生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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96.【ハル視点】ロズア村の食事

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 村長の家へと辿り着いた俺たちを、はにかんだ笑顔のテッサが出迎えた。その笑顔を見て、なんだか嫌な予感がした。視線に熱がある気がする。

「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」

 もじもじしながらテッサが差し出したのは、ごろごろと木の実がたくさん入った焼き菓子のようだ。これはもしかして彼女の手作りだったりするんだろうか。

「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」

 アキトは躊躇わずに、すぐにその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。

「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」

 ああ、この流れには覚えがある。テッサはアキトに一目惚れでもしたんだろう。アキトは格好良いし可愛いから、惚れてしまうのも無理は無い。馬車に乗っている時から、ちらちらと視線が飛んできているのが、気になってはいたんだ。

 アキトは男性しか好きにならないと言っていた。だから、きっと彼女の恋心は成就しない。それははっきりと分かっている。

 それでも、告白されてその想いを拒否するアキトの姿を見たくは無かった。こういう風に断るんだなんて知りたくは無い。そんな所を見てしまえば、自分の思いを拒否される所も想像できるようになってしまう。

「アキト、俺はちょっと席を外すね」
「え」

 あまりに唐突な俺の言葉に驚いたのか、アキトはじっと俺を見つめてきた。咄嗟に動いた手が、俺の服の袖をひっぱろうと動く。もちろん触れはしないけれど、その仕草だけでアキトが俺を引き留めようとしていることは伝わってきた。

 アキトにつらい思いをさせるくらいなら、自分がつらい思いをした方が100倍マシだ。想いを拒否するアキトを見る覚悟を、俺は一瞬で決めた。

「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」

 アキトを見据えたテッサの口から飛び出してきたのは、予想外の質問だった。あれ、告白するわけじゃなかったのか。

「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」

 テッサはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていった。

「ハル、さっきの何だったの?」

 二人きりになるなり、不思議そうに尋ねてきたアキトに苦笑を返す。

「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」

 どうやら俺の勘違いだったみたいだ。テッサはアキトに告白しないし、アキトがテッサを振る所を見せられる事も無い。勘違いした自分が恥ずかしい。

 テッサが連れてきたのは、幼馴染だという小柄で華奢な男性だった。アキトより小柄で華奢な男は久しぶりに見たな。

「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」

 テッサはトッドの作る菓子を販売する店を作りたいが、トッドは自分に自信が無く身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでいるようだ。そこで甘いものが大丈夫な部外者に、何とか味見して感想を貰いたかったらしい。

 そうか。そんな理由があったのか。旅人や冒険者が来ても接点ができず困っていた所に、アキトが来たからいつ声をかけようかと焦っていたそうだ。誰かのために必死になれる人は、俺は嫌いじゃない。

 アキトは感想を伝えるばかりか、どうしても辿り着けなかったというトッドのためにアンヘル菓子店のお菓子をあげることにしたみたいだ。アキトらしいなと温かい気持ちで眺めていると、二人はお金を払うと言い出した。

「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」

 優しいアキトの言葉に二人の目がキラキラと輝いた。また気軽に信奉者を増やして。

「…っ!ありがとうございます!」

 丁寧にお礼を言ったトッドは、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。昼ごはんを調理中に、無理に抜け出してきたんだろうな。

「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」

 声をひそめて悪戯っぽく尋ねたアキトに、テッサは顔を真っ赤に染めて頷いた。そうか、彼女の必死な様子は彼のための行動だったからなのか。その熱を俺は誤解したんだな。



 食堂のテーブルの上に並べられていく大皿に乗った様々な料理に、アキトは目をぱちぱちと瞬いた。ジョージの家にこんな凄腕の料理人がいたなんて知らなかったな。そう思うほどの豪華な料理が、どんどんテーブルに並んでいく。

 好き嫌いの無いアキトは、初めて見る料理でも一切躊躇せずにどんどん挑戦していく。時折笑顔をみせながら美味しそうに食べ進めるその姿は本当に幸せそうで、やっぱり目が離せなくなる。きちんと感想を言いながら楽しそうに食べる姿に、村長家族も嬉しそうに食べ進めていく。

「相変わらず美味しそうに食べるな、アキトは」

 思わず零れた俺の言葉に、アキトはにっこりと笑ってくれた。ああ、笑顔も可愛い。

「おまたせしました」

 そんな言葉と共に、料理長とトッドが二人がかりで大皿を運んできた。後で出すと最初に言ってた最後の一皿だろう。アキトの視線は、そのお皿に釘付けになった。あれはもしかしてライスを使った料理だろうか。

「待ってたよ」
「嬉しい!」
「アキトさんのお口にも合うかしら?」
「これって…」
「ライスという植物なんですよ」
「この辺りでは育てるのが難しくて、たまにしか出てこないんですよ」
「北の方では育てやすいので、他領からの輸送品はたまにトライプールでも出回りますよ」

 呆然と取り分けてもらった皿を見ているアキトに、俺はそっと声をかけた。

「これも異世界人が見つけた、元の世界にあった食べ物らしいよ。トルマルに行ったら教えようと思ってたんだけど、ここで出てくるとは…ね。驚かせてごめんね」

 トルマルでは一部の店で使われているものだが、まさかここで出てくるとは思わなかった。アキトは謝る俺に小さく首を振って意思表示をしてから、ゆっくりとスプーンでひとくちすくい上げ口に運んだ。

 口に含むなり笑顔になったアキトは、もぐもぐと嬉しそうに口を動かしている。やっぱりライスはアキトの世界にもある食べ物なんだな。あまりに幸せそうなアキトの姿に、トルマルでも色んなお店を紹介しようと決意しながら、俺は楽しそうな食卓を見つめていた。



 ジョージが用意していたお礼の品に、アキトは困った顔をして小さく首を振った。

「う、受け取れません」

 魔道収納鞄だけでも簡単には受け取らないだろうアキトに、中身までしっかりと詰まっていると伝えてしまえば、この反応も無理は無いだろう。

 異世界から来たアキトにとって魔道収納鞄は、夢のように便利なものという認識みたいだからね。

「いやーそれがなー封鎖が終わったって言ってまわったら、これをあげてくれって皆に押し付けられたもんなんだ」

 なるほど。封鎖が思ったよりも早く解けたことへの、村人のお礼の品が集まったものか。そのまま渡すと、アキトの魔道収納鞄の容量を圧迫する事になる。それはつまり、冒険者としての活動の妨げになる。だから余っていた魔道収納鞄に収納して渡す事にしたのか。それなら納得のいく理由だ。

「アキト、もらっておいたら?」
「あ、もちろん多すぎると思ったら、誰かにやっても売り払っても良いからな」

 きっちりとそこを念押しするあたり、ジョージも少しはアキトの性格を理解したみたいだな。しぶしぶではあったが、アキトは無事に、野菜と果物が詰まった魔道収納鞄を受け取った。これの中身が無くなったら、素材の収納量は二倍に増えるって事か。

 どうせならこのまま泊まっていかないかと引き留められたアキトだったが、今日中にトルマルに着きたいからとその誘いをあっさりと断ってくれた。俺と決めた予定を気にかけてくれたのかもしれない。

 村長家族にきっちりと挨拶を済ませ、そのまま俺たちは村長の家を後にした。

「おーい、冒険者さん、ありがとなー」
「おにーさん、ありがとー」

 そこかしこから飛んでくる感謝の言葉に、アキトは照れくさそうに笑ってみせた。
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