上 下
57 / 1,103

56.【ハル視点】ルムンの森

しおりを挟む
 ギルドを出て街中を歩いている時から、アキトは既にかなり眠たそうだった。それでも何とかお気に入りの串焼きを買い込んで、黒鷹亭を目指して歩き続けた。

 宿の部屋までは無事に辿り着いたものの、もう眠気は限界みたいだ。珍しく部屋の鍵を閉め忘れかけたので慌てて指摘すれば、謝りながら何とか鍵を閉めた。

「大丈夫かい?アキト?」
「んー…だいじょぶ」

 アキトはベッドの上に座り込んで、帰りに買ってきた串焼きをかじり出した。甘辛いたれで焼いた、アキトの最近のお気に入りだ。

「おつかれ、アキト」
「ん、ハルもおつかれー」

 何とか返事を返してくれるアキトは、むぐむぐと口は動いているけれど、目はとろんとしている。

 こんなアキトを見るのは初めてだから、思わずじっと見つめてしまった。

 何というか、いつもはしっかりしているアキトのとろんとした目が、何だか色っぽく見えてしまった。馬鹿か、俺は。変な事を考えるなと脳内で自分を叱り飛ばしている間に、アキトは串焼きを食べ終えたようだった。

「はる…」
「どうしたの?アキト」

 串をごみ箱に放り込んだアキトは、目をこすりながら俺に声をかけてくる。

「ごめ…ねる…あさになったりゃおこし…て」

 なったりゃって言った。なったりゃって言ったぞ、今。可愛すぎるアキトの言葉に衝撃を受けている間に、アキトはもう眠りに落ちていた。



 幸せそうに眠るアキトを起こすかどうかは、今日もかなり悩んでしまったが、アキトから頼まれた事だからと自分に言い聞かせて、何とか起こすことに成功した。

「おはよう、アキト」
「んー」
「起きて」
「んあー…ハル、起こしてくれてありがと。俺、寝ちゃったんだ?」
「帰りに買った串焼きだけ食べたら、すぐ寝てしまったな」

 眠そうにしながらも起こして欲しいと頼まれた話をしたら、アキトは笑っていた。

「んー疲れたのかな?」
「うん、あれだけ魔法を使えば疲れるよね」
「なあ…ハル…俺、魔力切れ寸前だったって可能性はある?」

 昨日の脅しが効いたのか、アキトは不安そうにそう聞いてきた。いや、まだ魔力切れの兆候は無かった。

 もし魔力切れ寸前なら食欲は一切無くなると伝えれば、アキトもほっとしたようだった。怖がらせてしまったのは申し訳ないが、そのぐらいの恐怖心を持っていた方が安全だろう。そう考えた俺は何も言わずに、食堂へ向かう準備をするアキトを見つめていた。



 「ハル、今日は討伐依頼に行きたいんだ」

 突然の申し出には、驚いてしまった。アキトは採取が好きなようだし、討伐依頼はしばらくは受けないと思っていたからだ。だが、アキトが決めた事なら、危険さえなければ反対するつもりは無い。

「そうか、じゃあギルドへ行こうか」

 まだ魔物に詳しくないからと、アキトは依頼を選ぶ権利を俺にくれた。悩みながらも、今日はスライム3体と、トレント草1体の討伐依頼に決めた。

「トレント草は移動ができる植物で、種を飛ばして遠距離で攻撃してきたりもするから、なかなか厄介な魔物なんだ。アキトが持ってる図鑑にも載ってるよ」

 そう声をかければ、アキトはギルドの壁際に移動してから、おもむろに図鑑を開いた。

「トレント草…トレント草…あった」

 図鑑を読むアキトの横顔は、真剣だった。目線が左右に動いていて、説明を真面目に読み込んでいるのが分かる。

「トレント草が成長したら、トレントっていう木に擬態する魔物になるって言われてるんだ。真偽のほどは分からないんだけどね」

 読み終わるのを待ってからそう補足を口にすると、アキトは図鑑にさらさらとその言葉を書き込んでから、やってしまったと言いたげな表情で周りを見渡した。冒険者は見ていなかったみたいだと安心しているみたいだけど、メロウは思いっきりこっちを見ていたよ。もちろん、わざわざアキトに教えたりはしないけど。

「じゃあ、行こうか。今日はルムンの森だね」



 前に来た時は洞窟に直行してしまったから、ルムンの森を探索するのは初めてだ。アキトは楽しそうに周りを見回しながら、俺の後をついてくる。このまま冒険者の気配が完全になくなるまで進もうと考えていると、不意にアキトから声がかかった。

「ハル、待って」

 少し離れた所に気配はあるけれど、この距離なら聞こえないだろうと判断しながら振り返れば、アキトはナドナの果実を指差していた。

 ナドナの果実は、様々な色のたくさんの粒が集まってできている。鮮やかな色の粒が集まっているせいで見た目はすごく派手だが、味は意外にも繊細なのが特徴だ。色ごとに味も違っているという面白さがあるため、高級菓子店などでも使われる人気の果物だ。

「これはナドナの果実!よく見つけたね!」
「みつけたっていうか、何となく美味しそうに見えて」

 照れくさそうにアキトは笑った。

「これは本当に美味しいよ。アキトが食べる用と、他にもいくつか採っていくと良いよ」

 常設で納品ができるものだし、アキトが気に入れば全部食べても良いとそう伝えれば、アキトは嬉しそうにナドナの果実を摘み始めた。



 森の奥まで入ってやっと見つけたスライム2体を、アキトは土魔法であっさりと倒してみせた。落ち着いて練り上げた魔力で危なげなく命中させる姿は、とても新人冒険者には見えない。

「やるね、アキト」
「ありがと」

 周りの気配を探っていると、少し離れたところにトレント草の気配を感じた。

「こっちだ」

 アキトを案内して歩いて行くと、遠くにトレント草の姿がちらりと見えた。あれがトレント草だよとアキトに知らせようとした瞬間、種を使った遠距離攻撃が飛んできた。この距離で攻撃してくる事は滅多に無いのに、きっちりとアキトを狙いすまして飛んできた攻撃に、思わず息を呑んだ。

「アキト、大丈夫!?」
「うん、避けれた!」

 アキトはそう答えるなり、すぐに魔力を練り上げ始めた。火魔法の赤い魔力がじわじわと高まっていく。先制攻撃にも全く動じていないアキトの様子に、俺は肩の力を抜いた。

 アキトの放った火魔法は、しっかりとトレント草に命中した。ぼふんと燃え上がったトレント草は、そのままばったりと倒れこんで動かなくなる。アキトは警戒しながらも、ゆっくりとトレント草に近づいていく。トレント草は納品推奨の依頼だ。本当にトレントに進化するのかを研究している研究者がいるため、持ち帰った方が評価は高くなる。本当にきちんと依頼票を読み込んでるんだなと、感心してしまった。

「警戒を忘れないのは、良い判断だよ」

 そう誉めると、アキトはふるふると首を振った。

「倒したと思って油断しているところをわざと狙ってくる狡猾な魔物もいるって、前にハルがそう言ってたのを思い出しただけ」

 アキトは柔らかく笑って続けた。

「だからすごいのはハルだろ」

 そんな風に言ってくれるのは嬉しいけれど、それは違う。

「例え俺が話したことでも、自分で覚えて活用できてるなら、それはもうアキトの力だよ」

 手に入れた情報をきちんと使いこなすのも、良い冒険者の素質だ。アキトはすごいなと思わず笑みを浮かべれば、アキトは照れ笑いを浮かべて目線を逸らした。

 起き上がったアキトを見つめていると、不意に魔物の気配が勢いよく近づいてきた。

「アキト、何か来る!」
「え!」
「警戒態勢!」

 説明している暇は無い。思わず低い声で飛ばしてしまった命令に、アキトはすぐに反応した。即座に魔力を練り上げながらしっかりと身構えるアキトの前に、マルックスが飛び出してくる。

 それほど危険な魔物ではないが、突進をくらえば骨の数本は折れることもある。アキトを睨みつける不穏な視線に、縄張りに入ってしまったのかと気づいた。細かい説明をしている時間は無いと判断して、俺は思いっきり叫んだ。

「突進してくるよ、避けて!」

 アキトは持ち前の身体能力で素早く木によじ登ったが、安心する間もなく、その木にマルックスが思いっきり激突した。落ちそうになりつつも何とか踏みとどまったアキトの、隣の枝に慌てて飛び乗った。

「アキト、怪我はないね?」

 言いながらも視線を走らせるが、アキトは擦り傷ひとつ負ってなかった。ふうと思わず息が漏れた。

「うん、こいつ何?」

 地面に降り立って気絶した魔鳥をまじまじと見つめているアキトに、すこしだけマルックスの説明をした。

「あ、アキトも食べたことあるよ?」
「え?」
「ギルドの酒場で食べた、マルックスのステーキだよ」

 そう言うと、アキトは嫌そうな顔をして見せる。注文が通らなかった事を思い出しているんだろう。あの時のアキトは悔しそうで、とても可愛かった。思い出し笑いをしたせいで、アキトからは思いっきり睨まれてしまったが。

「あのステーキ、おいしかったでしょ?」
「うん」
「こいつはまだ気絶してるだけだけど、どうする?」
「どうする…って」
「魔道収納鞄って植物は何故か大丈夫なんだけど、生き物は入らないんだ」
「じゃあ」
「止めを刺して持ち帰るか、このまま置き去りにするか…だね?」

 少し意地悪な質問だったが、今のアキトならどうするのか興味が湧いた。アキトはすこし考えてから、すぐに剣を抜いた。

「ハル、このマルックス、俺も食べたいって言うのってありかな?」

 止めを刺したマルックスを見つめながらの質問に、俺はすぐに頷いた。

「ギルドで解体してもらって一部だけ引き取るのもありだし、レーブンに頼めば解体して料理までしてくれると思うよ」
「レーブンさんに解体から料理までしてもらうのは申し訳ないよ」

 アキトなら、絶対そう言うと思った。

「1体でも結構な量の肉がとれるから、残りはレーブンに宿の朝食に使ってもらったらお礼にはなると思うよ?」
「そっか…1回聞いてだけみようかな」

 自分で倒した魔物の肉を、自分で食べる。それは冒険者にとっての第二の試練だ。

 レーブンはきっとこのお願いを断ることはしないだろう。むしろ自分に声をかけてくれたことに喜んで、全力で腕を振るうと思う。

 喜ぶレーブンを想像しながら、俺はアキトと一緒に領都に向けて歩き出した。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城
BL
クラスに一人、目立つヤンキー君がいる。名前を浅川一也。校則無視したド派手な金髪に高身長、垂れ目のイケメンヤンキーだ。停学にならないせいで極道の家の子ではとか実は理事長の孫とか財閥の御曹司とか言われてる。 そんな浅川と『親友』なのは平凡な僕。 お互いそれぞれ理由があって、『恋愛とか結婚とか縁遠いところにいたい』と仲良くなったんだけど。 そんな『恋愛機能不全』の僕たちだったのに、浅川は偶然聞いたピアノの演奏で音楽室の『ピアノの君』に興味を持ったようで……? 恋愛に対して消極的な平凡モブらしく、ヤンキー君の初恋を見守るつもりでいたけれど どうにも胸が騒いで仕方ない。 ※青春っぽい学園ボーイズラブです。

処理中です...