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49.【ハル視点】討伐依頼としばしの休息
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正直、俺はアキトに討伐依頼はまだ早いと思っていた。平和な世界から来たというアキトに、魔物とはいえ命を奪う事ができるとは思えなかったからだ。
幼い頃から父に剣を学んでいた俺ですら、最初の魔物退治では失敗した。魔物は倒すものという認識の世界で生きてきた俺ですら、だ。
だから、急に討伐依頼を受けたいとアキトが言い出した時は、当然反対した。アキトは怒るでも拗ねるでもなく、きちんと自分の考えを説明してくれた。
この世界では戦う力を持つことが絶対必要だと思ったこと。俺の索敵能力だけに頼りきりになりたくないこと。きちんとした冒険者になりたいということ。
そこまで言われたら、反対し続けることはできなかった。
依頼の選択を任された俺が選んだのは、スライムと草原ネズミだ。どちらも万が一があっても、怪我で済むような魔物を厳選して選んだ。
「アキト、緊張しすぎだよ」
「うん、分かってる」
アキトの緊張は、予想以上にひどいものだった。手も震えているし、汗もかいている。目線だってなかなか合わない。けれど、そんな状態でも止めたいとは言わなかった。
「大丈夫?」
「多分大丈夫…かな?」
自信は無さそうだったが、アキトは何とか無傷でスライムと草原ネズミを狩ってみせた。
自分が倒した魔物をじっと見つめるアキトに、何も言うことはできない。それは自分で折り合いをつけるべき気持ちだからだ。俺は無言のまま、ただひたすらにアキトの隣に立っていた。
「ごめん、ハル。ちょっと落ち着いた」
「大丈夫?」
「うん…大丈夫」
アキトは草原ネズミを鞄にしまい込むと、ゆっくりと歩き出した。
隣を歩きながら、俺は自分の初めての狩りの話をすることに決めた。失敗をした格好悪い思い出ではあるけれど、今のアキトの気持ちに寄り添いたいと思ったからだ。
「今でもね、あの時の星空の景色は覚えてるよ」
「そっか…ハルでもそうだったんだ」
「父からは、命を奪って何も感じない方が問題があると言われたよ」
「うん、そうだね」
俺の話を真剣に聞いていたアキトはそう呟くと、いつも通りまっすぐに俺を見上げてきた。
さっきまでの暗い雰囲気は、今は綺麗に無くなっていた。
「帰ろっか」
「ああ、帰ろう」
トライプールに戻ってきたその足で、そのまま冒険者ギルドに向かった。討伐依頼の完了報告と草原ネズミの納品までをしっかり済ませてから、俺たちはようやく黒鷹亭へと帰ってきた。
「明日は冒険者の仕事は休みにしよう」
個室に入るなり、そう提案してみた。今日の疲れが出てはいけないからと言えば、アキトも素直に受け入れてくれた。
食堂の朝食にぎりぎり間に合う時間を見計らって、アキトを起こした。
幸せそうに朝食を楽しむアキトを眺めながら、俺は懸命に今日の予定を考えていた。一体どこに連れていけば気晴らしになるんだろうか。
考えてみても、全く良い案が浮かんでこない。いっそアキトにやりたい事を聞いてみるかと思った瞬間、レーブンがひょこっと食堂に顔を出した。だいたい受付か厨房にしかいないのに珍しいなと見ていれば、レーブンはまっすぐにアキトの所にやってきた。
「アキト、今から宿の買い出しに行くんだが、暇なら一緒に行くか?」
「そういえば市場には行ったことなかったな」
レーブンが行くなら市場だろうと思って呟いた俺の言葉に、アキトは目を輝かせた。俺の顔をちらりと見てきたので、大きく頷いて答える。一人で行くなら反対したかもしれないが、レーブンが一緒なら問題ない。俺の同意を得たアキトは、嬉しそうに行きますと宣言した。
市場に向けて歩いていると、周りの視線は一気にレーブンに集まってきた。黒鷹亭の元銀級冒険者レーブンの名は、トライプールでは有名だから、表を歩けばだいたいこうなる。
だが、どうやらそれだけでもなさそうだ。アキトに向けられている視線も、やはり多いみたいだ。ここにくる冒険者はあまりいないから、精霊の加護持ちという噂も知られていないんだろう。ニヤニヤしながらアキトに声をかけようとした男は、レーブンの一睨みで逃げるように去っていった。レーブン、よくやった。その調子で頼む。
今日も市場の中は、たくさんの買い物客で賑わっていた。見渡す限りの露店に、アキトの目がキラキラと輝いている。
俺に体があれば、ここで一緒に買い物をしたかったな。俺でも作れるいくつかの料理をふるまったら、アキトはどんな反応をしてくれただろう。そんなことを考えながら、俺は市場の中を歩く二人の後を追った。
途中で野菜を売る店の店員に『綺麗なの』呼ばわりをされていたが、アキトは全く気にしていないみたいだ。というか、あの微妙な顔は、その綺麗なのって俺のこと?とか考えてそうだな。
レーブンをからかうための軽口だと分かっているから、俺も普通に見守っていられた。ただ、レーブンの反応は凄まじかった。目線だけで人が殺せるかもしれないと思ったのは、これが初めてだな。
「ああ、悪い悪い…おまえさん、名前は?」
レーブンの殺意のこもった視線を、その店員はなんともあっさりと受け流した。なかなかの肝の座りっぷりだ。
「こんな失礼な奴には名乗らなくて良い」
「だから悪かったって!」
まだ文句を言いそうだったレーブンを止めるためだろう。アキトは、慌てた様子で口を挟んだ。
「あの、俺、冒険者のアキトです」
ぱちぱちと瞬きをしてから、店員はアキトの目をまっすぐに見返した。
「…………兄ちゃん、良い奴だな!俺は野菜の商人ジタルだ」
「あ、よろしくお願いします」
「よろしくもしなくて良いぞ」
これはまだかなり怒ってるみたいだな。いつも以上に愛想が無いレーブンに、思わず苦笑が漏れた。
「お詫びにこれやるよ、野菜だけど生でも甘くてうまいぞ」
そう言って店主が取り出したのは、灰色の野菜レグだった。
生で食べても甘くて美味しい、かなり珍しい野菜だ。この領では採れない品種だから、輸送費までかかってくる。値段はおそらく1こ5000グル以上はする高級品だ。
どうやら、この店主は本気でアキトに詫びを入れたいみたいだ。怒っていたレーブンも、店員の差し出したレグを見て驚いたらしい。
「珍しいけど良い物だよ」
ちらりとアキトから向けられた視線にそれだけを伝える。値段を教えたらおそらく受け取らないだろう。
「それは本当に上手いから、もらっとけ」
最初は遠慮していたアキトも、結局は礼を言って受け取ることにしたみたいだ。
市場を歩いているだけでも、レーブンは相変わらずの顔の広さで、頻繁に話しかけられる。声をかけてきた馴染みの店に次々と立ち寄って、何の躊躇もなく大量に購入していく。
最初は驚いた顔をしてその豪快な買いっぷりを見ていたアキトも、次第に慣れてきたのか楽しそうに笑っていた。
「アキト、ここに座れ。休憩しよう」
買い出しがひと段落したのかそう言い出したレーブンは、ベンチに座ったアキトに綺麗な赤色の果実水を手渡した。これは多分、ベウの実を搾ったものだな。爽やかな果実の風味とほんの少しの酸味があり、疲労回復効果のある飲み物だ。
「折角来たけど、こんなのみてもつまらなくはないか?」
「いえ、初めてみるものが多くて、すごく楽しいです!」
「そうか」
レーブンがこんな風に柔らかく笑うのを見るのも、今日が初めてだな。元々面倒見の良い男だったが、アキトの事は特別に気にかけてくれているみたいだ。
「……昨日、初めての討伐依頼だったんだろう?」
「え、なんで分かったんですか?」
だから誘ったんだろうと思ってた俺と違って、アキトは予想もしていなかったらしい。目を大きく見開いて、隣に座るレーブンを見上げている。
「あれだけ緊張した様子で準備してて、帰ってきた時の顔をみれば分かる」
「暗い顔してましたか?」
「暗いというか…そうだな…覚悟を決めた顔だな」
アキトはそう言われて、嬉しそうに微笑んだ。
「初討伐依頼ってのは大なり小なり記憶に残るもんだ」
「はい」
「それを忘れないのが良い冒険者だと、俺は思う」
「…はい」
「もし困ったり悩んだら、いつでも俺を頼れよ、分かったな」
元々面倒見は良いレーブンだが、これは特別扱いだな。息子のように見守りたいとか思ってるんだろうか。
レーブンの気持ちはわからないが、ただでさえ頼りになるレーブンが、アキトを守るために全力を出してくれるってことだ。
俺は笑顔で頷くアキトと、照れた様子のレーブンを見守りながら、小さく微笑んだ。
翌日、レーブンにお返しがしたいと言い出した時は、アキトらしいなと思った。
「きっとお金をかけてもレーブンは気にするだろうから…そうだな、自分の手で美味しいものを採取したら良いんじゃないかな?」
依頼を受けずにやってきたキニーアの森で、アキトは楽しそうに俺の後ろをついてくる。
「あいつ精霊の加護持ちってやつか」
「精霊って…笑っちゃうよな。あんなの子供だましの嘘だろ」
「でも本当だったら…手出したら呪われるんじゃないか」
「手出したらってお前ああいうのが好きなのか?」
「え、華奢で顔も可愛くないか?」
「まあ、確かに」
そんな会話が聞こえてきた時は、アキトに気づかれないようにきっちり顔を覚えておいた。アキトの魅力のせいで、要注意人物の一覧がどんどん長くなりそうだ。
「よし、近くに人の気配はないよ」
「ありがとう、ハル」
「どういたしまして」
近くにあった切り株に座り込んだアキトは、いそいそと図鑑を取り出した。ぱらぱらとページをめくるのを、俺も一緒になって覗き込む。
「何が良いかな?」
「今の時期だと…これとかこれはどうかな」
ルル草は変わった形の葉をした植物で、料理に香りづけをする時に使う香草だ。爽やかな香りがして、特に肉と魚料理によく合う。領都でも売ってはいるが、鮮度によって香りが変わっていくから、一番良いのは生の葉を使うことだ。
ネムシュは薄紫色の果物で、皮を剥くと硬い黄色の実がつまっている。そのままでは食べられず、炒め物など火を通して作る料理に使うものだ。シャキシャキした食感がくせになるもので、実はレーブンの好物だ。
「じゃあとりあえずそれを目指して探しつつ、他にも気になるものがあったら採っていこうかな?」
「うん、良いと思うよ」
アキトの探索は、どんどん上達してきている。図鑑で調べた色や形を意識しながら丁寧に探すおかげで、新人冒険者とは思えない域にまで達している。感心して眺めていると、先に見つけたのはネムシュのようだった。
アキトは俺を振り返って、いくつ採ればよいかと聞いてきた。多すぎてもレーブンが気にするし、少なすぎてもアキトが気にするだろう。
「そうだねー10個までかな」
アキトは素直に、ネムシュを10こだけ収穫すると、大事そうに鞄にしまい込んだ。
ルル草を探すのは、簡単ではない事は分かっていた。葉が変わった形をしている以外に、これといった特徴がないからだ。これは探すのが大変だからと俺も一緒になって探しているが、まだ見つかっていない。場所を変えつつ探し続けていると、不意にアキトが立ち止まった。
「あ、これ!」
「アキト、すごいね」
「俺もびっくりした!」
見つけにくいのにすごい事だよと更に誉めると、アキトは何故か苦笑いを浮かべていた。どうしたんろう。
「目標は達成しちゃったけど、もう少しだけ探索しようかな?」
「うん、良いと思うよ」
二人で話しながら歩いていると、アキトの視線が急に止まった。視線を動かしてみれば、そこには驚くほどの大木がちらりと見えていた。
「あの木、おっきいね」
「あれはこの森の中でもかなりの大木だな。見に行こうか?」
「うん、近くで見てみたい」
普段なら通らない道を通って、ゆっくりと大木へと近づいていく。
間近で見上げる大木は、どっしりと地面に根を下ろしていた。この森の主とも呼べそうな木だ。その木の放つ圧倒的な存在感に、アキトと二人で思わずため息をついた。
「はーすっごいなー」
「本当にすごいね…何百年も前からここにあるんだろうね」
「うん」
大木に見惚れているアキトの綺麗な横顔をちらりと見てから、俺は周りの気配を探り出した。この穏やかな時間を、魔物なんかに邪魔されたくはない。
それにしても、キニーアの森にこんな大木があるという話は、聞いたこともない。それにこんな場所は地図にも載っていなかった気がする。きょろきょろと興味深く周りを観察していると、一本の木の根本に黒曜キノコが生えていることに気づいた。
高値になるなら先に教えてとアキトに怒られた、あの黒曜キノコだ。
アキトがこの黒曜キノコに気づいた時、一体どんな反応をするんだろう。楽しく想像しながら待っていると、アキトが俺の方を振り向いた。
確実にあの黒曜キノコも視界に入った筈だが、アキトは必死で目線をそらして見なかったことにし始めた。その表情があまりにも面白くて、俺はぶはっと噴き出した。
「黒曜キノコを見つけてこんな顔するの、きっとアキトだけだと思うよ」
普通の冒険者なら目の色を変えて採りにいく、高額素材だ。
「やっぱりハルにも見えてるんだ、あれ」
「うん、ばっちり見えてるよ。で、どうする?」
このまま置いていくと言われたら従おうと考えていると、アキトは予想外の返事をくれた。
「採るよ」
「あれ、採らないと思ってたよ」
「冒険者なら珍しい素材は持ち帰るもんだろ」
ただちょっと現実逃避したかっただけだからと言い訳しながらそう言うアキトに、俺も笑って頷いた。
「あ、でも!今回は受付で出さずに、メロウさんにこっそり納品するからな!」
「ああ、それで良いと思うよ」
黒曜キノコをもう一度納品しても、アキトの噂は大きくならないだろうし、こっそり納品しても問題はない。
俺は笑顔でアキトの言葉に同意を返した。
幼い頃から父に剣を学んでいた俺ですら、最初の魔物退治では失敗した。魔物は倒すものという認識の世界で生きてきた俺ですら、だ。
だから、急に討伐依頼を受けたいとアキトが言い出した時は、当然反対した。アキトは怒るでも拗ねるでもなく、きちんと自分の考えを説明してくれた。
この世界では戦う力を持つことが絶対必要だと思ったこと。俺の索敵能力だけに頼りきりになりたくないこと。きちんとした冒険者になりたいということ。
そこまで言われたら、反対し続けることはできなかった。
依頼の選択を任された俺が選んだのは、スライムと草原ネズミだ。どちらも万が一があっても、怪我で済むような魔物を厳選して選んだ。
「アキト、緊張しすぎだよ」
「うん、分かってる」
アキトの緊張は、予想以上にひどいものだった。手も震えているし、汗もかいている。目線だってなかなか合わない。けれど、そんな状態でも止めたいとは言わなかった。
「大丈夫?」
「多分大丈夫…かな?」
自信は無さそうだったが、アキトは何とか無傷でスライムと草原ネズミを狩ってみせた。
自分が倒した魔物をじっと見つめるアキトに、何も言うことはできない。それは自分で折り合いをつけるべき気持ちだからだ。俺は無言のまま、ただひたすらにアキトの隣に立っていた。
「ごめん、ハル。ちょっと落ち着いた」
「大丈夫?」
「うん…大丈夫」
アキトは草原ネズミを鞄にしまい込むと、ゆっくりと歩き出した。
隣を歩きながら、俺は自分の初めての狩りの話をすることに決めた。失敗をした格好悪い思い出ではあるけれど、今のアキトの気持ちに寄り添いたいと思ったからだ。
「今でもね、あの時の星空の景色は覚えてるよ」
「そっか…ハルでもそうだったんだ」
「父からは、命を奪って何も感じない方が問題があると言われたよ」
「うん、そうだね」
俺の話を真剣に聞いていたアキトはそう呟くと、いつも通りまっすぐに俺を見上げてきた。
さっきまでの暗い雰囲気は、今は綺麗に無くなっていた。
「帰ろっか」
「ああ、帰ろう」
トライプールに戻ってきたその足で、そのまま冒険者ギルドに向かった。討伐依頼の完了報告と草原ネズミの納品までをしっかり済ませてから、俺たちはようやく黒鷹亭へと帰ってきた。
「明日は冒険者の仕事は休みにしよう」
個室に入るなり、そう提案してみた。今日の疲れが出てはいけないからと言えば、アキトも素直に受け入れてくれた。
食堂の朝食にぎりぎり間に合う時間を見計らって、アキトを起こした。
幸せそうに朝食を楽しむアキトを眺めながら、俺は懸命に今日の予定を考えていた。一体どこに連れていけば気晴らしになるんだろうか。
考えてみても、全く良い案が浮かんでこない。いっそアキトにやりたい事を聞いてみるかと思った瞬間、レーブンがひょこっと食堂に顔を出した。だいたい受付か厨房にしかいないのに珍しいなと見ていれば、レーブンはまっすぐにアキトの所にやってきた。
「アキト、今から宿の買い出しに行くんだが、暇なら一緒に行くか?」
「そういえば市場には行ったことなかったな」
レーブンが行くなら市場だろうと思って呟いた俺の言葉に、アキトは目を輝かせた。俺の顔をちらりと見てきたので、大きく頷いて答える。一人で行くなら反対したかもしれないが、レーブンが一緒なら問題ない。俺の同意を得たアキトは、嬉しそうに行きますと宣言した。
市場に向けて歩いていると、周りの視線は一気にレーブンに集まってきた。黒鷹亭の元銀級冒険者レーブンの名は、トライプールでは有名だから、表を歩けばだいたいこうなる。
だが、どうやらそれだけでもなさそうだ。アキトに向けられている視線も、やはり多いみたいだ。ここにくる冒険者はあまりいないから、精霊の加護持ちという噂も知られていないんだろう。ニヤニヤしながらアキトに声をかけようとした男は、レーブンの一睨みで逃げるように去っていった。レーブン、よくやった。その調子で頼む。
今日も市場の中は、たくさんの買い物客で賑わっていた。見渡す限りの露店に、アキトの目がキラキラと輝いている。
俺に体があれば、ここで一緒に買い物をしたかったな。俺でも作れるいくつかの料理をふるまったら、アキトはどんな反応をしてくれただろう。そんなことを考えながら、俺は市場の中を歩く二人の後を追った。
途中で野菜を売る店の店員に『綺麗なの』呼ばわりをされていたが、アキトは全く気にしていないみたいだ。というか、あの微妙な顔は、その綺麗なのって俺のこと?とか考えてそうだな。
レーブンをからかうための軽口だと分かっているから、俺も普通に見守っていられた。ただ、レーブンの反応は凄まじかった。目線だけで人が殺せるかもしれないと思ったのは、これが初めてだな。
「ああ、悪い悪い…おまえさん、名前は?」
レーブンの殺意のこもった視線を、その店員はなんともあっさりと受け流した。なかなかの肝の座りっぷりだ。
「こんな失礼な奴には名乗らなくて良い」
「だから悪かったって!」
まだ文句を言いそうだったレーブンを止めるためだろう。アキトは、慌てた様子で口を挟んだ。
「あの、俺、冒険者のアキトです」
ぱちぱちと瞬きをしてから、店員はアキトの目をまっすぐに見返した。
「…………兄ちゃん、良い奴だな!俺は野菜の商人ジタルだ」
「あ、よろしくお願いします」
「よろしくもしなくて良いぞ」
これはまだかなり怒ってるみたいだな。いつも以上に愛想が無いレーブンに、思わず苦笑が漏れた。
「お詫びにこれやるよ、野菜だけど生でも甘くてうまいぞ」
そう言って店主が取り出したのは、灰色の野菜レグだった。
生で食べても甘くて美味しい、かなり珍しい野菜だ。この領では採れない品種だから、輸送費までかかってくる。値段はおそらく1こ5000グル以上はする高級品だ。
どうやら、この店主は本気でアキトに詫びを入れたいみたいだ。怒っていたレーブンも、店員の差し出したレグを見て驚いたらしい。
「珍しいけど良い物だよ」
ちらりとアキトから向けられた視線にそれだけを伝える。値段を教えたらおそらく受け取らないだろう。
「それは本当に上手いから、もらっとけ」
最初は遠慮していたアキトも、結局は礼を言って受け取ることにしたみたいだ。
市場を歩いているだけでも、レーブンは相変わらずの顔の広さで、頻繁に話しかけられる。声をかけてきた馴染みの店に次々と立ち寄って、何の躊躇もなく大量に購入していく。
最初は驚いた顔をしてその豪快な買いっぷりを見ていたアキトも、次第に慣れてきたのか楽しそうに笑っていた。
「アキト、ここに座れ。休憩しよう」
買い出しがひと段落したのかそう言い出したレーブンは、ベンチに座ったアキトに綺麗な赤色の果実水を手渡した。これは多分、ベウの実を搾ったものだな。爽やかな果実の風味とほんの少しの酸味があり、疲労回復効果のある飲み物だ。
「折角来たけど、こんなのみてもつまらなくはないか?」
「いえ、初めてみるものが多くて、すごく楽しいです!」
「そうか」
レーブンがこんな風に柔らかく笑うのを見るのも、今日が初めてだな。元々面倒見の良い男だったが、アキトの事は特別に気にかけてくれているみたいだ。
「……昨日、初めての討伐依頼だったんだろう?」
「え、なんで分かったんですか?」
だから誘ったんだろうと思ってた俺と違って、アキトは予想もしていなかったらしい。目を大きく見開いて、隣に座るレーブンを見上げている。
「あれだけ緊張した様子で準備してて、帰ってきた時の顔をみれば分かる」
「暗い顔してましたか?」
「暗いというか…そうだな…覚悟を決めた顔だな」
アキトはそう言われて、嬉しそうに微笑んだ。
「初討伐依頼ってのは大なり小なり記憶に残るもんだ」
「はい」
「それを忘れないのが良い冒険者だと、俺は思う」
「…はい」
「もし困ったり悩んだら、いつでも俺を頼れよ、分かったな」
元々面倒見は良いレーブンだが、これは特別扱いだな。息子のように見守りたいとか思ってるんだろうか。
レーブンの気持ちはわからないが、ただでさえ頼りになるレーブンが、アキトを守るために全力を出してくれるってことだ。
俺は笑顔で頷くアキトと、照れた様子のレーブンを見守りながら、小さく微笑んだ。
翌日、レーブンにお返しがしたいと言い出した時は、アキトらしいなと思った。
「きっとお金をかけてもレーブンは気にするだろうから…そうだな、自分の手で美味しいものを採取したら良いんじゃないかな?」
依頼を受けずにやってきたキニーアの森で、アキトは楽しそうに俺の後ろをついてくる。
「あいつ精霊の加護持ちってやつか」
「精霊って…笑っちゃうよな。あんなの子供だましの嘘だろ」
「でも本当だったら…手出したら呪われるんじゃないか」
「手出したらってお前ああいうのが好きなのか?」
「え、華奢で顔も可愛くないか?」
「まあ、確かに」
そんな会話が聞こえてきた時は、アキトに気づかれないようにきっちり顔を覚えておいた。アキトの魅力のせいで、要注意人物の一覧がどんどん長くなりそうだ。
「よし、近くに人の気配はないよ」
「ありがとう、ハル」
「どういたしまして」
近くにあった切り株に座り込んだアキトは、いそいそと図鑑を取り出した。ぱらぱらとページをめくるのを、俺も一緒になって覗き込む。
「何が良いかな?」
「今の時期だと…これとかこれはどうかな」
ルル草は変わった形の葉をした植物で、料理に香りづけをする時に使う香草だ。爽やかな香りがして、特に肉と魚料理によく合う。領都でも売ってはいるが、鮮度によって香りが変わっていくから、一番良いのは生の葉を使うことだ。
ネムシュは薄紫色の果物で、皮を剥くと硬い黄色の実がつまっている。そのままでは食べられず、炒め物など火を通して作る料理に使うものだ。シャキシャキした食感がくせになるもので、実はレーブンの好物だ。
「じゃあとりあえずそれを目指して探しつつ、他にも気になるものがあったら採っていこうかな?」
「うん、良いと思うよ」
アキトの探索は、どんどん上達してきている。図鑑で調べた色や形を意識しながら丁寧に探すおかげで、新人冒険者とは思えない域にまで達している。感心して眺めていると、先に見つけたのはネムシュのようだった。
アキトは俺を振り返って、いくつ採ればよいかと聞いてきた。多すぎてもレーブンが気にするし、少なすぎてもアキトが気にするだろう。
「そうだねー10個までかな」
アキトは素直に、ネムシュを10こだけ収穫すると、大事そうに鞄にしまい込んだ。
ルル草を探すのは、簡単ではない事は分かっていた。葉が変わった形をしている以外に、これといった特徴がないからだ。これは探すのが大変だからと俺も一緒になって探しているが、まだ見つかっていない。場所を変えつつ探し続けていると、不意にアキトが立ち止まった。
「あ、これ!」
「アキト、すごいね」
「俺もびっくりした!」
見つけにくいのにすごい事だよと更に誉めると、アキトは何故か苦笑いを浮かべていた。どうしたんろう。
「目標は達成しちゃったけど、もう少しだけ探索しようかな?」
「うん、良いと思うよ」
二人で話しながら歩いていると、アキトの視線が急に止まった。視線を動かしてみれば、そこには驚くほどの大木がちらりと見えていた。
「あの木、おっきいね」
「あれはこの森の中でもかなりの大木だな。見に行こうか?」
「うん、近くで見てみたい」
普段なら通らない道を通って、ゆっくりと大木へと近づいていく。
間近で見上げる大木は、どっしりと地面に根を下ろしていた。この森の主とも呼べそうな木だ。その木の放つ圧倒的な存在感に、アキトと二人で思わずため息をついた。
「はーすっごいなー」
「本当にすごいね…何百年も前からここにあるんだろうね」
「うん」
大木に見惚れているアキトの綺麗な横顔をちらりと見てから、俺は周りの気配を探り出した。この穏やかな時間を、魔物なんかに邪魔されたくはない。
それにしても、キニーアの森にこんな大木があるという話は、聞いたこともない。それにこんな場所は地図にも載っていなかった気がする。きょろきょろと興味深く周りを観察していると、一本の木の根本に黒曜キノコが生えていることに気づいた。
高値になるなら先に教えてとアキトに怒られた、あの黒曜キノコだ。
アキトがこの黒曜キノコに気づいた時、一体どんな反応をするんだろう。楽しく想像しながら待っていると、アキトが俺の方を振り向いた。
確実にあの黒曜キノコも視界に入った筈だが、アキトは必死で目線をそらして見なかったことにし始めた。その表情があまりにも面白くて、俺はぶはっと噴き出した。
「黒曜キノコを見つけてこんな顔するの、きっとアキトだけだと思うよ」
普通の冒険者なら目の色を変えて採りにいく、高額素材だ。
「やっぱりハルにも見えてるんだ、あれ」
「うん、ばっちり見えてるよ。で、どうする?」
このまま置いていくと言われたら従おうと考えていると、アキトは予想外の返事をくれた。
「採るよ」
「あれ、採らないと思ってたよ」
「冒険者なら珍しい素材は持ち帰るもんだろ」
ただちょっと現実逃避したかっただけだからと言い訳しながらそう言うアキトに、俺も笑って頷いた。
「あ、でも!今回は受付で出さずに、メロウさんにこっそり納品するからな!」
「ああ、それで良いと思うよ」
黒曜キノコをもう一度納品しても、アキトの噂は大きくならないだろうし、こっそり納品しても問題はない。
俺は笑顔でアキトの言葉に同意を返した。
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そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
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