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68.銀月水桃の蜜

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 最初は森の歩き方すら知らなかった俺だけど、森の中を移動するのにもすっかり慣れてきた。あちこちにある木の根にも一々つまづかなくなったし、穴になっている場所もきちんと避けられるようになった。極端に速度を落としてもらわなくても、ハルの速度に合わせて何とかついて行けるようにもなってきた。

 どこも同じような景色に見えていたけど、最近はなんとか目印を見つけて、道を覚えながら移動できるようにもなってきた。まあ全部ハルのおかげなんだけどね。

 だから、俺はちょっとだけ期待してたんだ。前は方向すら分からなくなったナルクアの森でも、今ならきっと道を覚えながら歩けるって。

「ハル、この道さっきも通らなかった?」
「今日は初めて通る道だよ」
「えー全部同じに見える…」

 これがもう、びっくりするぐらい全然駄目だったんだ。この森には俺の覚えたての技術なんて一切通用しなかった。

 そもそも目印になるものが無いんだよな。カラフルな果物とかで覚えていこうとしても、至る所に同じ果実があるから無理だし、木の種類で覚えられるほど植物の知識があるわけじゃない。もうどっちから来たのかも、俺には分からない。もし俺一人だったら、現時点で完璧に迷子だ。

「アキト、こっちだよ」

 そんな不気味な森の中を、ハルはあまりに迷いなく進んでいく。ハルの方向感覚ってどうなってるんだろう。GPSとか内蔵されてたりしない?

「ここから左だね」

 いつもの森と同じような軽い調子で案内してくれた先には、すこしひらけた空間があった。その中心には何の変哲もない、緑の葉を茂らせた木が一本立っている。

「え」

 木の枝にぶら下がっているものに、俺の視線は釘付けになった。そこにあったのは、どこからどうみても金属製にしか見えない銀色の桃だった。

「これってもしかして…」
「そう、これが銀月水桃だよ」

 ふざけた誰かが、金属で作った果物を引っかけていったんじゃないのか?そう思うぐらい、銀色の実には違和感しか無かった。

「ほんとに銀色だ」
「これはもぎ取ることは出来ないんだ」
「え…?」

 じゃあどうするのって一瞬悩んでしまったけど、ハルはちゃんと採取方法を説明してくれた。

 実は硬すぎて、どうやっても木からもぎ取れない。だから、ナイフを使って実の下の方に傷をつける。そこからにじみ出てくる蜜を、小瓶に貯めて採取するらしい。だから銀月水桃じゃなくて、銀月水桃の蜜なのか。

 ハルの指示に従って、銀色の桃の真下に小瓶がぶら下がるように、ツタを使ってくくりつける。

「これで良いの?」
「うん、良いね。このあたりは柔らかいから、傷をつけてみて」

 ナイフを取り出して言われた辺りに傷をつければ、ぽたぽたと銀色の液体が瓶の中へと落ち始めた。はっきり言って、見た目は水銀にしか見えない。

「あとは待つだけだから、お昼にしようか」
「うん!」



 結構歩いたからお腹は空いていたけれど、ハルに見られながらの食事は、はっきりいって落ち着かなかった。今までは何とも思わなかったんだけど、これはちょっと見すぎじゃないかな。

「アキト、美味しい?」

 そう尋ねてくるハルの目が優しすぎて、たまらない気持ちになる。いつもこんなに優しい目で見つめられてたっけ。よく今まで平気な顔して食べていられたよな、俺。

 荒ぶる心臓の音がハルに聞こえないか心配しながら、俺はできるだけ普通の顔で答えた。

「うん、美味しいよ」

 心臓はバクバクしてるけど、そんな状態でもシーニャさんが作ってくれたお弁当は、今日も文句なしに美味しかった。

「あ、さっきのポルパの実なんだけど、シーニャさんには渡しても良いかな?」

 不意に思いついてそう聞いてみれば、ハルはちいさく首を傾げた。ハルが首を傾げる姿は今までも何度も見てきた。こんなに破壊力抜群だったっけ。またしてもドキドキしている心臓を、必死でなだめるはめになった。

「シーニャさんにか…」
「その…昨日のお昼も今日のお昼も作ってもらっちゃったし」
「うん、まあ、受け取ってくれるんじゃないかな」

 じゃあシーニャさんへのお土産は決定だな。あとは果物だ。

「こどもたちへのお土産は何が良いかな?」
「セウカはどうかな?今の時期にお勧めの水気の多い果物でね、ひとつが大きいから切り分けて食べるものなんだけど」

 説明してもらっても、正直全然ぴんとはこない。全く知らない果物だもんな。でも俺の答えは、もう決まってる。

「ハルのお勧めなら、それにする!」

 ハルが選んだものなら、村人さん達にも喜んでもらえるだろう。

「うん、さっき通ってきた途中にあったから、帰りに採って帰ろう」

 さらりと言われた言葉に、俺は衝撃を受けた。それってつまり、通ってきた道の、途中にあった果物の場所まで覚えてるってことか。ハルすごすぎない?やっぱりGPSとか内蔵されてるんじゃないのか。

 俺も、どの森でも、ちゃんと道が覚えられるくらいになりたいな。ハルに頼らなくても大丈夫な俺になって、それでも一緒にいて欲しいんだって伝えたいなんて、わがまま過ぎるかな。

 ぽたぽたと貯まっていく銀色の液体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
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