生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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45.【ハル視点】アキトのランクアップ

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 領都の北門にアキトを連れてくるのは、そういえば初めてだった。ワクワクした様子だったアキトは、何故か北の大門を見るなりがっかりした顔になった。

「なんでそんなにがっかりしてるの」

 思わずそう聞いてしまったけれど、アキトはふるっと首を振っただけだった。面白くなさそうな顔も可愛いと思ってしまうのは、惚れた欲目というやつだろうか。

 そう考えながらちらりとアキトの顔を見ると、今度は興味深そうに何かを凝視していた。何か興味を持つようなものがあったかと見渡してみれば、遠くに建物が見えていた。

「ああ、あれは馬車乗り場だよ」

 ここからは港町トルマルや、ロズア村、他の領、さらには隣国行きまでたくさんの馬車が出ている。どの馬車も途中下車が可能だから、依頼の場所が遠い時には冒険者も利用するんだと伝えると、アキトの目が輝いた。その表情は、乗りたいんだな。

「今日はちょっと近すぎるから乗れないんだ、また今度ね……まだ時間に余裕はあるから見ていくかい?」

 見る間にしょんぼりしたアキトに、思わずそう提案してしまった。

 建物の裏側には馬のための広場があり、周りは頑丈な木の柵で囲われている。誰でも見学ができるそこでは、自由に動き回る馬の姿が見られるので、領都でもそれなりに人気の場所だった。

 馬を見つめるアキトは、キラキラと目を輝かせている。草を食べる馬、歩いている馬、砂浴びをしている馬を、順番に見つめては楽しんでいるようだった。その時、不意に馬が駆け出した。弾かれたように駆け出した馬に、周りも驚いたのか一斉に駆け始める。

「わぁ…綺麗だ…」

 自由に走り回る馬たちの姿を見ていたアキトの口から、感嘆の声がぽろりと零れた。確かに生命力に溢れた馬の姿も綺麗だと思うが、見惚れているアキトも綺麗だ。

 俺はうっかり言葉にしないように気をつけながら、時間が許す限りアキトと一緒に馬を眺めていた。



 今日の採取地は、馬車乗り場の近くに位置しているルムンの森にある洞窟だ。森の名前からそのままルムン洞窟と呼ばれているが、その見た目に問題があった。

 至って普通の森の中に唐突に現れるのは、苔むした地面に開いた得体のしれない穴だ。人一人が通るのがやっとの大きさのその入口は、よくこんな所に入ってみようと思ったなと思わずにはいられない不気味さだ。この入口の見た目に、アキトも怯んだのが分かった。

「この中なんだけど…やっぱり不気味だよね?」

 こうなるかもと思ったから、昨日はキニーアの森の洞窟にしたんだ。もう1カ所の洞窟は少し遠いから、どう説得しようかと考えているとアキトは不意に口を開いた。

「たしかに不気味だけど、ハルがここだって言うなら入れるよ」

 周りに聞こえないぐらいの小さな声で囁かれた言葉は、俺への信頼に満ち溢れていた。さっきまであんなに怯んでいたのに、俺が言うなら入ってくれるんだ。

「信じてるから」
「…うん、ありがとう」

 本当にあっさりとアキトは穴の中へと潜り込んだ。入ってさえしまえば中は冒険者ギルドの整備も終わっている洞窟だから、昨日と同じように光の線が壁を走っている。

「中は普通だ」

 アキトの感想に、俺はふうと息を吐いた。



 洞窟にも慣れたようで、アキトが下りていく速度は昨日よりも早いくらいだった。すぐに行き止まりにある大きな空間へと辿り着く。

 きょろきょろと辺りを見渡しているアキトには、ここが蛇の魔物が巣にしていた場所だと言い伝えられていることは黙っておこう。

「アキト、どうする?」
「自分で探したい!」

 いそいそと図鑑を取り出したアキトは、オルン茸のページを開くとじっくりと読みだした。きちんと手袋をしたのだけは確認して、後は好きに採取してもらうことに決めた。

「茹でて食べたら絶品って書いてあるけど本当?」
 不意に投げかけられたアキトの質問に、俺は笑顔で頷いた。

「茹でても良いけど、スープに入れてもコクが出て美味しくなるよ。レーブンにお土産にもっていく?」
「もっていく!」

 張り切って採取を始めるアキトの姿をじっと眺める。きっとレーブンなら喜んで受け取って、いそいそと朝食に使うんだろうなと想像ができた。

 あっという間に依頼分とお土産分まで集まったようで、鞄の中に大事そうにしまい込むとアキトはすぐに立ち上がった。

「次はミーヤの花かな?」
「うん」

 ミーヤの花は、洞窟内にぽつぽつと点在しているのが常だ。必然的に、依頼分の数を確保するのは難しくなる。いざとなったら俺が探しに行こうと決めていたが、アキトが見つけたのは俺も初めて見るミーヤの花の群生地だった。

 透明感のある淡いピンク色の花が咲き誇る姿は、見事なものだった。

「綺麗だな」
「ああ、こんなに群生したのは初めて見たよ」

 しばらく二人でその滅多に見れない景色を堪能した後、アキトはおもむろに剣を抜くと、ミーヤの花を依頼の3本分だけ切り取った。

「せっかく群生地を見つけたんだから、もう少し持って帰っても良いと思うよ?」
「いや、せっかく綺麗に咲いてるんだから、このままにしておきたいし」

 欲がないのもアキトらしいなと笑ってから、俺たちは急いで洞窟を後にした。



 夕方の冒険者ギルドは、いつも通りひどい混雑具合だった。受付がこんなに混むのを初めて見たアキトは、大きく目を見開いていた。

「ほら、メロウのところは空いてるよ」

 新人冒険者は好みの受付のところに並ぶし、サブマスだと知っている冒険者は、後ろ暗いところがある奴ほどメロウの受付を避ける。今も空いてるなと近づいてきた奴がメロウの顔を見るなり、違う列へと向かっていった。前の奴の処理をしながらも、きっちりと目線で顔を確認されていたから、きっとあとで調査が入るんだろう。アキトは本当だと嬉しそうに列に並んだ。

 周りからの視線も飛んでくるが、アキトは意外と視線を気にしない。噂話も聞こえてはいるだろうに、綺麗に無視してみせる。アキトは本当に肝が据わってるよな。



 無事に期日内での納品を終えたアキトは、そのままランクアップの手続きに入った。E級に上がるために必要なのは、異なる内容の10個の依頼の達成と、犯罪の有無の確認だけだ。

「あなたは犯罪を犯したことがありますか」
「いいえ」

 魔道具に手をのせて白く輝くのを確認するだけで、ランクアップは無事に完了した。

「ランクアップ、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「E級おめでとう、アキト」

 返事ができないアキトは、それでも小さく頷いて返してくれた。

 受け取ったギルドカードに記されたランクEの文字を、そっとアキトの指先が撫でた。少し前に酒場で騒いでいた酔っ払いのせいで、F級は見習いでE級からが冒険者という考え方をアキトは知ってしまっていた。そんなことを言っているのはごく一部だとは説明したが、きっとどこかで気になっていたんだろう。

 これで冒険者を堂々と名乗れると思っているんだろうな。

「アキトさん」
「はい」
「もしよろしければ、あなたに依頼したいことがあるんです。指名依頼です」

 突然の申し出に、俺は驚いてメロウの顔を見つめてしまった。E級への指名依頼なんて聞いたことが無い。

「へ?まだおれEランクになったばっかりなんですけど…?」
「分かっております。お話だけでも聞いていただけませんか?」

 困った顔でメロウからそう言われて、アキトに断れるわけがない。

「話だけなら」
「ありがとうございます。依頼内容は銀月水桃の蜜。期限は1年になります」

 メロウの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

 銀月水桃の蜜は、高ランク向け素材で入手難度はかなり高い。そもそも見つけられる事も稀だし、採取方法も特殊だ。

 一見は金属でできた果実にしか見えない銀月水桃は、実自体は硬すぎて採取することができない。唯一柔らかい実の下の部分に傷をつけて、持参した瓶に銀色の蜜が貯まるのを待つ必要がある。

 この蜜は、おもに王家に献上する装飾品に使われるものだが、錬金術の素材として使われるとか、伝説の剣の素材に使われるといった根も葉もない噂が出回った結果、それなりに有名になった素材だ。

 明らかにE級に持ってくる指名依頼ではないが、これはおそらく精霊の加護持ちかどうかを見極めるためにメロウが出した依頼なんだろう。

 わざわざ防音の聞いた個室の中で話題にしたあたり、この依頼に対する反応が見たかっただけのような気もする。

「ぎんげつすいとう?」

 何も分かっていない顔で繰り返したアキトは、ちらりと俺の顔色を伺ってきた。

 精霊の加護持ちかどうかを見極めるための依頼なら、1年以内に達成させてしまえば良いだけだ。霊体になってから彷徨った時に、いくつかの場所で見かけているし、その場所もしっかり覚えている。

「アキト、この依頼はぜひ受けよう!俺なら分かるから!」
「あ、じゃあ受けさせてもらいます」

 詳しい説明も求めずに突然受けると言い出したアキトに、メロウの目がゆっくりと細められる。また俺のいる場所に鑑定魔法をかけてるみたいだな。

「ありがとうございます。ではこれが依頼書です」

 受け取った依頼書をしげしげと見つめるアキトを、メロウはひたすらにじっと見つめていた。
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