94 / 1,179
93.料理人
しおりを挟む
「ここです」
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
そう言ってアメリアさんが立ち止まったのは、村の中でも一際大きな家の前だった。村長の家なんだから当たり前か。
「テッサ、アキトが来たわよ」
「アキトさんが!?もう終わったんですか?」
「ええ、今あの人が確認に行ってるわ」
とりあえずこちらへとテッサさんに案内されたのは、立派な応接室だった。すかさずお茶も出されて、大切な客人扱いにむしろ慌ててしまう。
「アキト、堂々としてれば良いんだよ」
うん、ハルはこういうの緊張しなさそうだもんね。あの本屋に行った時から知ってたよ。
「アキトさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、甘いもの好きです」
「でしたら、あの…これいかがですか?」
もじもじしながらテッサさんが差し出したのは、ごろごろとナッツがたくさん入った焼き菓子だった。
「わ、美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください!」
お腹が空いていた俺は、ひょいっとその焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。食べ応えのある木の実の歯ごたえと、ザクザク食感の生地がよく合っている。ちょっとクッキーに似ている。
「美味しい!」
「良かったです!あの、アキトさんにお聞きしたいんですけど」
本当に美味しいなともう一つ口に放り込んだ俺に、テッサさんがそう声をかけてきた。
「アキト、俺はちょっと席を外すね」
突然そんな事を言い出したハルの顔を慌てて見ると、何故かつらそうな顔をしている。
「え」
バラ―ブ村の時みたいにまた外の偵察とかに行く必要があるんだろうか。でもそれならこのつらそうな表情の説明がつかない。
慌てた俺は咄嗟にハルの服の袖をひっぱろうとしてしまった。もちろん触れなかったんだけど、その仕草だけでハルは俺が引き留めようとしていることに気づいたみたいだ。
「ごめん、やっぱりここにいるよ」
「あのー」
「あ、えと質問って何かな?」
ハルの様子を気にしながらもそう聞けば、テッサさんはまっすぐに俺を見つめた。
「アキトさんから見て、このお菓子はトライプールでも受け入れられると思いますか?」
何故か目を見開いて驚くハルを置いておいて、俺はじっと焼き菓子を見つめた。
「値段にもよるだろうけど、俺はトライプールで売ってたら買います」
「本当ですか?値段はそこまで高くせずに売るつもりなんですけど」
「アンヘル菓子店ぐらいかな?」
「アンヘル菓子店のお菓子も食べた事があるんですか?」
「え、うん」
「ちょっとだけ待っててください」
テッサさんはそう言うと、すごい勢いで部屋から出ていってしまった。
「ハル、さっきの何だったの?」
「いや、俺の早とちりだったみたいだ。邪魔かと思ったんだけど」
全然意味が分からないけど、ハルの表情が笑顔に戻ったからまあ良いか。
「お待たせしました!」
出ていった時と同じくらいの勢いで帰ってきたテッサさんの後ろには、俺より小さいぐらいの気弱そうな男性が立っていた。俺より華奢で俺より小さい男性って珍しいな。
「アキトさん、こちらはうちの料理人です」
「トッドです」
「あ、冒険者のアキトです」
どうやらテッサさんは幼馴染でもあるトッド君が作るお菓子が大好きで、販売するお店を作ろうとずっと誘ってたらしい。でもトッド君は自分に自信が無くて、身内や村人の美味しいはお世辞だと思い込んでたんだって。
「はーなるほど。それで俺か」
「旅人や冒険者さんが来てもなかなか接点ができなくて」
突然このお菓子を食べて感想を言って欲しいなんて、急に声かけられないもんね。
「アキトさん、素直な感想をお願いします」
「えーとごろごろの木の実とザクザクの生地がよく合ってて美味しいよ」
「ありがとうございます」
「折角の機会なのに、お礼を言うだけで良いわけ?」
テッサさんは、トッド君をじっと見つめた。それまでうつむいていたトッド君は、意を決したように顔を上げる。
「あ、えと…アンヘル菓子店に行った事、あるんですよね」
「うん」
「僕も一度行こうとしたけど…辿り着けなくて」
涙目でそう話すトッド君に、俺はアンヘル菓子店までの道順を思い出そうとしてみた。うん、一回行った事のある俺でも、一人で行ったら迷子になると思う。路地裏を曲がりまくったから、気持ちは分かる。
「ああ、あそこ分かりにくいもんね」
「あの店のお菓子は安価で美味しいって評判で、その、一度食べてみたかったんですけど」
残念そうな声に、ふと思い出した。俺買い込んだやつ全部は食べてないよな。まだ残ってる筈。鞄の中に手を入れると、すぐにクッキーと飴を取り出した。
「これ、あげる」
「え…これって」
お金を払うと言い出した二人に、俺はにっこりと笑ってみせた。
「美味しいお菓子が増えるのは大歓迎なので、期待して待ってる」
「…っ!ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言ったトッド君は、料理の手伝いがあるのでと慌てて出て行った。
「アキトさん、本当にお金は良いんですか?」
「うん、本当にいらないよ。トッド君の作るお菓子は美味しいね」
「ええ。それに気弱ですけど、優しい人なんです」
「トッド君のこと、好きなんだね?」
声をひそめて尋ねれば、テッサさんは顔を真っ赤に染めて頷いた。
380
お気に入りに追加
4,204
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる