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98.トルマル名物の屋台

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 地元の人しか使わなさそうな狭い道を、ハルはどんどん進んでいく。その迷いない足取りに俺はしみじみと感心してしまった。港町トルマルはすごく綺麗な街だけど、色合いがこれだけ一緒だと、ぱっと見て覚えられる目印になるものが無いんだよね。

「道が覚えられる気がしない…」

 思わずそう呟けば、ハルはふふっと優しく笑った。

「慣れると見分けがつくようになるよ」

 そう言われても、今回のトルマルの滞在は2泊だけだ。たった数日いるだけでは慣れられそうにない。

「大丈夫、俺が案内するから。まかせて」
「ありがと、ハル。頼りにしてます!」

 せめてハルに迷惑をかけないように、迷子にはならないようにしよう。

「うん、頑張って案内するね」

 小道をひたすらに進んでいくと、たくさんの人がいる大きな道に合流した。この道がトルマルのメインストリートらしい。

 見たことのない雑貨を置いてるお店に、干し魚を売ってるお店、貝殻を使ったアクセサリーのお店まであるみたいだ。海の街って感じでふらふら見て回るだけでも楽しそうだ。きょろきょろしながら周りを見ていると、俺の顔をじっと見つめていたハルが言い難そうに口を開いた。

「アキト、一番お勧めの宿ブランカは、かなり人気の宿なんだ。だから、もしかしたら空きが無いかもしれない」

 がっかりしないようにって先に教えてくれるハルって、やっぱり気遣いのできる良い男だよね。分かったと笑顔で頷けば、ハルは安心したように笑ってくれた。



 不意にハルが立ち止まったのは、トライプールの冒険者ギルドよりも一回り大きな建物の前だった。水色の看板には、真っ白な文字でブランカと書かれている。え、ここが目的地の宿?想像以上にリゾートホテルっぽくて、俺が入って良いのか不安なんだけど。

「いらっしゃいませ。ブランカへようこそ」

 ハルに促されて恐る恐る中に入ってみたら、優しい笑みを浮かべた年配の女性が出迎えてくれた。場違いだって怒られることはなさそうでほっとした。

「あの、二泊泊まりたいんですけど、空きはありますか?」
「ええ、ございますよ」
「良かったー!」
「良かったね、アキト」
「あの、ここがトルマルで一番お勧めだって言われたので来たんです」

 聞かれても無いのに思わずそう言った俺に、お婆さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

「友人や家族、大切な人から聞いたと言って訪れてくれる方がいるのは、私たちにとっても本当に嬉しい事なんですよ。教えてくださって、ありがとうございます」

 朗らかに笑ったお婆さんは、慣れた様子で手早く部屋をとってくれた。

 事前にハルから聞いていた通り、一泊は2万グルだった。黒鷹亭なら一泊3000グルで泊まれるからすごく高く感じてしまうんだけど、実はこの宿は各部屋にいつでも入れる温泉がついてるんだって。温泉付きでそのお値段だったら、むしろ安いと思うんだ。

「もうお部屋に入れますが」
「あ、ちょっと買い物に行きたいので」

 部屋に行ったら温泉に入りたくなるし、温泉に入ったらきっと外出するのが面倒になる。だからまずは食料を確保しないと。それからゆっくり温泉を堪能するんだ。

「そうでしたか、ではいってらっしゃいませ」

 俺たちは受付のお婆さんに見送られながら、ブランカを後にした。目指すは屋台で買い食いだ。



 少しずつ夕陽に変わっていく街中を、ハルと二人で並んで歩く。今歩いているのは街の中でも海に近い地域なのか、寄せては返す波音が聞こえてくる。波の音を聞いていると、ゆっくりと時間が流れているような気分になる。

「ここの屋台は、他とはちょっと違うんだ」

 悪戯っぽく笑いながらそう言ったハルに、俺は軽く首を傾げた。

「ここだよ」

 ハルが教えてくれた所を覗き込むと、大きな広場にいくつもの屋台が連なっている。まるでお祭りの屋台みたいだ。トライプールでは色んな所にバラバラにあるから、この世界の屋台はそういうものなんだと思ってた。

「ただ屋台を集めてあるだけじゃないんだよ。買ったものを食べられる机と椅子がある場所も用意してくれてるんだ」

 買ったものを勝手にベンチで食べるとかじゃなくて、屋台のための食べる場所がわざわざ確保してあるって事か。

「もちろん買って帰る事もできるけど…どうする?」

 そんな場所がある事を聞いてしまったら、俺の答えは決まってる。

「ここが良いな」
「そう言うと思った」

 いくつもある屋台は、競い合うように声を張り上げて呼び込みをしている。どの屋台にも列が出来ているけれど、回転は早いみたいだ。

 調理されている魚も貝類もかなり派手な色だけど、この世界の野菜の色に慣れた俺には何てこと無い。何を買おうかと悩みながら屋台を見て回るのも楽しかった。

 結局、焼き貝と魚の串焼き、米…じゃなくてライスにほぐした魚を混ぜた混ぜご飯のようなものを選んだ。大きな葉っぱで器用に包んでくれた食べ物は、すぐに魔道収納鞄にしまい込んだ。

 ここの海みたいに綺麗なエメラルドグリーンのお酒も買って、夕食の準備は万端だ。
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