようにした方が良いだろうから、今回はお皿に入れ替えるつもりだ。

「えーと、やっぱり温めた方が良いかな」

 頭の中で湯せんする情景を思い浮かべながら、火魔法を使ってみる。何回か失敗はしたけど、何度も試しているうちにやっと缶が温かくなってきた。
 
「これを、こうやって」

 パキョッと缶の開く音に二人はびくっと体を揺らした。俺はそんな二人の反応を新鮮に感じつつ、そっと木のお皿に注ぎ込む。こうやって器に入れると、ただの缶入りスープでも、なんだかすごく高級に見えるんだな。新発見だ。

「はい、コーンポタージュスープです」
「まあ、本当に見たことが無い料理です」
「だって異世界の料理ですからね!」

 モニカさんは、興味深そうにコーンポタージュスープを見つめている。これは料理じゃないとは言われないみたいだ。

「これはどんな素材を使っていて、どんな味なんですか?」
「えーと…トウモロコシっていう野菜と…」

 何が入ってるかなんて詳しくは知らないから、俺は缶の横にある成分表示を見ながら何とか説明を終えた。

「味は、甘みがあってまろやかって感じです。俺の世界では寒い時に温めて飲むのが人気のスープです」
「…アキトさん、これ食べてみてもらえませんか?」

 モニカさんの要望に、俺はすぐさま頷いた。

「待て、アキト。かなり時間が経っているだろう、無理はしなくて良いんだぞ」

 ちらりと缶の底を見てみたけど、まだ半年くらいは期限が残ってる。

「大丈夫だよ。これ、長持ちする入れ物なんだ」

 俺はいそいそとスプーンも取り出して、さっと手を合わせた。

「いただきます」

 二人の視線を感じながらスプーンを口に運ぶ。あーしっかり甘くてうまーい。このつぶつぶがまたうまいんだよな。思わず笑顔になった俺に、モニカさんは嬉しそうに笑ってくれた。

「とっても美味しそうですね」
「美味しいです」

 俺がコーンポタージュスープを食べ終わった頃、モニカさんの指先はじわりと空気に溶けるように消え始めた。モニカさんはその指先を嬉しそうに見つめている。

「お二人のおかげで、やっと心残りが消えました」
「良かったです」
「お二人とも、わざわざ立ち寄って下さってありがとうございました」
「「どういたしまして」」

 俺とハルの言葉が、ぴったりと重なった。

「まさか異世界の料理を知る事が出来るなんて思ってもみなかったけど、とっても嬉しかったです」

 もう肩の辺りまで消えてしまったけれど、モニカさんは穏やかに微笑みながらそう言ってくれた。

「アキトさん、ハル様、それでは」
「うん。モニカさん、良い旅を」

 死んだことはないから、このあとどうなるかなんて分からない。でも俺は元の世界にいた時から、見送る時にはいつもこの言葉を贈るんだ。

 ふわっと笑ったモニカさんは、そのまま空気に溶けるように消えていった。

「……心残りが消えるとこうなるんだな」
「うん、みんなこうなるよ」

 もしかしたら、いつかハルもこんな風に消えちゃうのかな。これまでも何度かそう考えたことはあったけど、俺の中のハルの存在はどんどん大きくなってる。今もし消えてしまったら。耐えられそうに無い。

「帰ろうか」
「うん、トライプールに帰ろう」

 落ち込んできた俺の気分を察してか、ハルは無言のままトライプールへと続く道を案内してくれた。
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