生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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71.食休みと突然の

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 アックスさんに見送られながら、俺たちはバラ―ブ村を出て歩き出した。

 同じ道を通るせいか、どうしても前に歩いた時の事を思い出す。あの時は、ハルとの付き合いは領都トライプールに着くまでかもしれないって思ってたよな。リスリーロの花を納品したら、消えちゃうかもとか考えてた覚えがある。

「どうかした?」
「ううん、なんでもない」

 今も隣を歩いてくれているハルに感謝しながら、俺は笑顔でハルを見上げた。

 この道には人目が無いのもありがたい。おかげで、ハルと話しながら歩ける。そういえば、気になることをアックスさんが言ってたんだよな。聞くの忘れてたけど、聞いておこうかな。

「アックスさんが言ってたけど、精霊って…なに?」
「精霊っていうのは、かつては人と共にあった至高の存在だね」

 あっさりと答えてくれたハルによると、この世界では一般常識レベルで知られているそうだ。かつては人と共にあった精霊は、知識を与えて導いてくれる特別な存在で、今では誰一人として見ることも話すこともできないと言われているんだって。

「俺が精霊が見える人とか言われてたのは…なんでだろ?」

 アックスさんの口ぶりだと、俺には精霊が見えると思われてたっぽいんだよな。まだ精霊を見たことはないけど、多分見えないと思うんだけど。

「あー…俺を見ている所とか、俺と話してる所を、誰かに見られたんじゃないかな?」

 ああ、なるほど。俺は幽霊のハルを見て、ハルと話してるだけだけど、精霊の存在を知ってるこの世界の人からしたら精霊と話してるって思われるってことか。

「それって、否定した方が良いのかな?」
「別にアキトがそう名乗ったわけでもないのに、噂話をしているところに割り込んでいって訂正して回るの?」
「……それは変だな」

 それにわざわざ否定して回った方が、隠そうとしてるとか深読みされそうな気もする。

「別にただの噂だし、好きに言わせておけば良いと思うよ」
「うん、そうする」

 最近冒険者ギルドに行くと精霊とか加護とか聞こえてたのも、この話だったんだな。結論が出たら、すっきりした気がする。



「それにしても、アキトは歩くの早くなったよね」
「そうかな?」
「うん、森歩きも上手くなったし、成長が早いよね」

 突然そんなに手放しで誉められてしまうと、単純な俺は調子に乗っていくらでも歩けるよ。嬉しいけれど照れくさくて、頬が熱くなってくる。

「俺の成長が早いとしたら、師匠が凄腕だからじゃない?」

 つまりはハルのことだ。照れながらそう返せば、ハルも照れくさそうに笑ってくれた。まさか誉め返されるとは思ってなかったみたいだ。照れるハルの顔を、まじまじと見つめていると、ふいっと目線を逸らされてしまった。こんな反応をするハルは、ちょっと珍しい気がする。

「そういえばあのセウカの実ってすごい色だったよね」
「セウカの実はあんな色って思ってるから、違和感はないな」
「あ、そっか」
「アキトの世界では違うんだったな」
「うん、もうちょっと地味な色が多いかな」

 そんなことを話していると、すぐに領都への分かれ道が見えてきた。やっぱりここからは人が一気に増えてくる。ああ、ここからはハルとの会話はお預けになるのか。もうちょっとだけ、ゆっくり歩けば良かったかな。

「ここからは一方通行だね」

 そう言うとハルは慣れた様子で、トライプール周辺の採取地や、街や村について語り始めた。いきなり一人で話し続けろっていわれたら、普通はもっと戸惑うと思うんだけど。ハルはすごいなぁと感心しながら、俺は好きな人の声を聞き続けられる幸運にこっそりと感謝した。

「今日も、お昼はあの湖に行こうか?」

 ハルの提案に、俺は目線だけを向けて頷いた。



 この湖に来るのも久しぶりだ。前に来た時は、必死な顔をしたカルツさんに出会ったんだよな。木々に囲まれた先に見える湖は、今日もキラキラと太陽の光を反射して輝いている。うん、やっぱり何度見ても綺麗な湖だ。

 少し距離を開いて座っている人達の中に混じって、俺も昼食を食べ始める。今日のお昼は干し果物と干し肉、小さめのパン、それに昨日もらった豆の煮込みだ。

 スパイスを使った豆の煮込みは、食べたことのない味だった。その味に一口目は驚いたのに、段々と癖になってくる。うん、美味しい。干し肉は種類も豊富にあったんだけど、俺でも食べられそうな柔らかいのをハルが選んでくれた。スパイスの効いた美味しいビーフジャーキーって感じで、これも美味しかった。

 綺麗な景色を見ながら食べているせいか、少し多いかなと思った食料なのに全部食べてしまった。

「今日も食休みする?」

 ハルの声に、思わず目線をあげる。

「いいの?」
「もちろん、気配はちゃんと探ってるから安心して」

 誰よりも信頼できるハルの言葉に、俺はごろんと草原に寝転がった。お腹はいっぱいで、隣にはハルがいて、湖から流れてくる涼しい風も気持ち良い。ああ、幸せだなぁ。

 これ以上寝転がっていたら、寝落ちしてしまいそうだ。そう思った俺が体を起こすと、もう周りには誰もいなかった。

「もう良いの?」
「うん、これ以上寝転がってたら寝ちゃいそうだし」
「寝ても良いのに」
「さすがにここで寝るのは危険かなって」
「うん、まあ確かにそうだね」

 荷造りをしながらのんびりと会話していると、不意にハルがばっと顔を上げた。

「アキト、マルックスだ!数匹来るよ!」

 そう言われた瞬間、俺は手にもっていた鞄をすぐに背負った。一匹目のマルックスの姿が見えた瞬間には、俺は既に木によじ登っていた。

「来るよ、捕まって!」

 ハルの注意に必死で木にしがみついた瞬間、どかんと衝撃が走った。俺が捕まっている木が、ぐらっと揺れる。

「あと2匹!」

 ハルの声に木の下に視線を向ければ、2匹目もまっすぐに向かってきた。衝撃が走り、木はさらにぐらぐらと揺れる。ぴしぴしっと不吉な音が聞こえた。もう1匹ぶつかったら、この木は折れるかもしれない。そうしたら、地面に真っ逆さまだ。咄嗟に俺は地面へと降り立った。

「アキト、何をっ!?」

 叫び声を聞きながら、俺は素早く走った。最後の1匹の姿を視界の端で捕らえながら、近くにあった別の木に素早くよじ登る。ぎりぎりで間に合った。どかんと衝撃が走って、俺の登った木はしなるように大きく揺れた。

「ハル、終わり?」
「ああ…もう気配は無いよ」

 ハルの言葉に、やっと肩の力が抜けた。すぐに地面へと飛び降りる。

「アキト、なぜさっき一度降りたんだ?」
「あの木が折れそうだったから」

 ぴしぴしと小さな音がしていたことを伝えれば、ハルは最初に登っていた木を見に行った。

「ああ、それでか」

 ハルはふうと息を吐いた。

「ごめん。説明できなくて心配させた」
「いや、いいんだ、良い判断だった」

 そう言ってくれたけど、ハルは一瞬つらそうな顔でこちらを見た。

「ハル?」
「ああ、すまない。行こうか」

 そう言って笑ったハルは、もういつも通りのハルだった。
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