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55.【ハル視点】アキトの魔法の才能

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 話を聞いただけであっさりと浄化魔法を使ってみせたあの時から、アキトに魔法の才能がある事は分かっていた。

 魔物の中には剣が効きにくく、魔法でしか倒すことができないものも存在しているし、魔法の使い方によっては、足止めをしている間に逃げることもできるだろう。そう考えて提案してみれば、アキトはすぐに食いついてくれた。

 冒険者ギルドの通常授業を勧めなかったのは、無詠唱での魔法連発は目立つ以外にも理由があった。

 俺の予想が正しければ、アキトはどんどん魔法を使えるようになる。他人の目がある授業でそんなことをしてしまったら、とんでもない量の勧誘が来るだろう。周りから見れば、アキトはソロの冒険者なのだから。勧誘を断られたと逆恨みをしてくる馬鹿が現れる可能性すらあった。

 そこまで考えた俺は、条件にメロウが信頼している冒険者という一文を足してもらった。メロウが信頼している冒険者なら、アキトの力を知っても無理に勧誘してくる事はないだろう。メロウ本人もアキトをかなり気に入っているようだから、この条件を断られることは無いとみていた。

 だが、まさか今酒場にいるからなんて理由で、Aランクのドロシーが来るとは思ってもみなかった。ドロシーは同じくAランクのトーマスと組んで活動している、トライプール支部所属の数少ない高ランク冒険者の中の一人だ。

「お待たせしました、アキトさん、こちらはドロシーさんです」
「はじめまして、アキトと言います。よろしくおねがいします」

 丁寧な挨拶に、ドロシーは珍しく柔らかく微笑んで応じた。

「あら、ご丁寧にどうも。私はドロシーよ、よろしくね」
「うん、ドロシーなら安心だね」

 俺の言葉に、アキトは何故か曖昧に頷いただけだった。



 授業料を気にしていたアキトが、無料と聞くなり断りそうになった時は、柄にもなく焦ってしまった。ドロシーなら実力は申し分ないし、きっとアキトとは相性が良い。何より、情報収集していた時にもトーマスとドロシーはアキトに好意的だった。

 何と言えばアキトが授業を受けてくれるかを考えている間に、ドロシーとメロウがすんなりと説得してしまったのが、すこしだけ悔しかった。俺が一番アキトの事を分かってる筈なのにとそんな風に考えてしまう自分には、苦笑するしかなかった。



 理論の説明から始まった授業に、アキトは真剣な顔で聞き入っていた。

「と、普通の授業なら、こんな感じなの」

 悪戯っぽい笑顔でそういったドロシーに、アキトはびっくり顔で繰り返した。

「普通の授業」
「ええ、でもね、理論なんて知らなくても魔法は使えるものなのよ」

 すかさずメロウからは、そのやり方は分かりにくいと注意が入ったが、多分アキトにはそのやり方の方が合ってる。二人の会話が一段落するのを待って、俺はアキトに声をかけた。

「アキト、浄化魔法は使える話をしてみたら?」
「あの、俺…浄化魔法は使えるんです」
「あら、そうなの?」
「そうなんですか?」
「じゃあ、これに使ってみて」

 ドロシーが差し出した土で汚れたハンカチを、アキトはさらりと綺麗にしてみせた。

「まあ、綺麗におちたわね」
「それよりも、今無詠唱でしたよね?」
「この授業をお願いした理由が、これなんです」

 他の人が使った魔法を見て、自分の魔法はおかしいと思ったとアキトが話すと、二人は安心させるように優しく笑ってみせた。

「きっとアキトには魔法の才能があるのよ」
「私の鑑定魔法も、最初からずっと無詠唱ですよ」
「その浄化魔法は、どこで教わったの?」

 特に他意無く聞かれた質問だと思うが、アキトは少しだけ固まった。カルツさんに聞いたことをどう説明しようって考えてるんだろうな。

「商人の自慢げな声が聞こえたとでも言えば良いよ」
「領都を目指してる時に、一番重宝する魔法は浄化魔法だって商人さんが自慢してたのを聞いたんです」
「たしかに浄化魔法は役に立つわね」
「それでやってみたら、できてしまって」

 メロウは驚いたみたいだが、ドロシーは大きく頷いていた。

「分かるわー!私もね、畑に水やりしてた祖父の水魔法を真似したのが、最初の魔法だったわ」
「え、ドロシーさんも?」
「ええ!真似をしようとしてできるようになるのは、才能があればそう珍しいことじゃないわよ!」

 そうだ。そういう事を、アキトに教えてやって欲しかったんだ。俺からも普通の事だと説明したとはいえ、魔法の専門家に断言して貰えば説得力が更に増す。

「でもそれなら、本当に私のやり方で良さそうよね。メロウ、訓練場ひとつ借りれるかしら?」
「ええ、今の時間なら空きがあります」
「じゃあ、いきましょ!」

 

 訓練場に移動してからのアキトは、それはもうすごかった。四大属性の魔法が使われるのをただ見ただけで、理論も知らないのに次々と成功させていく。

 魔法の発動を助けているのは、おそらく異世界での知識だ。異世界人だと知っている俺にはそれが分かるが、知らないドロシーとメロウには本当に精霊の加護に見えているだろうな。

 メロウは呆然と見つめていたが、俺とドロシーは二人がかりでアキトを褒めちぎった。はにかんだような笑顔で照れるアキトは、今日もとてつもなく可愛かった。



 次は的を狙う精度を上げるべきだとドロシーが言い出した時には、またしても大きく頷いてしまった。どんな強力な魔法でも、当たらなければ意味は無い。

 これはさすがに手こずるかと思ったが、アキトは何度か試しただけで、弓矢以上の速度を出した火魔法で的の中心を貫いてみせた。

「今のは良かったわ!」
「アキト、あの早さならたいていの魔物には通用すると思うよ!」

 俺の言葉を聞いたアキトは、自慢げな微笑みで答えてくれた。



 何度も何度も繰り返し魔法を打ち続けるアキトに、ドロシーもメロウも驚きを隠せないみたいだ。普通は魔法を覚えるなり連発なんてしたら、魔力が枯渇して倒れるものだ。

 俺が止めなかった理由はたったひとつ。アキトなら出来ると、分かっていたからだ。

 魔力を増やすために必要なのは、毎日少しずつでも魔法を使い続けることだ。浄化魔法を使えるようになった日から、アキトは何かと自分や自分のものに浄化魔法をかけていた。おかげで、どんどん魔力量は上がっているようだった。このくらいの魔法ならあと10回は放っても影響はないだろう。

「そこまで。次は威力の大小の説明をさせて欲しいの」
「あ、ごめんなさい。夢中になってました…」

 ドロシーは慌てたように、アキトを止めに入った。威力の説明を聞いたアキトは、すぐに理解できたようで火魔法を段階的に大きくして見せた。その火をじっと見つめていたドロシーは、真剣な顔でアキトを見据えた。

「感覚派にとっては威力を上げることも簡単な事よ。だけど、だからこそ注意して欲しいことがあるの。決して魔力を使い果たさないように、気を付けなさい」

 後で絶対に伝えなければならないと思っていた言葉だった。分かったわねと、わざわざ念を押されたアキトは、小さく頷いてから恐る恐る尋ねた。

「あの…魔力を使い果たすと…どうなるんですか?」
「魔力が完全に回復するまで、何日も眠ったままになるわね」

 ドロシーの即答に、死ぬわけじゃないんだとそう思ったのが伝わってきた。ただ眠るだけなんだと安心した様子のアキトに、思わず低い声が出てしまった。

「アキト、もしそれが採取先だったら?想像してみて?」

 つい言い方がきつくなってしまったが、アキトは素直に想像してくれたようだ。すぐに顔色は真っ青になった。魔物の徘徊する採取地で一人で眠りこければ、待っているのは死しか無い。

「あら、察しが良いわね」

 アキトの顔色を見て、ドロシーは満足そうに頷いた。



 魔力切れの恐怖をしっかりと伝えて、魔法の授業は無事に全て終了した。本来なら数週間はかかる所を一日で終えるとは、本当にアキトの魔法の才能は素晴らしいな。

 アキトは丁寧に礼を述べると、ゆっくりと訓練場から出ていった。いつもならすぐに後を追うが、俺は後ろに立つ二人をゆっくりと振り返った。

「ありがとう」

 絶対に伝わらないのは分かっているのに、思わず二人への感謝の言葉が口をついた。伝わらなくても良いとそう思ったのは初めてだった。

「これからもアキトをよろしくな」

 一方的にそう伝えると、俺はすぐにアキトの後を追った。
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