69 / 1,103
68.銀月水桃の蜜
しおりを挟む
最初は森の歩き方すら知らなかった俺だけど、森の中を移動するのにもすっかり慣れてきた。あちこちにある木の根にも一々つまづかなくなったし、穴になっている場所もきちんと避けられるようになった。極端に速度を落としてもらわなくても、ハルの速度に合わせて何とかついて行けるようにもなってきた。
どこも同じような景色に見えていたけど、最近はなんとか目印を見つけて、道を覚えながら移動できるようにもなってきた。まあ全部ハルのおかげなんだけどね。
だから、俺はちょっとだけ期待してたんだ。前は方向すら分からなくなったナルクアの森でも、今ならきっと道を覚えながら歩けるって。
「ハル、この道さっきも通らなかった?」
「今日は初めて通る道だよ」
「えー全部同じに見える…」
これがもう、びっくりするぐらい全然駄目だったんだ。この森には俺の覚えたての技術なんて一切通用しなかった。
そもそも目印になるものが無いんだよな。カラフルな果物とかで覚えていこうとしても、至る所に同じ果実があるから無理だし、木の種類で覚えられるほど植物の知識があるわけじゃない。もうどっちから来たのかも、俺には分からない。もし俺一人だったら、現時点で完璧に迷子だ。
「アキト、こっちだよ」
そんな不気味な森の中を、ハルはあまりに迷いなく進んでいく。ハルの方向感覚ってどうなってるんだろう。GPSとか内蔵されてたりしない?
「ここから左だね」
いつもの森と同じような軽い調子で案内してくれた先には、すこしひらけた空間があった。その中心には何の変哲もない、緑の葉を茂らせた木が一本立っている。
「え」
木の枝にぶら下がっているものに、俺の視線は釘付けになった。そこにあったのは、どこからどうみても金属製にしか見えない銀色の桃だった。
「これってもしかして…」
「そう、これが銀月水桃だよ」
ふざけた誰かが、金属で作った果物を引っかけていったんじゃないのか?そう思うぐらい、銀色の実には違和感しか無かった。
「ほんとに銀色だ」
「これはもぎ取ることは出来ないんだ」
「え…?」
じゃあどうするのって一瞬悩んでしまったけど、ハルはちゃんと採取方法を説明してくれた。
実は硬すぎて、どうやっても木からもぎ取れない。だから、ナイフを使って実の下の方に傷をつける。そこからにじみ出てくる蜜を、小瓶に貯めて採取するらしい。だから銀月水桃じゃなくて、銀月水桃の蜜なのか。
ハルの指示に従って、銀色の桃の真下に小瓶がぶら下がるように、ツタを使ってくくりつける。
「これで良いの?」
「うん、良いね。このあたりは柔らかいから、傷をつけてみて」
ナイフを取り出して言われた辺りに傷をつければ、ぽたぽたと銀色の液体が瓶の中へと落ち始めた。はっきり言って、見た目は水銀にしか見えない。
「あとは待つだけだから、お昼にしようか」
「うん!」
結構歩いたからお腹は空いていたけれど、ハルに見られながらの食事は、はっきりいって落ち着かなかった。今までは何とも思わなかったんだけど、これはちょっと見すぎじゃないかな。
「アキト、美味しい?」
そう尋ねてくるハルの目が優しすぎて、たまらない気持ちになる。いつもこんなに優しい目で見つめられてたっけ。よく今まで平気な顔して食べていられたよな、俺。
荒ぶる心臓の音がハルに聞こえないか心配しながら、俺はできるだけ普通の顔で答えた。
「うん、美味しいよ」
心臓はバクバクしてるけど、そんな状態でもシーニャさんが作ってくれたお弁当は、今日も文句なしに美味しかった。
「あ、さっきのポルパの実なんだけど、シーニャさんには渡しても良いかな?」
不意に思いついてそう聞いてみれば、ハルはちいさく首を傾げた。ハルが首を傾げる姿は今までも何度も見てきた。こんなに破壊力抜群だったっけ。またしてもドキドキしている心臓を、必死でなだめるはめになった。
「シーニャさんにか…」
「その…昨日のお昼も今日のお昼も作ってもらっちゃったし」
「うん、まあ、受け取ってくれるんじゃないかな」
じゃあシーニャさんへのお土産は決定だな。あとは果物だ。
「こどもたちへのお土産は何が良いかな?」
「セウカはどうかな?今の時期にお勧めの水気の多い果物でね、ひとつが大きいから切り分けて食べるものなんだけど」
説明してもらっても、正直全然ぴんとはこない。全く知らない果物だもんな。でも俺の答えは、もう決まってる。
「ハルのお勧めなら、それにする!」
ハルが選んだものなら、村人さん達にも喜んでもらえるだろう。
「うん、さっき通ってきた途中にあったから、帰りに採って帰ろう」
さらりと言われた言葉に、俺は衝撃を受けた。それってつまり、通ってきた道の、途中にあった果物の場所まで覚えてるってことか。ハルすごすぎない?やっぱりGPSとか内蔵されてるんじゃないのか。
俺も、どの森でも、ちゃんと道が覚えられるくらいになりたいな。ハルに頼らなくても大丈夫な俺になって、それでも一緒にいて欲しいんだって伝えたいなんて、わがまま過ぎるかな。
ぽたぽたと貯まっていく銀色の液体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
どこも同じような景色に見えていたけど、最近はなんとか目印を見つけて、道を覚えながら移動できるようにもなってきた。まあ全部ハルのおかげなんだけどね。
だから、俺はちょっとだけ期待してたんだ。前は方向すら分からなくなったナルクアの森でも、今ならきっと道を覚えながら歩けるって。
「ハル、この道さっきも通らなかった?」
「今日は初めて通る道だよ」
「えー全部同じに見える…」
これがもう、びっくりするぐらい全然駄目だったんだ。この森には俺の覚えたての技術なんて一切通用しなかった。
そもそも目印になるものが無いんだよな。カラフルな果物とかで覚えていこうとしても、至る所に同じ果実があるから無理だし、木の種類で覚えられるほど植物の知識があるわけじゃない。もうどっちから来たのかも、俺には分からない。もし俺一人だったら、現時点で完璧に迷子だ。
「アキト、こっちだよ」
そんな不気味な森の中を、ハルはあまりに迷いなく進んでいく。ハルの方向感覚ってどうなってるんだろう。GPSとか内蔵されてたりしない?
「ここから左だね」
いつもの森と同じような軽い調子で案内してくれた先には、すこしひらけた空間があった。その中心には何の変哲もない、緑の葉を茂らせた木が一本立っている。
「え」
木の枝にぶら下がっているものに、俺の視線は釘付けになった。そこにあったのは、どこからどうみても金属製にしか見えない銀色の桃だった。
「これってもしかして…」
「そう、これが銀月水桃だよ」
ふざけた誰かが、金属で作った果物を引っかけていったんじゃないのか?そう思うぐらい、銀色の実には違和感しか無かった。
「ほんとに銀色だ」
「これはもぎ取ることは出来ないんだ」
「え…?」
じゃあどうするのって一瞬悩んでしまったけど、ハルはちゃんと採取方法を説明してくれた。
実は硬すぎて、どうやっても木からもぎ取れない。だから、ナイフを使って実の下の方に傷をつける。そこからにじみ出てくる蜜を、小瓶に貯めて採取するらしい。だから銀月水桃じゃなくて、銀月水桃の蜜なのか。
ハルの指示に従って、銀色の桃の真下に小瓶がぶら下がるように、ツタを使ってくくりつける。
「これで良いの?」
「うん、良いね。このあたりは柔らかいから、傷をつけてみて」
ナイフを取り出して言われた辺りに傷をつければ、ぽたぽたと銀色の液体が瓶の中へと落ち始めた。はっきり言って、見た目は水銀にしか見えない。
「あとは待つだけだから、お昼にしようか」
「うん!」
結構歩いたからお腹は空いていたけれど、ハルに見られながらの食事は、はっきりいって落ち着かなかった。今までは何とも思わなかったんだけど、これはちょっと見すぎじゃないかな。
「アキト、美味しい?」
そう尋ねてくるハルの目が優しすぎて、たまらない気持ちになる。いつもこんなに優しい目で見つめられてたっけ。よく今まで平気な顔して食べていられたよな、俺。
荒ぶる心臓の音がハルに聞こえないか心配しながら、俺はできるだけ普通の顔で答えた。
「うん、美味しいよ」
心臓はバクバクしてるけど、そんな状態でもシーニャさんが作ってくれたお弁当は、今日も文句なしに美味しかった。
「あ、さっきのポルパの実なんだけど、シーニャさんには渡しても良いかな?」
不意に思いついてそう聞いてみれば、ハルはちいさく首を傾げた。ハルが首を傾げる姿は今までも何度も見てきた。こんなに破壊力抜群だったっけ。またしてもドキドキしている心臓を、必死でなだめるはめになった。
「シーニャさんにか…」
「その…昨日のお昼も今日のお昼も作ってもらっちゃったし」
「うん、まあ、受け取ってくれるんじゃないかな」
じゃあシーニャさんへのお土産は決定だな。あとは果物だ。
「こどもたちへのお土産は何が良いかな?」
「セウカはどうかな?今の時期にお勧めの水気の多い果物でね、ひとつが大きいから切り分けて食べるものなんだけど」
説明してもらっても、正直全然ぴんとはこない。全く知らない果物だもんな。でも俺の答えは、もう決まってる。
「ハルのお勧めなら、それにする!」
ハルが選んだものなら、村人さん達にも喜んでもらえるだろう。
「うん、さっき通ってきた途中にあったから、帰りに採って帰ろう」
さらりと言われた言葉に、俺は衝撃を受けた。それってつまり、通ってきた道の、途中にあった果物の場所まで覚えてるってことか。ハルすごすぎない?やっぱりGPSとか内蔵されてるんじゃないのか。
俺も、どの森でも、ちゃんと道が覚えられるくらいになりたいな。ハルに頼らなくても大丈夫な俺になって、それでも一緒にいて欲しいんだって伝えたいなんて、わがまま過ぎるかな。
ぽたぽたと貯まっていく銀色の液体を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
422
お気に入りに追加
4,148
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる