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62.宴の始まり

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「ブラン、ここにいたのか」

 声をかけつつ近づいて来たのは、がっしりした体つきのお爺さんだった。筋肉量って年齢と共に減っていくものだと思ってたんだけど、俺なんかよりもよっぽど筋肉質だ。思わず見事な体格をじっと見つめてしまったけど、男性は俺と目が合うなりにっこりと笑ってくれた。その優しい瞳に、もしかしてと思った。

「ああ、アキト、こいつはわしの兄で村長をしとるパルンだ」
「初めまして、アキトと言います」
「初めまして。前に来てくれた時には、わしは他の村に出向いててなぁ…今日は緊急依頼を受けてくれて本当にありがとう」
「いえ、そんな」

 ブラン爺さんは悪戯っぽく笑って、パルン村長を指差した。

「似てない兄弟でびっくりしたじゃろ?」
「え、似てますよ」

 思わずそう言ってしまったら、二人して固まってしまった。

「…初めて、言われたかもな」
「一体この筋肉バカとわしの、どこが似てると言うんじゃ?」
「筋肉バカとは何じゃ!」
「筋肉バカは筋肉バカじゃろうが!」

 このまま言い合いに発展しそうな二人に、俺は慌てて口を挟んだ。

「お二人の優しい目がそっくりだったので、紹介される前に兄弟かなって思ったんです」

 素直にそう言うと、何故かハルが盛大に噴き出した。まあ、俺にしか聞こえないから良いんだけど、ハルのツボって謎だよな。

 ブラン爺さんとパルン村長は、お互いをまじまじと見つめて首を傾げている。

「目か…」
「目ねぇ?」
「似てるかは分からんが、優しい目ってのは…嬉しいのう」
「ああ、そうじゃな」

 さっきまで喧嘩しそうになっていたのに、二人は顔を見合わせてからふふと笑った。仲良しだから言い合いができるってやつかな。

「そうじゃ、そろそろ宴を始めるぞって言いに来たんじゃ」
「それじゃあ行こうかの」

 のんびりと前を歩く兄弟の後ろを、少し離れてついていく。隣には当然のようにハルが並んで歩いてくれて、それがなんだか嬉しかった。

 抱っこの風習を説明してくれてありがとうって、後で忘れずに言わなきゃな。ハルのおかげで怪しまれずにすんだんだし。そんなことを考えながら歩いていると、不意にハルが声をかけてきた。

「アキト」

 かけられた声に、俺は視線だけを向けて先を促した。ハルも慣れたもので、すぐに続ける。

「俺はちょっと村の周りを見てくるから、俺のことは気にせずに宴楽しんでね」
「え…」

 あまりに唐突な予想外の申し出に思わず声が出てしまったけど、前を歩く二人には聞こえなかったみたいだ。

「念のためゴブリンが他にいないかも見ておきたいんだ。今回はかなり近かったから…。宴が終わるまでには絶対に村に戻ってくるから」

 俺を安心させるように笑ってみせるハルに、小さく頷いた。本当は宴の間もハルと一緒にいたかったなんて、さすがに言えないもんな。それは、こどもみたいなわがままだもんんだ。

「じゃあ、いってくるね」
「いってらっしゃい、気を付けて」

 この言葉を誰かに聞かれて怪しまれても良いと思った。どうしても、ハルにいってらっしゃいと言いたかった。

「うん、ありがとう」

 ハルはにっこりと笑って答えると、まっすぐに村の門の方へと歩いていってしまった。



 二人と一緒に広場に入っていくと、そこには村人たちが集まっていた。この間一緒に家畜の世話をした男性陣や、アックスさん、シーニャさんの姿もあった。この前は挨拶程度だった女性たちや、元気なこどもたちまで勢ぞろいだ。

「みんな、聞いてくれ!」

 パルンさんの声に、ざわざわと賑やかだった広場はしんと静まり返った。

「冒険者アキトとアックスの手によって、ゴブリンの恐怖は消え去った!二人に感謝しつつ、うまいもんでも食おう!」
「何じゃその挨拶は…」

 ブラン爺さんの呆れた声に、パルン村長はわははと大きな声で笑いだした。村人たちも慣れた様子で笑っている。

「挨拶なんて何でも良いんじゃよ!みんな飲み物を持ってくれー」
「アキトって、お酒は飲める?」

 そう聞いてくれたシーニャさんにお酒好きですと返せば、すぐに青いジュースのようなものが入った木のコップを渡してくれた。そう聞くってことは、これはお酒なんだろうな。

「アキトとアックスに感謝を!」
「「「アキトとアックスに感謝を!」」」
「「「感謝を!」」」

 口々に叫びながら村人たちは、コップを空に掲げた。この世界には乾杯は無いって知ってたんだけど、宴だとこういう動きをするんだ。俺は感心しながら、周りを真似してコップを空に掲げてみた。

 初めて口にする青いお酒は、酸味があって爽やかな後味だ。

 村人たちはそれぞれ飲みかけのコップを持ったまま、広場中に並んだテーブルに散っていった。

 広場の中には料理が並んだテーブルが、広場の外には至る所に椅子とテーブルが並んでいるみたいだ。好きな料理を取って、好きな場所で食べるんだって説明をしてくれたのはブラン爺さんだ。

「アキトも遠慮せずに、食べたいものを好きに食ってくれよ」

 パルン村長にも笑顔でそう言ってもらった。

「はい、いただきます!」

 渡された大き目の木皿に好きな料理を取っていくって、つまりバイキング形式ってことだよな。俺はワクワクしながら、料理だらけのテーブルに近づいた。バラーブ村の料理はどれも美味しかったから、かなり楽しみだ。

 最初に近づいたテーブルには、山盛りのパンとカラフルなサラダ、野菜にチーズをかけて焼いてあるグラタンのようなものまであった。

 名前を知らない村人さん達も、この野菜料理がおすすめだとか、あのテーブルの肉料理がおすすめだとかを教えてくれる。俺の木皿は、あっという間に山盛りになってしまった。

 さてどこで食べようかなと周りを見渡していると、後ろから声をかけられた。

「アキト、こっちで一緒に食べないか?」

 聞き覚えのある声に振り向けば、長身の青髪の男性が立っていた。

「イワン!久しぶり!」
「覚えててくれて良かった」
「いや、そんなにすぐに忘れないよ!」

 一緒に家畜の世話をした仲じゃないかと言うと、イワンは何故かしょんぼりと肩を落としてしまった。何かまずかったかな。

「ミウナとオーブルもいるんだけど良いかな?」
「あ、もうちょっと話したかったから、むしろ嬉しいよ」

 俺はいそいそと、料理を持ったままイワンの後を追った。
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