94 / 1,186
93.料理人
しおりを挟む
「ここです」
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
392
お気に入りに追加
4,209
あなたにおすすめの小説

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。


過食症の僕なんかが異世界に行ったって……
おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?!
ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。
凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!
彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど…
…平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!!
登場人物×恋には無自覚な主人公
※溺愛
❀気ままに投稿
❀ゆるゆる更新
❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる