上 下
84 / 1,103

83.新しい図鑑

しおりを挟む
 一気に緊張した俺とブレイズを交互に見つめたメロウさんは、いつもの安心させるような優しい笑顔を浮かべてくれた。

「あなたたちなら、落ち着いてやれば簡単ですよ」
「はい」
「がんばります」
「Dランクへの昇級試験の内容は、遠距離からの的当てです」

 メロウさんは床に引いてある線の前に立つと、訓練場の端に立っている的を指差した。

「ここからあの的3つを狙って頂きます。投石、投げナイフ、弓、魔法…手段は問いません。3つ中2つまで命中させれば合格になります」

 遠距離の的当てか。確かに落ち着いて挑戦さえできれば、大丈夫そうだな。ハルが心配いらないよって言ってたのは、試験内容がこれだったからか。

「ではブレイズさんから」

 メロウさんのその言葉を聞くなり、ブレイズは鞄の中から大きな弓と矢筒を取り出した。ブレイズの武器は弓なのか。弓を使う人を見たことはないから、ちょっと楽しみだ。

 線の前に立ったブレイズは、すーっと息を吸ってから弓を構えた。その瞬間、表情が一変した。さっきまでの明るい笑顔は綺麗に消え、的を睨む目は真剣だ。引き絞った弓の矢尻も、ぴくりたりとも動かない。

「うん、彼の弓の腕は一流みたいだね」

 思わずといった感じで漏れたハルの誉め言葉を聞きながら、俺はブレイズのその姿に見惚れていた。ぴんと張り詰めた空気の中、ブレイズは次々と矢を放った。一本目と二本目は的の中心をきっちりと捕らえた。三本目は中心こそ外したものの、きっちりと的に命中している。

「すごい!」
「うん、やっぱりすごい腕だね」
「ブレイズさん、お見事です」

 弓をおろしたブレイズは、悲し気な顔をして俺たちを振り返った。

「焦って最後失敗した…あー」

 しょんぼりと肩を落として落ち込んでいたけど、十分にすごい結果だと思う。

「では次、アキトさんはどうされますか?」
「あ、では魔法で」

 線の前に立ってすぐに、俺は魔力を練り始めた。ここはやっぱり一番得意な土魔法にしようかな。無詠唱でつぶてを3つ作り上げると、ブレイズが息を呑んだのが分かった。あ、そうか詠唱しないのってちょっと珍しいんだっけ。やっちゃったなと思ったけど、まずは試験をクリアしないと。

 じっと的を見つめて狙いを定めてから、俺は立て続けに魔法を放った。ゴブリン相手に使った時は外してしまった事もあったけれど、この的は魔物と違って動かない。そう思えば、楽な気持ちで狙うことができた。

 空気銃をイメージしたつぶてはまっすぐに飛んでいくと、3つともきっちりと的のど真ん中を撃ち抜いた。

「アキト、すっげー!」

 ブレイズのキラキラした目で見られると、何だか言葉で褒められるよりも照れてしまう。

「うん、上達されましたね。さすがドロシーさんのお弟子さんです」
「ドロシーさんってあの金級の?」
「ええ、そうですよ」

 さっき無詠唱に驚いてたから、メロウさんはわざとドロシーさんの名前を出してくれたんだろうな。ドロシーさんからは弟子と名乗って良いのよとお墨付きを頂いてるから問題は無いんだけど、メロウさんに気を使わせてしまったのが申し訳ない。

 そのままあれこれと話はじめた二人をぼんやりと眺めていると、ハルがわざわざ顔を覗き込んできた。顔の!距離が!近すぎる!動揺しながらもじっと見つめ返すと、ハルは満足そうに笑ってみせた。

「アキトなら出来ると思ってたよ」

 正直、俺にとっては、合格おめでとうと言われるよりも嬉しい言葉だ。ハルは俺の事を信頼してくれてるってことだもんな。

「それでは、まずはブレイズさん、こちらの部屋へどうぞ。アキトさんはしばらくお待ちくださいね」

 メロウさんはそう言うと、ブレイズを連れて出て行ってしまった。

「何だろ?」
「ランクアップ時のいつものやつだよ」
「ああ、魔道具のやつ!」
「あれはギルド職員と1対1でやるものだからね」

 ハルによると、あの小さな部屋でやることにも意味があるんだって。もしあそこで暴れ出したら結界魔法でそのまま閉じ込められるらしいよ。確かに、そのぐらいの保険がなかったら、ギルド職員さんも安心して検査できないもんな。そんな裏情報を聞いている間に、満面の笑顔のブレイズだけが戻ってきた。

「次アキトだって」
「うん、わかった。ありがとう」

 後はもうギルドカードを渡してうそ発見器が終わったら、あっという間にランクアップだ。訓練場に戻れば、ブレイズは嬉しそうに笑って出迎えてくれた。

「ブレイズさん、アキトさん、EランクからDランクへの昇格おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」

 メロウさんはにっこり笑うと、鞄から取り出した図鑑を俺たちの前に差し出してくれた。

「Dランクから中級冒険者となりますので、こちらの図鑑をどうぞ」
「ありがとうございます!」

 初級用とは分厚さが誓う。これはまた読み応えがありそうだ。ワクワクしながら受け取った俺の隣で、ブレイズは複雑そうな顔で図鑑を受け取った。

「うわーぶあつい…」
「読み応えありそうで嬉しいよね!」
「え…読むの?」
「俺は初級のはかなり読み込んだよ」
「えー…あれって嘘じゃないんだ…?」
「ふふ、図鑑を読み込むのは、冒険者としての実力を上げたいなら良い練習になりますよ」

 メロウさんにもそう言われて、ブレイズは申し訳なさそうにしながら図鑑をしまいこんだ。一緒に組んでる仲間からそう言われたけど、本を読むのが苦手な俺に意地悪を言ってるのかと思ってたらしい。

「あとでちゃんと謝ろう…」

 叱られたわんこみたいになったブレイズは、頭を撫でてあげたくなってしまう。まあ、身長が高すぎて届かないんだけどね。

「さて、Dランクになると護衛の任務が解禁になります」
「護衛ですか?」
「街から街へと移動する商人の護衛や、村などへの物資の運搬の護衛、旅人の護衛、さらには冒険者以外が採取地へ行く際の護衛など、種類は色々あります」

 元の世界ほど安全なわけじゃないから、護衛っていう仕事にも需要があるって事か。

「ただ、護衛依頼は、基本的には掲示板には張り出されないんです」

 信用がなければ務まらないため、依頼主と既に知り合いだとか、常に依頼を受けている冒険者の推薦が無いと駄目らしい。それは俺には縁が無さそうだな。

「ですので、護衛依頼が来た場合には、ギルドの受付からお声がけさせて頂きます。断っても罰則等はありませんので、分からない事があればその時に聞いて下さいね」
「わかりました」
「はーい」
「説明は以上です。ではお二人ともお疲れ様でした」

 ブレイズと二人で声を揃えてお礼を言えば、メロウさんはにっこりと笑ってくれた。



 メロウさんは訓練場に鍵をかけると、忙しそうに去っていった。残されたのはハルと俺とブレイズだけだ。

 ブレイズはじっと俺を見つめて口を開いた。

「なあ、アキト、今度みかけたら声かけても良い?俺こっちに知り合いいなくてさ」
「うん、俺も知り合いすくないから嬉しいよ。みかけたら俺も声かけるね」

 俺の答えを聞くなりぱああっと笑顔になったブレイズに、思わず微笑んでしまった。大好きな散歩に連れていってもらえるって決まった時のわんこみたいだ。

「じゃあ、また会おうなー」

 元気にそう宣言すると、ブレイズは嬉しそうに階段を駆け上っていった。

「なんだか、犬みたいな子だったな」

 ハルの言葉に、俺はぶはっと噴き出してしまった。

「ハルもそう思ってたんだ?」
「もってことはアキトもか?」
「うん、でも良い子そうだし、また会えると良いな」
「そうだな」

 アキトにとっても知り合いが増えていくのは良いことだしなと笑ったハルが、何故か寂しそうに見えた。



 受付が見える所まで戻ってくると、ハルと同じくらいの身長のムキムキマッチョと一緒にいるブレイズの姿が遠くに見えた。

「ウォルター兄ちゃん」
「ブレイズ、兄ちゃんって呼ぶな!」
「兄ちゃんは兄ちゃんなのに?」
「あーもういい。結果は?」
「無事にランクアップしましたー!」
「よっし、よくやった!今日は仲間皆で誉めてやる!」
「やったー」

 大声でのやりとりに周りの視線が集中している隙に、俺はこそっとハルに声をかける。

「俺も宿に戻ったら誉めてほしい」
「アキト?」
「だって仲間に誉めてもらうんでしょ?俺にとっての仲間はハルだもん」
「そうか…そうだな」

 そう言って笑ったハルはいつも以上の笑顔で、俺はその笑顔に見惚れてしまった。

 まあ、この時の自分の発言を、俺は後悔することになったんだけどね。

 ハルの本気での誉めはやばかった。心臓がいくつあっても足りないくらい、きゅんきゅんさせられたよ。

 よく生き延びた、俺。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...