上 下
68 / 1,112

67.ナルクアの森、再び

しおりを挟む
 久しぶりに入ったナルクアの森は、やっぱり異様な雰囲気が漂っていた。

 冒険者として色んな森に行ったけど、この森の雰囲気はかなり独特だ。どんよりとしていて木漏れ日もろくに入って来ない森なのに、何故かカラフルな果物や木の実がたくさんなっているのも不気味に見える。

「アキト、行こうか」

 かけられた声に視線を向ければ、ハルが俺をじっと見つめていた。正直に言うと、一人だったら絶対に入りたくない場所だけど、隣には頼れるハルがいてくれる。

「うん、よろしくね、ハル」

 俺の言葉に、ハルは柔らかく目を細めて笑ってくれた。



 ナルクアの森の中を二人で話しながら歩いていると、どうしても出会ったあの日のことを思い出す。

 もし水を求めて川に行っていなかったら、俺はハルに出会えなかった。それどころか、生きて森から出られたかどうかもわからない。

 あの時はただ親切で優しい幽霊だと思っていたけれど、今ではもうかけがえのない俺の好きな人だ。

 あの日の俺に、その王子様系イケメン霊の事を好きになるんだよって言っても、絶対に信じないだろうな。そんなくだらない事を考えながら歩いていると、不意にハルが声を上げた。

「あ、あれは」
「ん?どうしたの?」
「あそこにポルパの実があるんだ。これは常設で買取されてる食材なんだけどね」

 そう言ってハルが指差したのは、手のひらサイズの鮮やかな黄色の実だった。

「綺麗な色だけど…これって食べれるの?」
「うん、美味しいよ。ちょっと食べてみる?」

 いつも美味しいものを教えてくれるハルだけど、その場で食べてみる?って言われたのは初めてだ。好奇心に負けた俺は、即座に頷いた。

 まず初めに水魔法を発動して、水球を目の前に浮かべる。そのまま念入りに手も浄化した。

「準備よし」
「柔らかいから、そっとね」

 こんなに硬そうに見えるのに、柔らかいんだ。恐る恐るポルパの実に触れてみると、ふにゃりとした触感が指先から伝わってきた。

「うわっ…柔らかっ!」

 注意してもらってなかったら、指が埋まっていたかもしれない。それぐらいの柔らかさだった。そっと小型のナイフで切り取った実は、目の前に浮かぶ水球の中に慎重に入れて丸洗いだ。

「下の方の皮を指でめくって、かじってみて」
「わかった。いただきまーす」

 そっと黄色の皮をめくれば、中にあったのは意外にもシンプルな白色の果肉だ。この世界の食べ物は何でもカラフルだと思ってたけど、こんなにシンプルなのもあるんだな。感心しながら口をつけた俺は、その味に大きく目を見開いた。

「生クリーム!」
「なまく…何だって?」
「砂糖まで入った生クリームの味だ!!」

 甘いものも大好きな俺が、ケーキの中で一番好きなのはショートケーキだ。こどもの頃から、誕生日にはショートケーキが良いって言い続けてきた俺に、不意打ちで与えらえた生クリーム味の実。それはもう、大興奮するしかない。

「アキト、落ち着いて」
「あ、ごめん…えーと…俺の世界のお菓子であった味なんだ」

 正確にいえばお菓子というか、お菓子の一部なんだけど。上手く説明が出来そうにないから、この説明で許して欲しい。

「アキトの好みには合ったみたいだね?」
「うん、すごく好きな味」
「そうだな8つぐらいは納品して、あとはアキトが欲しい分採っていくと良いよ」

 鈴なりになっているポルパの実を指差したハルに、俺は考え込んだ。

「ハル…これって、バラーブ村に差し入れしたら、もらってくれると思う?」
「うーん…これは受け取って貰えないだろうね…結構高価だから」
「え…そうなの?」
「普通の果物にした方が気楽に受け取ってくれると思うよ」

 ナドナの果実は特別な宴だったから受け取ってくれたけど、あまり高級な果物にこどもたちを慣れさせるのも良くないからと言われてしまった。そうか、そうだよな。頻繁に食べられるものじゃないんだもんな。

「それは後で探すとして…。これは痛みやすいから、枝に繋がってた方を下にした方が長持ちするんだ」

 俺はハルに色々教えてもらいながら、いそいそとポルパの実を採取した。

 もちろん自分用もしっかり確保した。

 これと苺っぽい果物を合わせて柔らかめのパンに挟んだら、フルーツサンドみたいなのができたりしないかな。既にある焼き菓子にこれと果物でケーキみたいなのもできるかもしれないし、パフェみたいなのも作れるかもしれない。

 やりたいことがたくさん浮かんできて、俺は鼻歌を歌いながら歩き出した。



 気配を探りながら前を歩いてくれていたハルは、見た事のある薬草の前で不意に立ち止まった。

「そろそろ時期かな」
「ん?これってスリーシャ草?前に納品したことあったよね?」
「そうそう、よく覚えてたね」

 こういうちょっとしたことでも、はっきりと言葉にして誉めてくれるんだよな。俺はハルの優しい声での誉め言葉に、かなり弱いみたいだ。

 熱くなった頬をごまかすために、俺は取り出した図鑑を開いた。下を向いて図鑑を見ていれば、頬の赤さには気づかれないだろうから。

 スリーシャ草の項目を見てみれば『毎年秋に流行る病の特効薬に使う場合は、しっかり乾燥させる事』と書き足してあった。

「あ、そろそろ流行り病の薬を作り出す時期ってこと?」
「うん、正解」
「じゃあ乾燥させた方が良いって事だね」
「うん、それも正解」

 よくできましたと柔らかく笑ってくれるハルの笑顔を、俺はドキドキしながら見返した。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...