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95.【ハル視点】ウインの討伐

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 馬車の中から熱心に外を眺めていたアキトは、たくさんの畑が並ぶ景色を見て歓声を上げた。ロズア村の名物とも言える景色に感動しているアキトに、村人たちも嬉しそうに笑みを浮かべた。自慢の畑を誉められて、嫌なはずが無い。わいわいと盛り上がる乗客たちを乗せて、馬車は何事もなくロズア村へと辿り着いた。

 先に馬車から降りたアメリアさんは、アキトに声をかけるためにわざわざ村の入口で待っていたようだ。

「本当にこのまま向かうんですか?一休みしてからでも…」
「いえ、この後の事もあるので、すぐに行ってきます」
「分かりました。くれぐれも無理はしないで下さいね。お気をつけて」

 アキトの事を気にかけてくれる言動に、彼女への好感度が少しだけ上がった。



 しばらくして見えてきたのは、湖への道は危険なため封鎖中だと書かれている大きな看板だった。

「さすがに対応が早いな」

 この村の村長ジョージならきっとそうするだろうなと考えながら歩いていけば、まさに今思い浮かべていた男が木の椅子に座って見張りをしていた。

「旅人か?今はロズア湖は危険だから封鎖中だ。せっかく来てもらったのに申し訳ないがここは通せない」

 封鎖するためとはいえ村長自ら見張りに立つとは、こいつは全く変わってないみたいだ。依頼を受けた冒険者だと名乗ったアキトに、ジョージは大きく目を見開いてから口ごもった。

「あー…その…ギルドカードも見せてくれるか?」

 言い淀んだジョージの気持ちも分かる。その言葉に、自分の実力を疑われたと怒る冒険者や、馬鹿にしているのかと怒る冒険者もいるだろう。そんな質問に、アキトは即答で返した。

「あ、はい」

 何の文句も躊躇も無く素直にカードを見せてくれるアキトに驚きながらも、ジョージはしっかりとギルドカードの文字を確認した。

「本当にDランクだな…疑ってすまなかった」

 わざわざ頭を下げてまで謝ったジョージに、アキトはにこっと笑ってみせる。

「遠距離からの攻撃手段が無いと危険だから、確認してくれたんですよね」

 ああ、こういう所が本当に好きだなと思った。

 ジョージの自己紹介を聞いたアキトは、かなり驚いたようだ。まさかこんな所で見張りをしているのが、村長本人だとは思わないよな。

「アキト。先に伝えておくが群れは30体以上いる。しかも、ロズア湖を縄張り認定してるから厄介だ」
「ということは、入った時点で敵とみなされるって事ですね」

 図鑑にもそう書いてあったと口にしたアキトに、ジョージは満足そうに頷いた。

「アキトの魔法の精度なら大丈夫だよ。多分10体程倒せば、諦めて去っていくよ」
「魔法の腕なら自信があるので」
「そうか、くれぐれも気をつけて。無理だと思ったら引き返してくれよ」

 アメリアさんと同じ事を言ったジョージに、アキトは嬉しそうに笑ってみせた。



 もう少しで湖が見える所で立ち止まり、縄張りに入る前の作戦会議をきっちりと済ませる。と言っても、魔法が得意なら手こずる相手では無い。正直に言って、俺は少し油断していた。アキトなら、ウイン程度は問題無いと。

 ロズア湖の雄大な湖が見えてくると、アキトはその景色に見惚れていた。やっぱりこの湖の風景はアキトの好みに合っていたのか。そう思った瞬間、敵意を含んだ視線が一気に集まってきた。

 アキトが景色を堪能しているのを邪魔するなんて。俺は苛立ちながら辺りを見渡した。そこら中の木々に、たくさんの魔鳥の姿がある。ウイン達はこちらを睨みながら、一斉にギィギィと鳴き出した。

 縄張りを主張する鳴き声が煩わしいなと思いながらふと視線を向けると、アキトは小刻みに手を震わせていた。慌てて声をかけようとした瞬間に飛び立った魔鳥達は、空中で向きを変えるとそのままアキトを目指して滑空してくる。

「うわー!」
「アキト、大丈夫?」

 突然の叫び声に、慌ててアキトの顔を覗き込む。うっすらと涙まで浮かんでいる目が、すがるように俺を見つめてくる。

「どうしよう、ハル、これ思ったよりも怖い!」
「アキト、落ち着いて!土魔法だよ!」

 俺の言葉で我に返ったのか、既に練り上げてあった魔力を使って何とか魔法を発動してくれたアキトに、少しだけほっとした。アキトの放った土魔法は、きっちりとウインを仕留めた。

「よし、もう一度!」

 震える手も涙目もそのままだったけれど、アキトは奮闘した。次々に飛ばす俺の指示に従って、魔力を練り上げては土魔法を発動して、狙っては放ち続けた。11体目を撃ち落としたところでウインは縄張りを放棄し、そのまま群れごと去っていった。

「終わったよ、アキト。お疲れ様」
「終わった…良かった…ハルもお疲れ」

 そのままへなへなと座り込んだアキトの隣に座り込む。

「怪我はないよね?」
「うん、怪我は無いんだけど…怖かった」

 そうあれは間違いなく、恐怖に怯える表情だった。何がそれほどまでに怖かったのかは分からないけれど、アキトはそんな中でもきっちりと俺の指示通りに動いてみせた。

「怖いのに頑張ってえらかったね」

 指示通りに動いてくれて嬉しいなんて言われても困るだろうと言葉を選んだ結果、幼子を誉めるような言葉になってしまった。アキトはそんな俺の言葉を聞いても怒らなかった。かわりに少しだけ笑うと、大きく息を吸った。少しだけ落ち着いてきたみたいだ。

 地面に座り込んだまま視線を巡らせたアキトは、そのまま美しいロズア湖の景色に見惚れているようだった。邪魔が入らない事を祈りながら、俺は周りの気配に気を配った。



 幸いにも、ウインのような無粋な邪魔者は現れなかった。景色を眺めていたアキトはハッと我に返ると、すぐにルマイス草の採取に取り掛かった。

 水魔法を使うと伝えてはいたけれど、正直これほどすぐに成功させるとは思っていなかった。魔法の微調整というのは、実はかなりの難易度なんだが。

 これは本格的にドロシーの弟子を名乗れるレベルだなと感心している間に、アキトはすぐにルマイス草を見つけてみせた。うん、さすがアキトだ。

「ハル、ありがとね。色の変化が無かったら、俺絶対見分けられないよ」
「どういたしまして」

 感謝の言葉はきちんと受け入れつつ、俺はアキトがやったことのすごさを伝えようと口を開きかけた。俺を見上げていたアキトの目が大きく見開かれ、そのまま俺の背後へと流れていくのを見るまでは。

「ハル、見て」

 視線の先にあったのは、七色に光る綺麗な虹だった。虹というのは遥か昔から、精霊が現れる前兆とも言われている。アキトは本当に精霊に愛されているんじゃないだろうかなんて、ついそんな事を考えてしまう。

「綺麗な虹だね」
「うん、綺麗だ」

 間近で見られる滅多に無い機会に、俺は瞬きもせずにじっと虹を見つめた。



 これからの予定を相談しながら村への道を歩いていると、進行方向から人の気配を感じた。敵意は無いから問題は無いなと考えていると、不意に大きな声が聞こえてきた。

「本当に反省してるの?」
「反省してるって、悪かった!」
「何が悪かったのかはっきり言ってみて」
「非常事態だから村長は家で待機と言われていたのに、勝手に見張りをしていてすみませんでした!」

 ああ、やっぱり勝手に抜け出してきて、勝手に見張りをしていたのか。まあ、村長自らやる仕事では無いよな。アキトは気まずそうにしながらも、二人に近づいていった。

 アキトに気づいた時の反応は、二人とも全く違っていた。助けが来たと言いたげなジョージと、恥ずかしそうなアメリアさんだ。

 あまりの早さに偵察だけで戻ってきたと思ったらしい二人は、アキトの言葉に驚いた様子だったが、ウインを見てすぐにアキトの言葉を信じた。

「アキト、ありがとう」
「素早い解決、ありがとうございます」

 丁寧にお礼を言われたアキトは、困った顔をしながらも口を開いた。

「どういたしまして」

 感謝されて当然の場面でも何故か謙遜してしまうアキトに、迷惑がられるかと思いながらも告げた俺の言葉をしっかり覚えていてくれたんだな。俺の提案を素直に受け入れてくれたアキトに、自然と笑みが浮かんでしまう。

 お昼をご馳走するので家に寄ってくれと言い出した二人に、アキトは素直に頷いた。
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