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77.アンヘルお菓子店
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受付のレーブンさんに手を振って黒鷹亭を出ると、俺たちは二人で並んで歩き出した。ハルおすすめの庶民向けのアンヘルお菓子店は、南区の市場近くの路地裏にあるらしい。
急ぐ理由もないからと、ハルと二人でのんびりと川沿いの道を歩いていく。
太陽の光が反射した川は、キラキラと輝いて見える。立ち止まったハルが指差して教えてくれた大きな魚の泳ぐ姿を、俺も立ち止まってじっと見つめる。うん、なんだかすごくデートっぽいね。
ゆっくりと進んでいくと、今日も賑やかな市場の隅っこに辿り着いた。
「こっちだよ」
騒がしい市場の中には進まずに、そのまま小さな道に入ったハルを、俺は慌てて追いかける。いくつめかの角を曲がった時、ふわりと辺りに甘い香りが漂ってきた。
「あ!」
「分かった?もうすぐだよ」
そのあまりに良い香りに、くんくんと鼻が動いてしまう。
「ここだよ」
ハルがそう言って指差したのは、白い壁に赤い屋根のこじんまりとした可愛らしいお店だった。ドアの横にかかっている木製の看板には、アンヘルの文字と白い羽の絵が描かれていた。
「今は忙しさもひと段落したくらいかな。開店すぐはかなり混む、人気店なんだよ」
そう教えてもらいながらそっとドアを開けると、カランカランと軽やかにベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませー、しばらくお待ちくださーい」
遠くから聞こえてくる声を聞きながら店内に進んだ俺は、通ったばかりのドアの上を見上げた。小ぶりなベルがぶら下がっているのが見える。トライプールでは色んなお店にいったけど、こんな風にベルが鳴るのはかなり珍しい。
幼い頃によく行った、両親の好きだった洋食屋さんにも、こんなベルがついてたな。ドアを開けたがって大変だったって言われたのを、今でもはっきりと覚えている。
なんだか懐かしい気分になるお店だ。
「ここはね、50年前に来た異世界人が開業したお店らしいよ」
突然のハルの言葉に、俺は心から驚いてしまった。でもそう言われて店内を見てみると、確かに棚に並んでいるのは色とりどりの飴やクッキーなどの焼き菓子類だ。俺の世界では当たり前にあったお菓子ばかりだ。
「50年前のレシピを元に工夫しているから、味は少しずつ変わってるんだけどね」
「へーそうなんだ」
思わず返事を返した俺に、ハルはにっこりと笑ってくれた。
「この世界ではお菓子は高級品と言われてるし、貴族でもなければ頻繁に口にすることは無いって前に言ったの覚えてる?」
ハルの言葉にこくりと頷くと、よくできましたと言わんばかりの笑顔が返ってきた。不意打ちの満面の笑顔はやめてください。まぶしいです。
「開業した人はそれが嫌だったんだって。もっと気軽に食べれる簡単なお菓子を作って普及させたいって生涯をかけて尽力したそうだよ」
生涯をかけてってことは、もう亡くなってるんだ。異世界人であることを隠してる俺では、もし生きていても異世界の事を話すことはできないんだけど、すこし残念な気持ちになった。
「アキトと同じ世界の人か分からなかったから言わなかったんだけど、その様子だと同じ世界だったみたいだね?」
「その様子?」
「店内に入った時から、懐かしそうに笑ってたよ」
「あーそっかハルにはばればれか。…ありがとう」
「どういたしまして」
小さな声でハルと話していると、店員さんが慌てた様子で出てきた。
「すみません、お待たせしました!」
俺の母親ぐらいの年代の女性店員は、手を拭きながらカウンターの向こうに立った。裏で作業をしていたんだろうな。にっこり笑顔の女性に、俺も思わず笑顔を返した。
「いえ、店内見て良いですか?」
「あ、待っててくださったんですか?どうぞ」
店員さんを待ってたというか、ハルと話し込んでしまっただけなんだけど。なんだかちょっと申し訳無い気分だ。
ギルドカードでの支払いもできると言われたので、俺は嬉々としてお菓子を購入した。本当はもっと買いたいくらいだったけど、あまり大量に持ち歩くのもなって思ったからだいぶ我慢したよ。それでも店員さんに、たくさんありがとうございますって言われるくらいは、買っちゃったんだけどね。
「またお越しください」
「はい、また来ます」
「ありがとうございましたー」
庶民向けのお菓子を見にきたつもりが、まさかクッキーや飴を手に入れられるなんて思ってもみなかった。
「ハル、本当にありがとう」
「どういたしまして」
急ぐ理由もないからと、ハルと二人でのんびりと川沿いの道を歩いていく。
太陽の光が反射した川は、キラキラと輝いて見える。立ち止まったハルが指差して教えてくれた大きな魚の泳ぐ姿を、俺も立ち止まってじっと見つめる。うん、なんだかすごくデートっぽいね。
ゆっくりと進んでいくと、今日も賑やかな市場の隅っこに辿り着いた。
「こっちだよ」
騒がしい市場の中には進まずに、そのまま小さな道に入ったハルを、俺は慌てて追いかける。いくつめかの角を曲がった時、ふわりと辺りに甘い香りが漂ってきた。
「あ!」
「分かった?もうすぐだよ」
そのあまりに良い香りに、くんくんと鼻が動いてしまう。
「ここだよ」
ハルがそう言って指差したのは、白い壁に赤い屋根のこじんまりとした可愛らしいお店だった。ドアの横にかかっている木製の看板には、アンヘルの文字と白い羽の絵が描かれていた。
「今は忙しさもひと段落したくらいかな。開店すぐはかなり混む、人気店なんだよ」
そう教えてもらいながらそっとドアを開けると、カランカランと軽やかにベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませー、しばらくお待ちくださーい」
遠くから聞こえてくる声を聞きながら店内に進んだ俺は、通ったばかりのドアの上を見上げた。小ぶりなベルがぶら下がっているのが見える。トライプールでは色んなお店にいったけど、こんな風にベルが鳴るのはかなり珍しい。
幼い頃によく行った、両親の好きだった洋食屋さんにも、こんなベルがついてたな。ドアを開けたがって大変だったって言われたのを、今でもはっきりと覚えている。
なんだか懐かしい気分になるお店だ。
「ここはね、50年前に来た異世界人が開業したお店らしいよ」
突然のハルの言葉に、俺は心から驚いてしまった。でもそう言われて店内を見てみると、確かに棚に並んでいるのは色とりどりの飴やクッキーなどの焼き菓子類だ。俺の世界では当たり前にあったお菓子ばかりだ。
「50年前のレシピを元に工夫しているから、味は少しずつ変わってるんだけどね」
「へーそうなんだ」
思わず返事を返した俺に、ハルはにっこりと笑ってくれた。
「この世界ではお菓子は高級品と言われてるし、貴族でもなければ頻繁に口にすることは無いって前に言ったの覚えてる?」
ハルの言葉にこくりと頷くと、よくできましたと言わんばかりの笑顔が返ってきた。不意打ちの満面の笑顔はやめてください。まぶしいです。
「開業した人はそれが嫌だったんだって。もっと気軽に食べれる簡単なお菓子を作って普及させたいって生涯をかけて尽力したそうだよ」
生涯をかけてってことは、もう亡くなってるんだ。異世界人であることを隠してる俺では、もし生きていても異世界の事を話すことはできないんだけど、すこし残念な気持ちになった。
「アキトと同じ世界の人か分からなかったから言わなかったんだけど、その様子だと同じ世界だったみたいだね?」
「その様子?」
「店内に入った時から、懐かしそうに笑ってたよ」
「あーそっかハルにはばればれか。…ありがとう」
「どういたしまして」
小さな声でハルと話していると、店員さんが慌てた様子で出てきた。
「すみません、お待たせしました!」
俺の母親ぐらいの年代の女性店員は、手を拭きながらカウンターの向こうに立った。裏で作業をしていたんだろうな。にっこり笑顔の女性に、俺も思わず笑顔を返した。
「いえ、店内見て良いですか?」
「あ、待っててくださったんですか?どうぞ」
店員さんを待ってたというか、ハルと話し込んでしまっただけなんだけど。なんだかちょっと申し訳無い気分だ。
ギルドカードでの支払いもできると言われたので、俺は嬉々としてお菓子を購入した。本当はもっと買いたいくらいだったけど、あまり大量に持ち歩くのもなって思ったからだいぶ我慢したよ。それでも店員さんに、たくさんありがとうございますって言われるくらいは、買っちゃったんだけどね。
「またお越しください」
「はい、また来ます」
「ありがとうございましたー」
庶民向けのお菓子を見にきたつもりが、まさかクッキーや飴を手に入れられるなんて思ってもみなかった。
「ハル、本当にありがとう」
「どういたしまして」
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