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57.馬車に乗りたい俺と緊急依頼

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「それで、今日はどうする?」

 そうハルに聞かれて、俺は悩んでしまった。

 採取依頼に行ってもっと図鑑を充実させるべきかなって気持ちもあるし、折角魔法を使えるようになったんだからやっぱり討伐依頼を受けるべきかなって気持ちもある。

「んー」

 首を傾げて唸る俺に、ハルはあっさりと解決策を出してくれた。

「そういう時はまずしたいことを考えてから、依頼を選べは良いんだよ」
「したいこと…?」
「そう、アキトが今一番したいことは何?」

 したいこととか言われても、特に思いつかないんだけどなと考えていると、不意に綺麗な馬の姿が思い浮かんだ。

「あ、馬車に乗りたい!」

 唐突すぎたかなと思ったけど、ハルはそんなに乗りたかったんだと笑って受け入れてくれた。

「分かった。じゃあちょっと遠出の依頼が無いか、見に行こうか」
「うん!」


 
 冒険者ギルドにはすぐに辿り着いた。まだ朝の時間だからか、冒険者の数は多い。最近では周りの視線にも慣れてきてしまって、もはや完全にスルーだ。

 とりあえず片っ端から依頼内容を読んでいると、逆側から読んでいた筈のハルがそっと近づいてきた。

「アキト…バラ―ブ村から依頼が出てる」

 真剣な顔をしたハルが指差した依頼票を見に近づくと、それは確かにバラーブ村からの依頼だった。依頼票の一番上には、緊急依頼と目立つ赤文字で記されている。内容はゴブリンの群れの討伐依頼だ。村人から一人、案内と戦闘の補助がつくと記されていた。

 ゴブリンというのは、小柄で二足歩行の魔物だ。群れで行動して時には武器を使うこともあり、進化しやすいのが特徴になる。下位用の図鑑にも載っていたから知ってはいるけど、ゴブリンの群れって俺でも倒せるくらいの魔物なのかな。ちらりとハルを見ると、困った顔をして俺を見下ろしていた。

「ゴブリンには火魔法と土魔法が良く効くんだ。それに今日来たばかりの依頼だから、まだアキトでも対処はできると思うよ」

 ハルはこういう時には、はっきりと事実だけを伝えてくれる。俺の手に余るようなら、絶対に止めてくれる。ハルがこう言うなら、俺でも倒せるんだろう。

「でも…本当に良いの?ゴブリンは二足歩行だから倒しにくいって冒険者もいるよ?」

 確かに倒しにくいだろうとは思う。だけど、村からの依頼ってことは既に村の近くに群れがいるってことになる。そのまま進化してしまって手がつけられなくなったら、一番に被害に合うのはバラーブ村のあの優しい村人たちだ。

 俺はハルの目をまっすぐに見つめる。決意をこめた俺の視線を受けて、ハルはくしゃっと笑ってみせた。

「分かった、俺もできるだけ手助けするよ」



 依頼を受けた俺は、急いで食料を買い込んだ。そのまま出発する気満々だったんだけど、そこでハルに止められた。

 歩いてバラーブ村に行くよりも、領都からなら川をくだった方が早いと言われたんだ。川っていうのは市場の手前で見た、あの川のことらしい。そのままくだっていくとナルクアの森だけど、途中で支流に入ればバラーブ村に辿り着くんだって。

 領都から少し南に行った所に、川での漁を行っているナスル村という小さな村があるそうだ。そこの村の人に頼めば、2000グル~3000グル程度ですぐに川下りの舟を出してくれるらしい。

 少しでも早くバラーブ村に辿り着きたい俺は、その提案に飛びついた。



 採取に行く時に通る道からすこし外れて進むだけで、ナスル村にはすぐに辿り着けた。

「アキト、こっち」

 ハルに案内されて村に入っていくと、漁の準備をしていたらしいたくましいおじさんが見えた。おじさんはこちらに気づくなり、わざわざ作業の手を止めて近づいてきてくれた。

「よう、兄ちゃん!ナスル村に良く来たな」
「こんにちはー」

 いきなり現れた冒険者にも、こうやって笑顔で優しく対応してくれるのって嬉しいな。ハルもにこにこ笑顔だから、この村は警戒しなくて大丈夫な村なんだろう。

「すみません、急いでバラーブ村に行きたいんですが」
「ああ、川下りだな」
「はい、緊急依頼を受けたので」
「緊急…わりぃが、依頼書をみせてもらっても良いか?」

 男性の言葉に目線だけでハルを見れば、大きく頷いてくれた。依頼書って他の人に見せても良いものなんだ。

「ゴブリン…これはうちの村も他人事ではねぇな」

 じっくりと依頼書を読み込んだおじさんは、依頼書を俺に返すなり待ってろと言いおいて走って行ってしまった。

「良かったね、これですぐに舟は出してもらえるよ」

 ハルの穏やかな声に重なるように、おじさんの舟の用意をいそげって叫び声が聞こえてきた。



 おじさんはロットと言って、この村の次期村長さんなんだって。今いる村人の中なら、俺が一番舟の扱いが上手いからと、自ら舟を出してくれた。

 川を下るのは生まれて初めてなんだけど、すごいスピードで景色が流れていく。

「すっごい!速い!」

 思わずそう叫べば、ロットさんは嬉しそうに笑ってくれた。

「初めて乗るので、酔わないかと心配だったんですけど、大丈夫そうです」
「下手くそなやつの舟に乗ると、俺たちでも酔うことがあるからな!」
「そうなんですか?」
「おうよ、俺の腕ってやつだ!」
「すごいです!」

 ご機嫌なロットさんの操る舟はすいすいと川を下っていき、気づけばあっという間にバラ―ブ村が見えてきた。

 前来た時は全く気づかなかったけど、村の隅の方を川が通っているんだって。

「おーい!俺だーロットだー!」

 近づいてくる舟を見ていた村人さんに、ロットさんが大きな声を張り上げた。

「冒険者が来たぞー!」
「もう来てくれたのか!」
「今回はえらく早いなー!」

 そう叫び返している村人たちに、後ろから身を乗り出して手を振ってみる。たった一日滞在しただけの俺のことまでちゃんと覚えてくれてるかちょっと心配だったけど、皆驚いた顔をしてから思いっきり手を振ってくれた。

「アキトじゃないかー!」

 しっかり名前まで呼んでくれる人がいたから、俺は思わず満面の笑みを浮かべてしまった。

「アキトだって?」

 大声で会話していた俺と村人たちの声が聞こえたのか、アックスさんも家から出てきてくれたみたいだ。

「アキトか!」
「アックスさーん!」

 アックスさんもすぐに手を振り返してくれた。
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