94 / 1,182
93.料理人
しおりを挟む
「ここです」
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
390
お気に入りに追加
4,211
あなたにおすすめの小説

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★


田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。


物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる