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64.川辺の蛍

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 小分けに切り分けられたナドナの果実は、俺からの差し入れだとわざわざ説明しながら配られたみたいだ。

 こどもたちは見た事もない果物に喜んでくれたようで、大興奮でお礼を言いに来てくれた。何人かの村人からは、本当に食べて良いんだなって念を押されてしまったけど、多分ナドナの果実の値段を知ってる人なんだろうな。もちろん俺が採取したものだから、気にせず食べて欲しいって答えておいた。

「へーナドナの果実って初めて食べるよ」
「俺も初めてだーアキト、ありがとな」
「アキト……本当に、食べて良いんだな?」

 あ、オーブルさんも値段を知ってる人なんだ。

「はい、たまたま森で見つけたやつなんで、せっかくだからみんなで食べたくて」
「そうか…それならいただこう」

 ナドナの果実は見た目は小粒なぶどうなんだけど、カラフルな粒が集まってできている。赤色は濃厚な甘さで、青色はすこし酸味が強め、黄色は甘酸っぱくて、緑色は爽やかな甘さ、オレンジ色は水分多めでジューシーだった。一粒ずつ味が違うなんて思ってなかったから、ミウナさんと二人ではしゃぎながら食べてしまった。ハルは俺を驚かすためにわざと教えなかったんだろうな。

「うっま!俺はこの黄色と緑色のが好きだな!」

 イワンがそう叫ぶと、ミウナもすぐに返事を返した。

「僕は赤と緑が好きー」
「俺は青色と黄色が好きだ」

 感想を聞くなり、ミウナは笑顔でオーブルさんの手元を覗き込んだ。

「じゃあ交換しようよ」
「ああ、もちろんだ」
「食べさせて欲しいなー」
「わかった」

 唐突にイチャイチャしだした二人に、目のやり場に困ってしまう。新婚さんなんだから仲睦まじくて良いことだとは思うんだけど、目の前であーんをしあってるのはちょっとね。

「アキト、あっちの飲み物は飲んだか?まだなら取りに行かないか?」

 イワンの提案に、俺は喜んで飛びついた。ナイス助け舟だ、イワン。

「これだよ」

 連れていかれた広場のテーブルには、大きな入れ物に入った牛乳…ウカ乳?と、ピンク色のジャムが置いてあった。

「これってウカの?」
「そうそうウカの乳に、数種類のベリーを混ぜたジャムを入れて飲むんだ」
「へー美味しそうだね」

 牛乳にベリー系ジャムなら絶対美味しいよなと見つめていれば、イワンは手早くウカ乳とジャムを混ぜて俺の分まで作ってくれた。

「わ、ありがとう」
「いや、いいんだ…なあ、アキト、ちょっと川辺まで行かないか?」
「川辺?」
「夜になると光る花が咲いてて綺麗なんだよ」

 前に来た時は川が通ってることすら知らなかった。

「へー見てみたいな」
「こっち」

 イワンに連れられて広場から抜け出すと、川辺までのんびりと夜の散歩だ。

 広場の周りと違って今日は明かりが少ないせいか、驚くほど綺麗に星が見える。すごく綺麗なんだけど、見上げる夜空に浮かんでいるのは、見た事もない星ばかりなのがちょっと残念だ。綺麗さよりも、ここが異世界なんだって突きつけられてる気分になる。

「ほら、あそこ」

 物思いにふけっていた俺は、イワンの言葉に視線を前に向けた。川辺に咲いている花が、ほのかに光を帯びている。花だって聞いていても、俺の目には蛍に見えた。

 こどもの頃に、両親と一緒に蛍を見にいったことがあったんだ。ふわふわと温かみのある光が動いてたのと、今の風景はとても似ている。

「綺麗だ…」
「アキトの方が綺麗だよ」

 突然の誉め言葉に、理解が追いつかなかった。

「へ?」
「あーやっぱり気づいてなかったか…俺は、アキトの事が好きなんだ」

 苦笑しながら話し出したイワンに、俺は固まってしまった。

 好きってあの好き?イワンは俺のことを恋愛対象として好きってこと???なんでとか考える前に最初に思ったのは、俺初めて同性から好きって言われたなって事だった。

「えーと…その…ごめん」

 ごめんで通じるのかな。異世界のお断りの仕方とか知らないんだけど。

「やっぱり駄目か…アキトが俺のことを何とも思ってないことも分かってたんだけど、どうしても言いたくてさ」
「ごめん。多分はっきり言われなかったら、気づいてすらいなかった…告白されたの初めてだし」

 自分の恋愛経験のなさというか察しの悪さが、ただただ申し訳ない。

「そうなのか!?それなら、告白できて良かったよ」
「それでその、気持ちは嬉しいんだけど…」
「そっか…誰か好きな人でもいるのか?」

 気まずくならないようにわざと明るく聞いてくれたんだろうイワンの言葉に、俺は衝撃を受けて固まった。

 質問された瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、ハルの優しい笑顔だった。

 待って。ちょっと待って。

 そんな筈は無い。これは何かの間違いだ。

 うっかりハルのことを思い浮かべちゃったけど、俺が好きなタイプは10歳くらい年上の頼れる男性だろう?ハルはちょっと年齢が若すぎるよな?ハルは幽霊で俺は生きてるんだから、年齢なんて関係ないのかもしれないけど、俺は必死で自分にそう言い聞かせた。

 それでも改めて好きな人と考えれば、またしてもハルの笑顔が浮かんできてしまう。

 困った時には即座に手助けしてくれる。

 毎朝おはようって笑顔で起こしてくれる。

 常に俺を気づかって心配してくれる。

 凹んでいる時には慰めてくれる。

 そして、俺を信じて、まかせてもくれる。

 年齢差は無くても、ハルは本当に頼り甲斐のある人だ。

「え…」 

 ぼっと一気に頬が熱くなった。今なら顔から火が吹けそうな気がする。

「いるんだ…好きな人」
「うん、今気づいた」
「今…?」

 今まではハルが幽霊だからって無理やり目を逸らしてきたけど、俺ってかなり前からハルの事が好きだったんじゃないのか。そうじゃなかったら、心残りを達成して消えてしまうことにあそこまで怯えたりしない。何より、ずっと一緒にいたいなんて思わないだろう。

 ハルは優しいから、関わってしまった危なっかしい異世界人を放っておけなくて、一緒にいてくれてるだけだと思うんだ。気分は保護者みたいな感じなのかもしれない。

 熱い頬を、夜風が優しく冷やしてくれる。俺は蛍みたいな花を見つめながら、考える。

 保護者目線だとしても、少なくとも嫌われては無いよな。告白しても触れることすらできない相手だけど、俺が誰を好きになっても俺の自由だし。

 それにしても、よりによって初恋の相手が幽霊とか、俺報われなさすぎじゃないか。



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やっとアキトが自覚しました!
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