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72.久しぶりの冒険者ギルド

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 あれからは何事もなく、俺たちは無事に領都トライプールに辿り着いた。

 緊急依頼はもう報告の必要はないそうだけど、採取してきたものは早めに納品したい。湖の一件から、すこし口数の少ないハルを気にしながら、俺はそっとギルドの方に続く道へと足を進めた。

 人目があって言葉にできないから行動で示しつつ、ちらりとハルを見上げてみる。

「ああ、ギルドで納品するんだね?」

 俺の意図をすぐに理解してくれたハルと一緒に、ゆっくりと冒険者ギルドを目指して歩きだした。



 冒険者ギルドの中へ入ると、今日も賑やかな酒場を横目に受付カウンターに向かう。ギルド側にいる冒険者たちの無遠慮な視線が、今日もまた一気に集まってきた。

「おい、あいつだ」
「え、あいつがアキト?」
「思ったより若いな」
「あの噂、本当なのかな」
「いやいや、どうせただの噂話だろうよ」

 漏れ聞こえてくる声は、明らかに俺に関することを話してる。精霊が見える人とか精霊の加護持ちとか言われてるらしいけど、ここで否定して回ったらやっぱり変だもんな。ハルと方針を決めておいて良かった。わざわざ否定はしない。その代わり、周りの視線も声もまるっと全部無視だ。

 俺はまっすぐにメロウさんの座っている納品受付に近づいた。

「おかえりなさい、アキトさん」

 緊急依頼で飛び出してから数日いなかったせいか、今回は特におかえりなさいって言葉が染みる気がする。メロウさんの穏やかな声に、気持ちが落ち着いてくる。

「ただいま帰りました、メロウさん」
「お疲れ様でした。さて、今回は何を納品されますか?」

 では早速と、背負っていた魔道収納鞄を下ろして、俺は納品予定の物を取り出して行く。

 最初に取り出したのは、スリーシャ草の束だ。今回は流行り病の特効薬用だから、火魔法と風魔法を使ってきっちり乾燥させてある。

「はい、スリーシャ草が10束分ですね」
「こっちは、たまたま見つけたポルパの実。常設で買い取りしてますよね?」

 続けて取り出したのは、美味しい生クリーム味の果実、ポルパの実だ。

「はい、いくつかの料理店が常設で買い取りをしています。ああ、これは熟れきった最高の状態ですね」

 差し出した布の袋から取り出されたポルパの実は、木箱の中にそっと並べられていく。布の袋は丁寧にたたまれて返って来た。 

「ポルパの実が8つですね」
「あとは途中で遭遇したマルックスが3羽」

 口数が減ったハルが気になっていた俺は、メロウさんがマルックスを確認してくれている間にちらりと視線を向けた。ハルは何故か悪戯っ子のような笑顔で俺を見つめている。機嫌は直ったみたいだけど、何だろうその表情。

「はい、マルックスが3羽ですね」
 
 何だか、すごく嫌な予感がするんだけど。

「あ、あと、これ、頼まれてた銀月水桃の蜜です」

 コトンと音を立てて小瓶を置いた瞬間、近くにいた冒険者がいきなり大声で叫んだ。

「ぎ、銀月水桃の蜜だとっ!!!」

 前触れも無く放たれたいきなりの大声に、びっくりしすぎて固まってしまった。いきなりのあまりの大声に、ギルド内が静まり返る。え、何この空気。

 振り返って見れば、なんと酒場の方まで静まり返っていた。よく見れば、傾けたままのジョッキから酒をこぼし続けてる人や、口からステーキ肉を落としてる人までいるみたいだ。

「銀月水桃の蜜…ですか」

 メロウさんはポケットから取り出した白い手袋をおもむろに装着すると、震える手で小瓶を持ち上げた。そのままじっと小瓶を見つめる。視線が左右に動いているのは、精密鑑定時に出るっていう説明を読んでるんだろう。

「…た、確かに、間違いありません。銀月水桃の蜜が一瓶」

 そう言い切ると、メロウさんはそーっと丁寧に納品台の上に小瓶を置いた。音がしないほど慎重な動きは、まるで爆発物でも扱うみたいだ。え、爆発しませんよね、それ。もしかして爆発するんですかとたずねたい気持ちでいっぱいの俺とは目を合わさず、メロウさんはふうと息をついてから立ち上がった。

「こちらでしばらくお待ち頂けますか?ギルマスの予定を聞いてまいりますので」
「あ、はい」

 ちょっと待って。ギルマス案件?これってギルマス案件なの?ギルマスの部屋に連れて行かれるのはこれで何度目だろうかと思わず遠い目をしてしまう。

「ぎ、ぎんげつすいとう…?じ、実在するのか」
「あれって入手難度いくつだったっけ」
「またアキトか」

 もしかして、また馬鹿みたいにレアだったやつ?ハルの案内についていったらあっさり見つかったし、そんなこと一言も言ってなかったよね、ハル。採取方法もさらっと説明してくれたけど、さてはこうなるって分かってたな。

 納品受付の看板の隣に立つハルを、思わずジロッと睨みつける。

「おい、今、あいつ…誰もいない所を睨まなかったか?」
「や、やっぱり見えてるんだ」
「おい、本当なのかよ、精霊が見えるって」
「精霊の導き無しで銀月水桃なんて手に入るかよ」
「まじか…精霊って童話の中の話じゃないのか?」
「本当に、見えるんだ」

 ――いいえ、見えているのは幽霊です。

 なんてことを言える筈もない。俺にできることは、黙って周りの騒ぎをスルーすることぐらいだ。

 俺だけに見えているハルは、悪戯が成功したと言いたげに、それはもう楽しそうに笑っている。俺は目立ちたくないんだって知ってるくせに。悪戯っぽい笑顔も可愛いなんて思ってない。思ってないからな。

「本当にアキトは良い反応してくれるよね」

 どうせ俺にしか聞こえないからと普通に話しかけてくるハルは、もちろん全力で無視だ。

 あとで覚えてろよ、ハル。
 ハルの大好物のステーキを、うまっそうに見せつけながら食ってやる!

 ささやかな仕返し計画を練りながら、俺はひたすらメロウさんの帰りを待った。
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