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89.【ハル視点】ロズア村への馬車旅
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手分けして依頼票を見ていた時、ふと目が止まったのはロズア村の依頼だった。
農業が盛んな土地で、食材が豊富、村の近くにロズア湖という綺麗な湖があるのでも有名だ。カルツさんと出会ったあの湖ですらあれだけ感動していたアキトだ。きっとロズア湖を見たら喜ぶだろうな。
ロズア村からなら、港町トルマルまでもそう遠く無い。トルマルまで足を伸ばせば、以前好きだと言っていた海も見せられる。そこまで考えてから、俺はそっとアキトに近づいた。
「アキト、提案なんだけど…ロズア村の依頼がいくつか出てるんだ」
アキトは軽く首を傾げて、俺を見上げてきた。ここから東に位置する村で馬車にも乗れるよと伝えれば、興味を持ってくれたようだ。
「これとこれだよ」
アキトは、二枚の依頼票をじっくりと読みだした。きちんと隅々まで目を通すのは、冒険者にとっては大事な事だ。きっちりと読み終わったアキトは、ちらっと俺を見上げた。
「ウインもルマイス草も、中級の辞書に載ってるよ」
きっとアキトが気にしているのはそこだろうと説明すれば、アキトはいそいそと依頼票を取り上げて受付へと向かった。
よし。港町トルマルには、温泉というものも存在している。アキトはお風呂が好きだと言っていたから、きっと楽しめるだろう。ロズア村に行って依頼が終わったら、トルマルに行こうと伝えてみよう。温泉を知った時のアキトの反応が楽しみだ。
アキトはそのまま出発したそうだったが、それは俺が止めた。このまま出ていったら、レーブンが心配するだろう。
「泊まりになるかもだし、レーブンには声をかけた方が良いよ。きっと心配するから」
最近すっかりアキトの父親気分らしいレーブンは、連絡無しで長い間不在にしたら捜索依頼を出しかねない。何ならレーブン本人が、アキトを探しに飛び出すかもしれない。
緊急依頼の時は、アキトが依頼を受けたのをたまたま見ていた冒険者のおかげで大丈夫だったが、今回は先に伝えておいた方が良いだろう。
その程度の考えだった俺は、この判断を後悔することになった。
依頼を受けに行くと出ていったのにすぐに戻ってきたアキトを、レーブンは眉を下げた心配そうな顔で出迎えた。お前にもそんな顔ができたんだな。
「どうした、アキト。何かあったか?」
「いえ、あの、ロズア村の依頼を受けたので、しばらく留守にするかもと伝えに来ました」
「ああ、そうか。わざわざありがとうな。ロズア村は初めてか?」
「はい」
「そうか、じゃあ港町トルマルまで足を伸ばすのも良いかもな」
港町と聞いたアキトは嬉しそうな顔をしたけれど、俺の気分は複雑だった。レーブンに悪気が無い事は分かっている。それでも、俺がアキトを喜ばせたかったのに先を越されたと咄嗟に思ってしまった。
「じゃあ港町トルマルにも行ってきます」
「なんなら泊まってきても良いと思うぞ、あっちには温泉ってのがあってな」
「温泉!?」
「あ、知ってたか?温泉は良いぞ」
嬉しそうに今度は温泉について語りだしたレーブンに、俺はがっくりと肩を落とした。
「なんでそれまで言っちゃうんだよ…レーブン…」
思わずそんな情けない言葉がこぼれ落ちた。アキトはちらりとこちらを見ると、何故か嬉しそうに笑ってくれた。
「それは楽しみです」
「ああ、ゆっくりしてこい」
笑顔のレーブンに手を振ると、アキトは俺の前を先導するように歩きだした。わざと人通りの少ない道を選んでくれたんだろう。アキトは周りの様子を伺うと、そっと俺に声をかけてくれた。
「ハル、ありがと」
「結局レーブンに全部言われちゃったけどね」
こんな風に言うべきじゃないと頭では分かっているのに、思わず拗ねたこどものような事を言ってしまった。アキトを喜ばせたかったという気持ちだけが暴走している。
アキトはそんな俺に呆れるでも文句を言うでもなく、珍しいものを見たと言いたげにじっと見つめてきた。こんな格好悪いところは、できれば見せたくなかったな。
「格好悪いね、俺」
「え、格好悪く無いよ、ハルはいつでも格好良い!」
予期せぬ突然の誉め言葉に、思わず固まってしまった。いつでも格好良いなんて、そんな風に言って貰えるとは思ってもみなかった。そうか、アキトはこどもみたいに拗ねた俺を見ても、呆れたり幻滅したりしないのか。
「それに俺が好きなものを覚えてくれてて、喜ばせようとしてくれたんでしょ?」
「うん、まあ」
「そんなの、嬉しいに決まってるよ」
笑顔のアキトにつられるように、俺も自然と笑みが浮かんできた。
馬車乗り場へと向かう足取りは、弾むように軽かった。隠しきれない笑顔を浮かべたアキトが、何とも可愛らしい。
ようやく建物の前まで辿り着くと、馬に気を取られそうなアキトを何とか誘導して、ロズア村までの乗車券も手に入れた。
「緑ってことはロズア村だな、ロズア村はこの馬車だよ」
そう声をかけてきた御者の男は、アキトの視線が馬車に繋がれた白馬に釘付けになっている事に気づくとふわりと笑った。
アキトの世界の馬がどうかは知らないが、この世界の馬は元が魔獣なせいか操り手を選ぶ傾向にある。一頭の馬に、一人の御者で対になるのが一般的だ。相棒を褒められた御者は、嬉しそうに白馬の名前をアキトに教えている。
「綺麗な馬ですね…」
心の底からそう思っているのが分かるアキトの心のこもった誉め言葉に、御者ばかりか馬まで満足そうに見える。そうか、アキトは馬にまで好かれる性質なのか。
馬と触れ合うアキトからは、一瞬も目が離せなかった。馬が危険だからじゃない。アキトの表情がくるくると変化していくからだ。うん、アキトが楽しそうで何よりだ。
少し触らせてもらって満足したのか、アキトは礼を言うと馬車の中へと乗り込んだ。
馬車に乗って俺が最初にするべきことは、他の乗客が安全かどうかを見極めることだ。馬車の旅で一番厄介なのは、乗客の中に盗賊の仲間が乗っている場合だからだ。
車内に乗っていた三人のうち、一人は上位の冒険者装備を纏った冒険者の男で、後の二人は日焼け具合からして農業をしているのだろう。しっかりと顔も確認したが、俺の記憶に残っているような問題のある奴では無さそうだ。
アキトに話しかけている様子を見ていても、問題はなさそうだな。俺はふうと息を吐くと、楽し気に乗客と会話するアキトを見ながら出発時間を待った。
馬車が出発する直前に乗ってきたのは、見た事のある二人連れだった。名前までは覚えていないが、ロズア村村長の妻と娘だろう。農業をしているとアキトに話していた二人が挨拶をしていたから、間違いないだろう。
「念願の馬車の旅、開始だね」
楽しい旅になると良いなと声をかければ、アキトは小さく頷いてからワクワクした様子で窓の外を眺め出した。
ゆっくりと速度が上がっていくのを楽しそうに見つめていたアキトは、不意に何かに気づいたのか目を大きく見開いた。そのままうろうろと視線を巡らせてから、アキトは俺に頭を近づけるとこっそりと話しかけてきた。
「何でこんなに揺れないの?」
ああ、揺れのなさに気づいてあんなに驚いていたのか。
「この馬車は魔道具をたくさん使ってるからね。振動吸収に衝撃吸収なんかもついてるんだ」
この馬車が開発されるまでは、馬車での移動は苦痛だらけのものだった事を伝えれば、アキトは何故か両手を合わせていた。
二人で並んで座り、変わっていく景色を見ているのはとても楽しい。遠くに見える道や森について話せば、アキトはその話を真剣に聞いてくれる。
一番後ろの席を選んでくれたおかげで乗客の視線も滅多に来ないから、アキトもこっそりと返事を返してくれる事もある。俺はアキトの視線の先を目で追いながら、二人での馬車の旅を堪能していた。
馬の食事のための休憩時間は、乗客にとってもしばしの休息だ。自由に過ごす乗客たちを興味深そうに見つめるアキトに、そっと声をかける。
「馬の食事休憩が必要なんだ」
俺の言葉で馬の方に視線を向けたアキトは、御者が用意している馬のための食事を見て納得したみたいだ。じっと馬を見つめるアキトの目があまりに綺麗で、俺はそんなアキトの横顔から目が離せなくなった。馬が綺麗だと騒いでいたけれど、アキトの方がよっぽど綺麗だ。
「じゃあ俺はここで降りるから」
「はいよ、じゃあ乗車券だけもらっとくわ」
「おう!じゃあな」
不意に聞こえてきた声に、そっと視線を向ける。ここで降りるということは目的地は丘か峡谷だろうか。彼の安全を祈りつつ見送っていれば、御者の男が近づいてきた。
「あんたはロズア村まで行くのかい?この先は休憩無しの予定なんだが大丈夫かい?」
相棒の馬を誉めてくれたアキトだから、わざわざ声をかけたんだろうな。本来なら自分から言い出さない限り、わざわざ途中下車をするかなんて聞かないものだ。
「あ、はい。ロズア村の依頼を受けてるので」
あっさりとそう答えたアキトに、村長の妻と娘がバッとこちらを振り返った。
「依頼って…もしかして…」
「あの、もしよろしければ、その依頼内容を聞いても良いですか?」
アキトは唐突な質問に、戸惑った様子だった。守秘義務がついてない依頼は、第三者に依頼内容を話しても問題は無いとそう説明しておいたけれど、この反応からして依頼者はおそらくこの二人だろうなと予想が出来た。
「ウインの討伐と、ルマイス草の採取の依頼です」
「もう受けてくれたんですね!」
「助かります!」
「えーと」
「依頼を出したのは私たちなんです」
ああ、やっぱりそうか。
村長の妻はアメリア、娘はテッサと名乗った。そういえば、そんな名前だったような気がする。
三人の会話はなかなかに面白かった。すぐに依頼を受けてくれたことにひたすら感謝する二人と、ただ馬車に乗りたかっただけだとはとても言えないアキトの攻防戦だ。
「え、いえ。その、トルマルに行く予定があったので」
その答えには思わず笑ってしまった。トルマルに直接行く馬車もあるから、その言い方だと村人に気を使わせないための言い訳にしか聞こえないよ。あまりに笑いすぎたせいかじろりと睨んでくるアキトに、俺の事は気にしないでと手を振ってみせた。
村長宅へ招待されたアキトは一度はその誘いを断ったけれど、結局は招きに応じることになった。知らない村なら断るように言うところだが、ロズア村のジョージ村長は人柄にも問題は無い。
アキトは人が良いから、こういう善意の申し出は断り難いんだな。ちゃんと覚えておこう。
農業が盛んな土地で、食材が豊富、村の近くにロズア湖という綺麗な湖があるのでも有名だ。カルツさんと出会ったあの湖ですらあれだけ感動していたアキトだ。きっとロズア湖を見たら喜ぶだろうな。
ロズア村からなら、港町トルマルまでもそう遠く無い。トルマルまで足を伸ばせば、以前好きだと言っていた海も見せられる。そこまで考えてから、俺はそっとアキトに近づいた。
「アキト、提案なんだけど…ロズア村の依頼がいくつか出てるんだ」
アキトは軽く首を傾げて、俺を見上げてきた。ここから東に位置する村で馬車にも乗れるよと伝えれば、興味を持ってくれたようだ。
「これとこれだよ」
アキトは、二枚の依頼票をじっくりと読みだした。きちんと隅々まで目を通すのは、冒険者にとっては大事な事だ。きっちりと読み終わったアキトは、ちらっと俺を見上げた。
「ウインもルマイス草も、中級の辞書に載ってるよ」
きっとアキトが気にしているのはそこだろうと説明すれば、アキトはいそいそと依頼票を取り上げて受付へと向かった。
よし。港町トルマルには、温泉というものも存在している。アキトはお風呂が好きだと言っていたから、きっと楽しめるだろう。ロズア村に行って依頼が終わったら、トルマルに行こうと伝えてみよう。温泉を知った時のアキトの反応が楽しみだ。
アキトはそのまま出発したそうだったが、それは俺が止めた。このまま出ていったら、レーブンが心配するだろう。
「泊まりになるかもだし、レーブンには声をかけた方が良いよ。きっと心配するから」
最近すっかりアキトの父親気分らしいレーブンは、連絡無しで長い間不在にしたら捜索依頼を出しかねない。何ならレーブン本人が、アキトを探しに飛び出すかもしれない。
緊急依頼の時は、アキトが依頼を受けたのをたまたま見ていた冒険者のおかげで大丈夫だったが、今回は先に伝えておいた方が良いだろう。
その程度の考えだった俺は、この判断を後悔することになった。
依頼を受けに行くと出ていったのにすぐに戻ってきたアキトを、レーブンは眉を下げた心配そうな顔で出迎えた。お前にもそんな顔ができたんだな。
「どうした、アキト。何かあったか?」
「いえ、あの、ロズア村の依頼を受けたので、しばらく留守にするかもと伝えに来ました」
「ああ、そうか。わざわざありがとうな。ロズア村は初めてか?」
「はい」
「そうか、じゃあ港町トルマルまで足を伸ばすのも良いかもな」
港町と聞いたアキトは嬉しそうな顔をしたけれど、俺の気分は複雑だった。レーブンに悪気が無い事は分かっている。それでも、俺がアキトを喜ばせたかったのに先を越されたと咄嗟に思ってしまった。
「じゃあ港町トルマルにも行ってきます」
「なんなら泊まってきても良いと思うぞ、あっちには温泉ってのがあってな」
「温泉!?」
「あ、知ってたか?温泉は良いぞ」
嬉しそうに今度は温泉について語りだしたレーブンに、俺はがっくりと肩を落とした。
「なんでそれまで言っちゃうんだよ…レーブン…」
思わずそんな情けない言葉がこぼれ落ちた。アキトはちらりとこちらを見ると、何故か嬉しそうに笑ってくれた。
「それは楽しみです」
「ああ、ゆっくりしてこい」
笑顔のレーブンに手を振ると、アキトは俺の前を先導するように歩きだした。わざと人通りの少ない道を選んでくれたんだろう。アキトは周りの様子を伺うと、そっと俺に声をかけてくれた。
「ハル、ありがと」
「結局レーブンに全部言われちゃったけどね」
こんな風に言うべきじゃないと頭では分かっているのに、思わず拗ねたこどものような事を言ってしまった。アキトを喜ばせたかったという気持ちだけが暴走している。
アキトはそんな俺に呆れるでも文句を言うでもなく、珍しいものを見たと言いたげにじっと見つめてきた。こんな格好悪いところは、できれば見せたくなかったな。
「格好悪いね、俺」
「え、格好悪く無いよ、ハルはいつでも格好良い!」
予期せぬ突然の誉め言葉に、思わず固まってしまった。いつでも格好良いなんて、そんな風に言って貰えるとは思ってもみなかった。そうか、アキトはこどもみたいに拗ねた俺を見ても、呆れたり幻滅したりしないのか。
「それに俺が好きなものを覚えてくれてて、喜ばせようとしてくれたんでしょ?」
「うん、まあ」
「そんなの、嬉しいに決まってるよ」
笑顔のアキトにつられるように、俺も自然と笑みが浮かんできた。
馬車乗り場へと向かう足取りは、弾むように軽かった。隠しきれない笑顔を浮かべたアキトが、何とも可愛らしい。
ようやく建物の前まで辿り着くと、馬に気を取られそうなアキトを何とか誘導して、ロズア村までの乗車券も手に入れた。
「緑ってことはロズア村だな、ロズア村はこの馬車だよ」
そう声をかけてきた御者の男は、アキトの視線が馬車に繋がれた白馬に釘付けになっている事に気づくとふわりと笑った。
アキトの世界の馬がどうかは知らないが、この世界の馬は元が魔獣なせいか操り手を選ぶ傾向にある。一頭の馬に、一人の御者で対になるのが一般的だ。相棒を褒められた御者は、嬉しそうに白馬の名前をアキトに教えている。
「綺麗な馬ですね…」
心の底からそう思っているのが分かるアキトの心のこもった誉め言葉に、御者ばかりか馬まで満足そうに見える。そうか、アキトは馬にまで好かれる性質なのか。
馬と触れ合うアキトからは、一瞬も目が離せなかった。馬が危険だからじゃない。アキトの表情がくるくると変化していくからだ。うん、アキトが楽しそうで何よりだ。
少し触らせてもらって満足したのか、アキトは礼を言うと馬車の中へと乗り込んだ。
馬車に乗って俺が最初にするべきことは、他の乗客が安全かどうかを見極めることだ。馬車の旅で一番厄介なのは、乗客の中に盗賊の仲間が乗っている場合だからだ。
車内に乗っていた三人のうち、一人は上位の冒険者装備を纏った冒険者の男で、後の二人は日焼け具合からして農業をしているのだろう。しっかりと顔も確認したが、俺の記憶に残っているような問題のある奴では無さそうだ。
アキトに話しかけている様子を見ていても、問題はなさそうだな。俺はふうと息を吐くと、楽し気に乗客と会話するアキトを見ながら出発時間を待った。
馬車が出発する直前に乗ってきたのは、見た事のある二人連れだった。名前までは覚えていないが、ロズア村村長の妻と娘だろう。農業をしているとアキトに話していた二人が挨拶をしていたから、間違いないだろう。
「念願の馬車の旅、開始だね」
楽しい旅になると良いなと声をかければ、アキトは小さく頷いてからワクワクした様子で窓の外を眺め出した。
ゆっくりと速度が上がっていくのを楽しそうに見つめていたアキトは、不意に何かに気づいたのか目を大きく見開いた。そのままうろうろと視線を巡らせてから、アキトは俺に頭を近づけるとこっそりと話しかけてきた。
「何でこんなに揺れないの?」
ああ、揺れのなさに気づいてあんなに驚いていたのか。
「この馬車は魔道具をたくさん使ってるからね。振動吸収に衝撃吸収なんかもついてるんだ」
この馬車が開発されるまでは、馬車での移動は苦痛だらけのものだった事を伝えれば、アキトは何故か両手を合わせていた。
二人で並んで座り、変わっていく景色を見ているのはとても楽しい。遠くに見える道や森について話せば、アキトはその話を真剣に聞いてくれる。
一番後ろの席を選んでくれたおかげで乗客の視線も滅多に来ないから、アキトもこっそりと返事を返してくれる事もある。俺はアキトの視線の先を目で追いながら、二人での馬車の旅を堪能していた。
馬の食事のための休憩時間は、乗客にとってもしばしの休息だ。自由に過ごす乗客たちを興味深そうに見つめるアキトに、そっと声をかける。
「馬の食事休憩が必要なんだ」
俺の言葉で馬の方に視線を向けたアキトは、御者が用意している馬のための食事を見て納得したみたいだ。じっと馬を見つめるアキトの目があまりに綺麗で、俺はそんなアキトの横顔から目が離せなくなった。馬が綺麗だと騒いでいたけれど、アキトの方がよっぽど綺麗だ。
「じゃあ俺はここで降りるから」
「はいよ、じゃあ乗車券だけもらっとくわ」
「おう!じゃあな」
不意に聞こえてきた声に、そっと視線を向ける。ここで降りるということは目的地は丘か峡谷だろうか。彼の安全を祈りつつ見送っていれば、御者の男が近づいてきた。
「あんたはロズア村まで行くのかい?この先は休憩無しの予定なんだが大丈夫かい?」
相棒の馬を誉めてくれたアキトだから、わざわざ声をかけたんだろうな。本来なら自分から言い出さない限り、わざわざ途中下車をするかなんて聞かないものだ。
「あ、はい。ロズア村の依頼を受けてるので」
あっさりとそう答えたアキトに、村長の妻と娘がバッとこちらを振り返った。
「依頼って…もしかして…」
「あの、もしよろしければ、その依頼内容を聞いても良いですか?」
アキトは唐突な質問に、戸惑った様子だった。守秘義務がついてない依頼は、第三者に依頼内容を話しても問題は無いとそう説明しておいたけれど、この反応からして依頼者はおそらくこの二人だろうなと予想が出来た。
「ウインの討伐と、ルマイス草の採取の依頼です」
「もう受けてくれたんですね!」
「助かります!」
「えーと」
「依頼を出したのは私たちなんです」
ああ、やっぱりそうか。
村長の妻はアメリア、娘はテッサと名乗った。そういえば、そんな名前だったような気がする。
三人の会話はなかなかに面白かった。すぐに依頼を受けてくれたことにひたすら感謝する二人と、ただ馬車に乗りたかっただけだとはとても言えないアキトの攻防戦だ。
「え、いえ。その、トルマルに行く予定があったので」
その答えには思わず笑ってしまった。トルマルに直接行く馬車もあるから、その言い方だと村人に気を使わせないための言い訳にしか聞こえないよ。あまりに笑いすぎたせいかじろりと睨んでくるアキトに、俺の事は気にしないでと手を振ってみせた。
村長宅へ招待されたアキトは一度はその誘いを断ったけれど、結局は招きに応じることになった。知らない村なら断るように言うところだが、ロズア村のジョージ村長は人柄にも問題は無い。
アキトは人が良いから、こういう善意の申し出は断り難いんだな。ちゃんと覚えておこう。
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