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46.初めての討伐依頼
しおりを挟む※今回は魔物の討伐シーンが出てきます※
グロい描写はないですが、残酷描写は読みたくないと思う方は飛ばしてください。
次話の最初にあらすじをのせます。
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ランクが上がれば、受けられる依頼の幅も広がっていく。冒険者登録した時にきっちり説明してもらってたから、それはちゃんと知ってた。でも、魔物退治の依頼までEランクから解禁とは思ってもみなかった。何となくもっとランクが上がってからだと、そう思い込んでたんだ。
俺は幽霊に追いかけられたことはあっても、荒事とは無縁のただの男子大学生だった。だから魔物を倒せる自信なんてかけらも無い。
そんな俺でも、この世界では戦う力を持つことが絶対必要だと、図鑑を見ていて思ったんだ。ハルのおかげで今まで魔物に会ったことは無いけれど、ハルの能力だけに頼りきりになりたくない。
そんな思いで、俺は討伐依頼を受けることに決めた。
初討伐依頼の目的地は、トライプールの西側に位置するパイルス草原だ。ここはひざ丈ぐらいの草が生い茂った草原で、木々がところどころにぽつぽつと生えている。
「アキト、緊張しすぎだよ」
「うん、分かってる」
冒険者装備を全身にまとった俺は、さっきから手の震えを止めようと苦労していた。うっすらと汗も出てくるし、心臓はバクバクとうるさい。うん、俺今すっごい緊張してる。
覚悟は決めた筈なんだけど、やっぱりそう簡単じゃないんだよな。ハルは心配そうに俺の顔を覗き込んで来た。
「大丈夫?」
「多分大丈夫…かな?」
ひきつった笑顔で曖昧な返事しかできなくてごめんな。
今日の討伐対象は、スライムと草原ネズミだ。初めてだからと1体ずつ狩れば良い依頼を、ハルが選んでくれたんだ。
ギルドカードさえ持っていれば、何を何頭狩ったかは勝手に記録されていくらしい。倒された魔物の持つ魔力がどうたらって説明はされたけど、不思議なカードなんだなって聞き流してしまった。説明してくれたメロウさんには申し訳ないけど、討伐依頼の事で既に頭いっぱいだったんだよ。
「アキト、いたよ、あれがスライムだ」
ハルに言われてようやく見つけられたスライムは、半透明の水まんじゅうみたいなやつだった。夏場の今は、なんとなく涼し気に見える。半透明のおかげでコアも透けて見えてるから、そこを狙えば良いんだって説明された。
「落ち着いて」
「うん」
ハルが見守ってくれてる。そう考えれば、すこしだけ落ち着いてきた気がする。
ゆっくりと近づいて行くと、スライムも俺に気づいたみたいだ。ボールのようにぼよんぼよんと、その場で跳ねだした。
「突進してくるよ、気を付けて」
ハルに言われる前に、俺は剣を抜いていた。今までは採取の時に植物を切るとか、果物を切るとかにしか使ってこなかった剣だ。
スライムは俺めがけて、全力で突進してきた。すかさずコアの位置に剣を移動すれば、勢いを殺せなかったスライムはそのままの速度で突き刺さった。剣がコアに達した瞬間、スライムはただの水のように液体状になって地面へと落ちた。
「次!右から草原ネズミが来てるよ!」
ハルの声に慌ててそちらを見れば、30センチ程の大きさのネズミがこちらを睨みつけていた。威嚇するように剥き出しになった牙は、どう考えてもネズミのものでは無い。ライオンとかヒョウとか、そういう肉食獣のものだ。
「噛みつきに注意して!」
慌てて剣を構えた俺にむけて、草原ネズミは思い切り飛び掛かってきた。鋭い牙が剣とぶつかって高い金属音を立てる。一度距離を取った草原ネズミは、大きく口を開いてギャアと鳴いてから、もう一度飛び掛かってきた。今度こそ、確実に俺を殺すつもりだ。怖いとかを考える暇もなかった。
「…っ!」
何も考えずに咄嗟に剣を振るうと、奇跡的に剣は草原ネズミを切り裂いた。どさりと地面へと落下した草原ネズミは、ぴくぴくと震えていたけれどすぐに動かなくなった。
俺は血の付いた剣を握ったまま、じっとその草原ネズミを見つめた。もっと命を奪った罪悪感に襲われるかと思ってたんだけど、相手がこちらを殺すつもりで襲ってきているからか、そんなことを考えている余裕すらなかった。
無言のまま剣に浄化をかけてから、鞘へとおさめる。
例え相手が魔物でも、命を奪うってやっぱり重たいんだな。お腹の中に、何か得体の知れないもやもやしたものが貯まっている気がする。そんな俺の暗い雰囲気を察してか、ハルも無言のまま、ただ俺の隣にいてくれた。
しばらくぼんやりと目の前の草原の景色を眺めているうちに、とりあえず気持ちは落ち着いた気がする。
「ごめん、ハル。ちょっと落ち着いた」
「大丈夫?」
「うん…大丈夫」
この世界で生きていくなら、冒険者として活動していくなら、乗り越えないといけない壁なんだと思う。気を取り直して、俺は草原ネズミに鞄の口を押し付けた。
ギルドに持っていけば解体してくれるんだって。草原ネズミは美味しいって聞いたけど、俺はできればこいつは食べたくないな。そう考えてしまう自分は、やっぱり甘すぎかな。そんな事を考えながら俺がゆっくりと歩きだすと、ハルが唐突に話し始めた。
「俺が初めて狩りをした時はね、父が一緒だったんだ」
「お父さん?」
ハルのお父さんは強い人で、自分も一緒に行きたいって駄々をこねて、なんとか魔物狩りにつれて行ってもらったそうだ。
「その時の魔物は小柄な狼だったんだ。絶対上手くできるって思ってたんだけど…急にね、命を奪うのが怖くなった」
「ハルもそう感じたんだ」
「ああ、アキトはそれでも仕留めたけど、俺は剣を落としてしまったんだよね」
「え」
「武器も持たずに狼の前に立てばどうなるか分かるよね?」
「噛みつかれたの?」
「噛みつかれそうになって、父が代わりに嚙まれたんだ」
「お父さんは…大丈夫だったの?」
「ああ、大丈夫だったよ」
笑って先にそう教えてもらったから、少しだけ安心して続きを聞くことが出来た。
「俺は必死で剣を拾って、不格好だったけど何とか仕留めたんだ」
「うん」
「血が出て怖くて、俺はそのまま泣きだしたんだ。剣の稽古では厳しい父だったけど、よくやったって頭を撫でられて、俺は余計に泣きやめなくなった」
ハルはそのままそこで泣きじゃくって、やっと泣き止んだ頃にはもう日も暮れかけていたらしい。お父さんはハルを背負って、暗い森の中を歩いたんだって。
「今でもね、あの時の星空の景色は覚えてるよ」
「そっか…ハルでもそうだったんだ」
「父からは、命を奪って何も感じない方が問題があると言われたよ」
「うん、そうだね」
ハルのお父さんの言葉で、少しだけ救われた気がする。
これからも俺は魔物を狩る度にもやもやしたものを抱えるだろうけど、それで良いんだと思えたから。
「帰ろっか」
「ああ、黒鷹亭に帰ろう」
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