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94.驚きの昼食

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 用意が出来たと呼ばれ案内されたのは、立派な食堂だった。ジョージさんも戻ってきていて、笑顔で手を振ってくれた。

「湖を確認してから封鎖は解除してきたよ、本当にありがとう」
「どういたしまして」

 今回は身構えずにするっと答えられた。ハルは笑顔でそんな俺を見つめている。

「話は後だな、まず食べよう」

 ジョージさんの声で、部屋の隅に立っていたトッド君に良く似た男性が動き出した。料理長だという男性は、やっぱりトッド君のお父さんなんだって。だからこんなに似てるのか。ちなみに料理長も華奢だったよ。この世界では俺より細い人なんてあまりいないから、勝手に親近感が湧いてくる。

 テーブルの上に並べられていくのは、大皿に乗った様々な料理だった。

「ロズア村の周辺では、こうやって色んな料理を大皿に盛って、取り分けて食べるのが定番なんだ」

 ハルが教えてくれた言葉に、そうなんだと感心しながら料理を眺める。

 カラフルな赤と紫と黄色の野菜がたっぷり入った謎の料理や、薄切りにした数種類のパンを焼いたもの、オレンジ色のスープに、野菜と一緒に焼かれたお肉、スティックサラダっぽいものまである。

「あと一品調理中のものもありますので、よければそちらも試してくださいね」

 最初は料理長さんが、まずはすこしずつと取り分けてくれた。

「ありがとうございます」

 まず手をつけたスティックサラダは、今まで食べた事が無いぐらい野菜の味が濃かった。真緑のにんじん味の野菜は色んな屋台でも使われているんだけど、同じ野菜とは思えない程の甘みがあった。

「わ、こんなに甘いの初めてたべました!」
「それは嬉しいな。これはうちの畑で育ったやつなんだ」
「採ってすぐが一番美味しいので、それぞれの家でも育ててるんですよ」

 あ、あの小さな畑から収穫して出してくれてるのか。育てないと食べられない味ってすごい贅沢だ。

「すっごく美味しいです」
「ありがとうございます」

 カラフルな野菜がたっぷり入った料理は、トマトっぽい味付けでちょっとぴり辛だった。チリビーンズみたいな味で俺は大好きな味だ。いそいそとパンの上にのせてかぶりつく。うん、美味しい。

「あ、その食べ方おいしそう」

 俺の食べ方を真似したテッサさんがこうやって食べるのも美味しいって絶賛してくれたから、結局みんなでパンにのせて食べた。

 野菜と一緒に焼かれていたのは、お馴染みのマルックスの肉だった。ジューシーなお肉とたっぷりの野菜に、あっさり塩味と柑橘っぽい風味がばっちり合っててこれも美味しい。

「母さんはこれが一番好きなのよ」
「すっきりした味で美味しいですね」
「アキトさんにも気にいってもらえて良かったわ」

 本当にどれを食べても美味しい。料理長さんの腕と、新鮮な素材の力なのかな。密かに感動しながら、今度はスープに手を伸ばす。オレンジ色のスープは、カボチャスープの味だった。この世界では珍しい、俺にとっての見た目を裏切らない料理だ。

「相変わらず美味しそうに食べるな、アキトは」

 ニコニコ笑顔のハルに、俺も思わず笑みを浮かべた。

「おまたせしました」

 料理長さんとトッド君が二人がかりで運んできたお皿に、俺の視線は釘付けになった。

「待ってたよ」
「嬉しい!」
「アキトさんのお口にも合うかしら?」

 皆から歓迎されているその料理は、チャーハンのような食べ物だった。チャーハンって、これもしかしてお米?

「これって…」
「ライスという植物なんですよ」

 ライスってことはやっぱりお米だよね。

「この辺りでは育てるのが難しくて、たまにしか出てこないんですよ」
「北の方では育てやすいので、他領からの輸送品はたまにトライプールでも出回りますよ」

 そう説明しながら取り分けてもらったのは、近くで見てもチャーハンだ。呆然と皿を見ている俺をみかねてか、ハルがそっと声をかけてくれた。

「これも異世界人が見つけた、元の世界にあった食べ物らしいよ。トルマルに行ったら教えようと思ってたんだけど、ここで出てくるとは…ね。驚かせてごめんね」

 ハルが謝る必要は無いんだけど、やっぱり異世界人が見つけたもののか。日本人じゃなくて英語圏の人が発見したから、呼び名がライスなのかな。久しぶりのお米にドキドキしながら、俺はそっとスプーンで一口分をすくうとゆっくりと口に運ぶ。

 ああ、お米だ。懐かしい食感に思わず笑顔になった。しっかりと味がついた具だくさんのチャーハンで、美味しいし懐かしい味だ。

「いかがですか?」
「すっごく美味しいです」
「良かった!」

 その後はわいわいと話しながら食事を楽しみ、食後のお茶まで頂いてしまった。




「アキト、今回は本当にありがとう。これは村人たちからの気持ちだ」

 言葉と共に差し出されたのはひとつの鞄だった。何で突然鞄?と首を傾げると、ジョージさんは笑いだした。

「これは魔道収納鞄なんだよ、8倍だからたいして入らないがな」
「え」
「中には野菜や果物が入ってます」

 アメリアさんの言葉に、俺は小さく首を振った。

「う、受け取れません」

 だって依頼で来ただけだよ。報酬はギルドから出るんだし、お昼だって結局ごちそうになったんだから、これ以上はもらいすぎだ。

「まあ、そう言わずに受け取ってくれよ。この鞄は前に取引したやつがおまけにくれたやつなんだ。冒険者ならいくつあっても困らないだろう?」
「…でも」
「いやーそれがなー封鎖が終わったって言ってまわったら、これをあげてくれって皆に押し付けられたもんなんだ」
「アキト、もらっておいたら?」
「あ、もちろん多すぎると思ったら、誰かにやっても売り払っても良いからな」

 にこにこ笑顔のジョージさんは、そっと鞄を差し出してくる。貰ってもらわないと俺が怒られるとまで言われたら、断れない。ありがたくお礼を言ってから、俺はその魔道収納鞄を受け取った。

 レーブンさんへのお土産を買うつもりだったんだけど、これがあるなら買わない方がよさそうだ。さすがに何が入っているか確認するのは失礼だろうからそのまま受け取ったけど、この袋の8倍の量を一人で消費できるとも思えない。

 どうせならこのまま泊まっていかないかと引き留めてもらったけど、今日中にトルマルに着きたいからと断った。

「依頼なんかなくても、また来いよ」
「ええ、アキトさんならいつでも歓迎します」

 ジョージさんとアメリアさんの言葉に、俺も笑顔で答える。

「はい、また来ます」

 テッサさんは満面の笑みを浮かべて口を開いた。

「トッドがやる気になったのは、アキトさんのおかげだわ!ありがとう!」
「美味しいお菓子楽しみにしてるね」

 村の入口まで送ると言われたのを何とか断って、俺とハルは村長の家を後にした。

「おーい、冒険者さん、ありがとなー」
「おにーさん、ありがとー」

 入口を目指して歩いているとそこかしこから飛んでくる感謝の言葉が、照れくさいけれど嬉しくもある。

「良い村だね」
「ああ、良い村だよな」

 ハルとぽつりぽつりと話しながら、俺たちはロズア村を後にした。
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