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69.【ハル視点】かつては苦手で、今は思い出の場所
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広場まで戻ってきたアキトとイワンを、俺は屋根の上からこっそりと観察していた。
二人の間にあるぎこちない雰囲気に、そっと胸を撫で下ろす。イワンには申し訳ないけれど、甘い空気がかけらも存在していないということは、アキトは告白を断ったと言う事だ。
「アキトー酒飲まないか?」
「おう、こっちに上手い酒があるぞー」
気まずい雰囲気の二人に、空気を読まない酔っ払いが明るく声をかける。お酒が好きなアキトは、嬉しそうにその誘いを受け入れた。そのまま酒豪ばかりが集まったテーブルに連れていかれたけれど、酒に強いアキトなら特に問題はないだろう。
まさかアキトが勧められるままに飲みすぎて、そのまま酔いつぶれてしまうなんて思ってもみなかった俺は、のんびりと屋根の上で宴の雰囲気を楽しんでいた。
いつもなら起こせばすぐに起きるアキトも、さすがに今日はなかなか起きなかった。起きたくないとぐずるようなうなり声すら、可愛く思えてしまう自分に苦笑が漏れる。
それでも諦めずに距離をつめて声をかけていると、何の前触れもなく不意にアキトの目が開いた。
間近で見つめるアキトの瞳は、普段よりも数段明るい茶色に見えた。本当はこんな色なんだ。何なら、このまま口づけできそうな距離だな。そんなくだらない事を考えている俺を、アキトはぼんやりとした顔のままで見つめてきた。さすがにあれだけ飲めば、体調が悪いんだろうか。
「アキト、大丈夫?」
「…っ!!!ごめん、今起きた!」
慌てた様子からして、寝ぼけただけみたいだ。
「昨日は飲みすぎたみたいだね」
「うん…ごめん」
幸いアキトは酒に飲まれた様子も無くて、体調は良いみたいだ。
緊急依頼の報告は急ぐべきかと自分から言い出した時には、感心してしまった。各種依頼の報告については、図鑑の最初のページに小さく記されているだけだ。そんな細かいところまで、しっかりと目を通しているなんて、さすがアキトだ。
しっかりと朝食を食べ終わるまで待って、俺は今日の予定を尋ねてみた。
「それでアキト、今日はどうする?」
「どうって…あ!俺、今日手伝いできてない!」
「ああ、今日はアックスとアキトは、もし来ても手伝わせないようにって村長命令が出てたよ」
この調子ならもし自分で起きられていたら、手伝いに飛び出していたんだろうな。笑顔で手伝いに行くアキトの姿が、すぐに想像できた。
「え、そうなの?」
「緊急討伐依頼をこなしたんだから、そこは甘えて良いんだよ」
そこまではっきり言い切れば、やっとアキトはしたいことを考え始めたみたいだ。んーと声を洩らしながら熟考していたアキトは、はっと思いついた顔で顔を上げた。
「体調も悪くないから、こどもたちに果物差し入れしたいなーって」
したいことが果物探しとは、なんともアキトらしい提案だ。
「ああ、ナドナの果実、喜んでもらってたね」
「あ、そうだ。あれってまずかった?」
もし値段が分からない人にこっそり渡していたなら、後で値段が分かった時に問題になったかもしれない。高価な果物を振る舞って、後になってから金を請求をしてくるような奴だっているからだ。何か裏の意味があったのかと深読みされる事もあるだろう。
その点、アキトはこの村では既に信頼を得ているし、ナドナの果実を差し出した時には元商人のブラン爺もその場にいたようだから問題は無いだろう。
そこまで考えて、俺はすぐに首を振った。アキトは安心した様子で肩の力を抜いたけれど、俺はすかさず言葉を続ける。
「昨日は特別な宴だったから良いけど、問題になることもあるから気をつけてね」
「分かった。今度からは、ちゃんとハルに聞いてから渡すようにする」
「よし。じゃあ、ナルクアの森に行こうか」
「うん」
ナルクアの森は正直に言ってしまえば、昔から苦手な場所のひとつだった。
魔物の気配は多いし、不気味な森の中で地形を考えながら避けて進む必要がある。神経をすり減らしながら進むのが嫌で、散々文句を言った覚えがある。
けれど、ここはアキトと出会えた場所であり、リスリーロの花を見つけられた場所でもある。
今の俺にとっては、幸運が詰まった場所とも言えるかもしれない。
「アキト、行こうか」
「ハル、よろしく」
アキトと一緒なら、この森を歩くのすら楽しいと思える。自分の変わりように少しだけ笑ってしまった。
すっかり森歩きにも慣れてきたアキトの足運びは、以前この森を通った時とは大違いだった。はらはらしながら見守っていたあの時とは違って、俺も周りを観察しながら歩く事ができる。
「あ、あれは」
不意に目に飛び込んできた実に、思わず声を上げてしまった。
「ん?どうしたの?」
「あそこにポルパの実があるんだ。これは常設で買取されてる食材なんだけどね」
そう言ってポルパの実を指差せば、アキトはその鮮やかな黄色の実をじっと見つめた。
「綺麗な色だけど…これって食べれるの?」
「うん、美味しいよ。ちょっと食べてみる?」
本人に聞いた事はないけれど、アキトはおそらく甘いものが好きだと思う。
黒鷹亭の朝食で、果物を甘く煮たものが出た時もかなり嬉しそうだったし、俺には甘すぎる果物でもいつも美味しそうに食べている。このポルパの実は、甘いものが好きな人には人気の果物だ。アキトが気に入ると良いんだけど。
俺の言葉に興味をそそられたようで、アキトはすぐに水魔法を発動して、水球を目の前に浮かべると、そのまま念入りに手も浄化した。本当にアキトは、息をするように自然に浄化魔法を使う。
「下の方の皮を指でめくって、かじってみて」
「わかった。いただきまーす」
俺が説明した通りに皮をめくってから齧りついたアキトは、大きく目を見開いて、謎の言葉を叫んだ。
「生クリーム!」
「なまく…何だって?」
「砂糖まで入った生クリームの味だ!!」
言ってる内容はよく分からないが、目がキラキラしているから気に入ってはくれたみたいだ。アキトは興奮した様子で、なんで果物が生クリーム味なんだとか、濃厚でうますぎるとか大騒ぎしていた。
こんなに取り乱したアキトの姿は初めて見た。そんなに美味しかったのか。
「アキト、落ち着いて」
「あ、ごめん…えーと…俺の世界のお菓子であった味なんだ」
なまくりーむか。アキトの好きな味として、ちゃんと覚えておこう。
「アキトの好みには合ったみたいだね?」
「うん、すごく好きな味」
「そうだな8つぐらいは納品して、あとはアキトが欲しい分採っていくと良いよ」
鈴なりになっているポルパの実を指差すと、アキトは考え込んだ。
「ハル…これって、バラーブ村に差し入れしたら、もらってくれると思う?」
「うーん…これは受け取って貰えないだろうね…結構高価だから」
「え…そうなの?」
「普通の果物にした方が気楽に受け取ってくれると思うよ」
村の子どもたちを、あまり珍しい果物や高価な果物に慣れさせるのは良くない。はっきりとそう告げれば、アキトもすぐに諦めてくれた。
「それは後で探すとして…。これは痛みやすいから、枝に繋がってた方を下にした方が長持ちするんだ」
説明し終わると、アキトはいそいそとポルパの実を採り始めた。珍しく納品分以外にもたくさん採取しているみたいだ。
なまくりーむとやらに似たポルパの実の味が、本当に好きなんだな。鼻歌を歌ってご機嫌なアキトを見て、俺はこっそりと笑みを洩らした。
出来ればそろそろ納品したいと思っていたスリーシャ草も、無事に見つかった。図鑑に書き込んだ情報をきちんと活用できているアキトを、俺は思わず誉めちぎってしまった。
誉められるとアキトはいつも照れくさそうにするけれど、その後で、はにかんだように柔らかく笑うんだ。その笑顔が可愛すぎるから、ついつい誉めてしまう。アキト限定で誉め癖がついてしまったような気がするけれど、アキトも嫌そうじゃないからまあ良しとしよう。
もし今日ナルクアの森に来ることになったら、どうしても達成したかったことがひとつだけあった。それが、銀月水桃の蜜の採取だった。
アキトに出会う前、リスリーロの花を求めてナルクアの森の中を彷徨っていた時、偶然見つけたのが銀月水桃だった。見つけた時は、こんなところにあるんだなと無感動に見つめるだけだったけれど、今になってこの情報が生きてくるとは。
もし銀月水桃の蜜を納品した冒険者がいたら、隠そうとしてもきっと噂になる。噂が出回っていないということは、あの時の銀月水桃はあの場所にまだあるんだろう。
「アキト、こっちだよ」
魔物の気配を避けながら移動していくと、記憶していた場所に銀月水桃の実はあった。
「え」
アキトは驚いた様子で、じっと銀月水桃を凝視している。
「これってもしかして…」
「そう、これが銀月水桃だよ」
「ほんとに銀色だ」
銀月水桃は呼び名こそ水桃だが、じつは果物かどうかすら解明されていない不思議な素材だ。というのも、この実は必ずしも水桃の木になるわけではないからだ。銀月水桃が実る木に統一性は一切無く、だからこそ見つけるのも困難だ。
蜜を採取しなければ、その実は腐る事も痛むこともなくその場にあり続ける。蜜を採取すれば、その実は数日以内に空気に溶けるように消えていく。
そのあまりに不思議な生態に、銀月水桃には別名が存在している。その別名は『精霊のいたずら』だ。メロウはこの別名まで知ってて、依頼に出したんだろうか。
採取方法を教えれば、これがそんなに珍しいものだとは思ってもいないアキトは、手際よく用意を済ませた。
「これで良いの?」
「うん、良いね。このあたりは柔らかいから、傷をつけてみて」
この蜜を納品すれば、アキトの精霊が見える人や精霊の加護持ちの噂は、一気に信憑性を増すだろう。通り名さえ定着してしまえば、アキトの身の安全は保障される。
この素材の珍しさを知らないアキトは、きっとまたその価値を教えなかった俺に怒るだろう。それでも、俺はどうしてもアキトの身の安全を優先したい。通り名のための納品は、多分これで最後だから。
どれだけ怒っても良いから、一緒にいたくないとだけは言わないで欲しいな。
ぽたぽたと貯まっていく銀色の液体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
二人の間にあるぎこちない雰囲気に、そっと胸を撫で下ろす。イワンには申し訳ないけれど、甘い空気がかけらも存在していないということは、アキトは告白を断ったと言う事だ。
「アキトー酒飲まないか?」
「おう、こっちに上手い酒があるぞー」
気まずい雰囲気の二人に、空気を読まない酔っ払いが明るく声をかける。お酒が好きなアキトは、嬉しそうにその誘いを受け入れた。そのまま酒豪ばかりが集まったテーブルに連れていかれたけれど、酒に強いアキトなら特に問題はないだろう。
まさかアキトが勧められるままに飲みすぎて、そのまま酔いつぶれてしまうなんて思ってもみなかった俺は、のんびりと屋根の上で宴の雰囲気を楽しんでいた。
いつもなら起こせばすぐに起きるアキトも、さすがに今日はなかなか起きなかった。起きたくないとぐずるようなうなり声すら、可愛く思えてしまう自分に苦笑が漏れる。
それでも諦めずに距離をつめて声をかけていると、何の前触れもなく不意にアキトの目が開いた。
間近で見つめるアキトの瞳は、普段よりも数段明るい茶色に見えた。本当はこんな色なんだ。何なら、このまま口づけできそうな距離だな。そんなくだらない事を考えている俺を、アキトはぼんやりとした顔のままで見つめてきた。さすがにあれだけ飲めば、体調が悪いんだろうか。
「アキト、大丈夫?」
「…っ!!!ごめん、今起きた!」
慌てた様子からして、寝ぼけただけみたいだ。
「昨日は飲みすぎたみたいだね」
「うん…ごめん」
幸いアキトは酒に飲まれた様子も無くて、体調は良いみたいだ。
緊急依頼の報告は急ぐべきかと自分から言い出した時には、感心してしまった。各種依頼の報告については、図鑑の最初のページに小さく記されているだけだ。そんな細かいところまで、しっかりと目を通しているなんて、さすがアキトだ。
しっかりと朝食を食べ終わるまで待って、俺は今日の予定を尋ねてみた。
「それでアキト、今日はどうする?」
「どうって…あ!俺、今日手伝いできてない!」
「ああ、今日はアックスとアキトは、もし来ても手伝わせないようにって村長命令が出てたよ」
この調子ならもし自分で起きられていたら、手伝いに飛び出していたんだろうな。笑顔で手伝いに行くアキトの姿が、すぐに想像できた。
「え、そうなの?」
「緊急討伐依頼をこなしたんだから、そこは甘えて良いんだよ」
そこまではっきり言い切れば、やっとアキトはしたいことを考え始めたみたいだ。んーと声を洩らしながら熟考していたアキトは、はっと思いついた顔で顔を上げた。
「体調も悪くないから、こどもたちに果物差し入れしたいなーって」
したいことが果物探しとは、なんともアキトらしい提案だ。
「ああ、ナドナの果実、喜んでもらってたね」
「あ、そうだ。あれってまずかった?」
もし値段が分からない人にこっそり渡していたなら、後で値段が分かった時に問題になったかもしれない。高価な果物を振る舞って、後になってから金を請求をしてくるような奴だっているからだ。何か裏の意味があったのかと深読みされる事もあるだろう。
その点、アキトはこの村では既に信頼を得ているし、ナドナの果実を差し出した時には元商人のブラン爺もその場にいたようだから問題は無いだろう。
そこまで考えて、俺はすぐに首を振った。アキトは安心した様子で肩の力を抜いたけれど、俺はすかさず言葉を続ける。
「昨日は特別な宴だったから良いけど、問題になることもあるから気をつけてね」
「分かった。今度からは、ちゃんとハルに聞いてから渡すようにする」
「よし。じゃあ、ナルクアの森に行こうか」
「うん」
ナルクアの森は正直に言ってしまえば、昔から苦手な場所のひとつだった。
魔物の気配は多いし、不気味な森の中で地形を考えながら避けて進む必要がある。神経をすり減らしながら進むのが嫌で、散々文句を言った覚えがある。
けれど、ここはアキトと出会えた場所であり、リスリーロの花を見つけられた場所でもある。
今の俺にとっては、幸運が詰まった場所とも言えるかもしれない。
「アキト、行こうか」
「ハル、よろしく」
アキトと一緒なら、この森を歩くのすら楽しいと思える。自分の変わりように少しだけ笑ってしまった。
すっかり森歩きにも慣れてきたアキトの足運びは、以前この森を通った時とは大違いだった。はらはらしながら見守っていたあの時とは違って、俺も周りを観察しながら歩く事ができる。
「あ、あれは」
不意に目に飛び込んできた実に、思わず声を上げてしまった。
「ん?どうしたの?」
「あそこにポルパの実があるんだ。これは常設で買取されてる食材なんだけどね」
そう言ってポルパの実を指差せば、アキトはその鮮やかな黄色の実をじっと見つめた。
「綺麗な色だけど…これって食べれるの?」
「うん、美味しいよ。ちょっと食べてみる?」
本人に聞いた事はないけれど、アキトはおそらく甘いものが好きだと思う。
黒鷹亭の朝食で、果物を甘く煮たものが出た時もかなり嬉しそうだったし、俺には甘すぎる果物でもいつも美味しそうに食べている。このポルパの実は、甘いものが好きな人には人気の果物だ。アキトが気に入ると良いんだけど。
俺の言葉に興味をそそられたようで、アキトはすぐに水魔法を発動して、水球を目の前に浮かべると、そのまま念入りに手も浄化した。本当にアキトは、息をするように自然に浄化魔法を使う。
「下の方の皮を指でめくって、かじってみて」
「わかった。いただきまーす」
俺が説明した通りに皮をめくってから齧りついたアキトは、大きく目を見開いて、謎の言葉を叫んだ。
「生クリーム!」
「なまく…何だって?」
「砂糖まで入った生クリームの味だ!!」
言ってる内容はよく分からないが、目がキラキラしているから気に入ってはくれたみたいだ。アキトは興奮した様子で、なんで果物が生クリーム味なんだとか、濃厚でうますぎるとか大騒ぎしていた。
こんなに取り乱したアキトの姿は初めて見た。そんなに美味しかったのか。
「アキト、落ち着いて」
「あ、ごめん…えーと…俺の世界のお菓子であった味なんだ」
なまくりーむか。アキトの好きな味として、ちゃんと覚えておこう。
「アキトの好みには合ったみたいだね?」
「うん、すごく好きな味」
「そうだな8つぐらいは納品して、あとはアキトが欲しい分採っていくと良いよ」
鈴なりになっているポルパの実を指差すと、アキトは考え込んだ。
「ハル…これって、バラーブ村に差し入れしたら、もらってくれると思う?」
「うーん…これは受け取って貰えないだろうね…結構高価だから」
「え…そうなの?」
「普通の果物にした方が気楽に受け取ってくれると思うよ」
村の子どもたちを、あまり珍しい果物や高価な果物に慣れさせるのは良くない。はっきりとそう告げれば、アキトもすぐに諦めてくれた。
「それは後で探すとして…。これは痛みやすいから、枝に繋がってた方を下にした方が長持ちするんだ」
説明し終わると、アキトはいそいそとポルパの実を採り始めた。珍しく納品分以外にもたくさん採取しているみたいだ。
なまくりーむとやらに似たポルパの実の味が、本当に好きなんだな。鼻歌を歌ってご機嫌なアキトを見て、俺はこっそりと笑みを洩らした。
出来ればそろそろ納品したいと思っていたスリーシャ草も、無事に見つかった。図鑑に書き込んだ情報をきちんと活用できているアキトを、俺は思わず誉めちぎってしまった。
誉められるとアキトはいつも照れくさそうにするけれど、その後で、はにかんだように柔らかく笑うんだ。その笑顔が可愛すぎるから、ついつい誉めてしまう。アキト限定で誉め癖がついてしまったような気がするけれど、アキトも嫌そうじゃないからまあ良しとしよう。
もし今日ナルクアの森に来ることになったら、どうしても達成したかったことがひとつだけあった。それが、銀月水桃の蜜の採取だった。
アキトに出会う前、リスリーロの花を求めてナルクアの森の中を彷徨っていた時、偶然見つけたのが銀月水桃だった。見つけた時は、こんなところにあるんだなと無感動に見つめるだけだったけれど、今になってこの情報が生きてくるとは。
もし銀月水桃の蜜を納品した冒険者がいたら、隠そうとしてもきっと噂になる。噂が出回っていないということは、あの時の銀月水桃はあの場所にまだあるんだろう。
「アキト、こっちだよ」
魔物の気配を避けながら移動していくと、記憶していた場所に銀月水桃の実はあった。
「え」
アキトは驚いた様子で、じっと銀月水桃を凝視している。
「これってもしかして…」
「そう、これが銀月水桃だよ」
「ほんとに銀色だ」
銀月水桃は呼び名こそ水桃だが、じつは果物かどうかすら解明されていない不思議な素材だ。というのも、この実は必ずしも水桃の木になるわけではないからだ。銀月水桃が実る木に統一性は一切無く、だからこそ見つけるのも困難だ。
蜜を採取しなければ、その実は腐る事も痛むこともなくその場にあり続ける。蜜を採取すれば、その実は数日以内に空気に溶けるように消えていく。
そのあまりに不思議な生態に、銀月水桃には別名が存在している。その別名は『精霊のいたずら』だ。メロウはこの別名まで知ってて、依頼に出したんだろうか。
採取方法を教えれば、これがそんなに珍しいものだとは思ってもいないアキトは、手際よく用意を済ませた。
「これで良いの?」
「うん、良いね。このあたりは柔らかいから、傷をつけてみて」
この蜜を納品すれば、アキトの精霊が見える人や精霊の加護持ちの噂は、一気に信憑性を増すだろう。通り名さえ定着してしまえば、アキトの身の安全は保障される。
この素材の珍しさを知らないアキトは、きっとまたその価値を教えなかった俺に怒るだろう。それでも、俺はどうしてもアキトの身の安全を優先したい。通り名のための納品は、多分これで最後だから。
どれだけ怒っても良いから、一緒にいたくないとだけは言わないで欲しいな。
ぽたぽたと貯まっていく銀色の液体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
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