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42.【ハル視点】守るものと守られるもの

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 アキトに出会う前は、夜が嫌いだった。

 眠れない霊の身では、どうしても時間をもてあましてしまうし、あれこれとどうしようもないことを考えてしまうからだ。することもなく、ただ朝が来るのを待つだけの時間は苦痛でしかなかった。

 そんな俺が、夜を悪くないと思う日が来るなんて、予想だにしなかった事だ。

 今日も俺は、眠るアキトの姿を眺めている。幸せそうな寝顔を見ていると、ほんわかと温かい気持ちになるんだ。すーすーと寝息をたてていると思ったら、不意に笑ったりと目が離せない。何か良い夢でも見ているんだろうか。

 自然と笑みが浮かんでしまう。夜が嫌いだった俺は、今日も温かい気持ちで朝を迎えた。



「好きなのを選んで良いよ」

 今日は行きたい依頼を、自分で選んでみてと声をかけてみた。どんな依頼を選ぶのか興味があったし、ランクFの依頼もこれで最後だと思ったからだ。

 少し考えてからアキトが選んだのは、図鑑を見た時から気にしていたミーヤの花の納品だった。

 薄暗い洞窟の中にしか咲かない種類で、淡いピンク色の綺麗な花だ。ほんの少量混ぜ込むだけで良い香りがつくので、香料として重宝されているものだ。

「そういえば気になるって言ってたね。じゃあ目的地は洞窟だね」

 ついでに受けるならこれがおすすめだと指を指せば、アキトは何の躊躇もなくミーヤの花とオルン茸の納品依頼票を外しだした。

 新人冒険者は慣れるまでは依頼をひとつずつ受けるのが普通だから、周りの視線は自然と集まってくる。しかも掲示板に所せましと並んだ依頼票の中から、採取場所が同じ依頼を一瞬で選べるのは、中級冒険者でもそうはいないだろう。

 思った通り、周りからはやっぱり精霊の加護もちなんじゃとか、あの組み合わせを新人が思いつくはずが無いとか聞こえてきている。

 思わず微笑んでしまって、アキトには怪訝そうな顔をさせてしまったが、計画は順調みたいで何よりだ。



 俺が知っている限り、領都近くの洞窟は三か所存在している。その中でも一番近くて一番明るい洞窟が、キニーアの森の外れの洞窟だ。

 元の世界も含めて初めて洞窟に入るというアキトは、物珍しそうに辺りを観察していた。中でも光る線が気になったようで、楽しそうに説明を聞いてくれた。この調子ならすぐに採取も終わりそうだなと思っていた。不意にアキトが声を上げるまでは。

「あ、あった!」

 アキトが唐突にしゃがみこんだ時は、一体何事かと思った。

 どう考えても採取予定にあるものではなかったし、その石に素材としての価値は無いと断言できる。だがアキトの行動には何らかの意味がある筈だと、声を出さずにそっとアキトへ近づいていった。

「アキト?」
「ハル、このまま進んじゃ駄目だ」

 アキトの囁きに、俺も声をひそめて尋ねる。

「一体どうしたんだ?」
「あそこにいる奴、これだけ離れていても分かる。気配からして危険すぎる」

 アキトの方に体を向けたまま、視線だけでそいつを確認してみる。アキトの言った危険すぎる奴は、どうやら霊体のようだ。危険と言われても、遠くを見て立っているどこにでもいる霊にしか見えない。ふとアキトの手を見ると、小刻みに震えているのが見えた。

 俺は霊には詳しくない。アキトは元の世界にいた時から、霊と関わって生きてきている。結論は一瞬で出た。

「そうか…今日の依頼は明日までの期日だったな?」
「うん。両方明日まで」
「採取できる場所は他にもあるから、ここは諦めて帰ろう」
「分かった。ただ、もし動ける幽霊だったら追いかけてくるかもしれないんだ」

 そう言ったアキトは、俺の目をまっすぐに見据えて囁いた。

「そうなったら全力で逃げるから、ハルもちゃんとついてきてね」
「ああ、分かった。気を付けて」



 本当はどう危険なのかと聞きたかったけれど、危険な存在の近くでそんな会話をするなんて愚かすぎる。だから俺はぐっと我慢して、前を行くアキトの背中を見つめながら歩き続けた。

 ひとつ手前の大空洞まで辿り着くと、アキトはちらりとこちらを見た。俺は無言のまま、指だけでこのまま出口に向かおうと提案する。察しの良いアキトは軽く頷くと、すぐに歩きだした。

 洞窟から出て明るい太陽の日差しを浴びたアキトの姿を見て、ふうと息が漏れた。お互いの無事を確認してから、俺はさっきの疑問を聞いてみる事にした。

「危険と言っていたが、一体どう危険なんだ?」

 霊には実体が無い。憑依されれば確かに危険はあるだろうが、あんな風に近づくことすら怖がるなんてアキトらしくない。それだけが、ずっと気になっていた。

「あー…えっとねあれだけ恨みを貯めてると、人じゃなくて霊に影響するんだ」
「霊に?」
「うん。考え方が暗くなったり、憎しみやつらい思い出を思い出したりするんだ」
「じゃあ…俺のために慌ててたのか?」
「だってハルがつらい思いするの嫌だもん」

 そんな殺し文句をあっさりと言われて、俺は言葉に詰まってしまった。

 俺はアキトを守っているつもりだったのに、今回守られたのは俺の方だった。俺は常に守る側だったから、相手によっては屈辱的だとすら感じたかもしれない。だが、戦闘能力は皆無のアキトが、それでも俺を守ろうとしてくれた事が、嬉しくて仕方がない。そこで、不意に気づいてしまった。

 アキトは優しくて良い青年だ。人として気に入ったから、近くで見守りたいと思うんだと思っていた。

 でも、違ったんだ。

 バラ―ブ村で言い寄られている所を見た時にあんなに苛立ったのも、冒険者たちから色を含んだ目を向けられているのに我慢できなかったのも、男が好きだと言われて恋人が向こうにいるのかもしれないともやもやしたのも、全部俺がアキトの事を好きだったからだ。

 アキトはずっと前から、とっくに俺の特別だった。

 守られたことをきっかけに自覚したとはいえ、霊から告白されてもアキトも困るだろう。それぐらいの事はわかっている。アキトにこの気持ちを伝えるつもりもない。それでも、これからも一緒にいることぐらいは、許されるだろうか。

 思わずじっと見つめれば、アキトもじっと見返してくれたので、思わず笑顔が漏れた。

「それにしてもアキトは、いつもあんなのに追いかけられてたのかい?」
「あーまあたまに?」
「そうか…大変な目にあっていたんだな…」

 元の世界でもそんな目にあっていたなんて。必死で逃げるアキトの姿を想像してしまった俺は、思わず眉をひそめた。アキトはそんな俺を見上げて、にっと笑った。こどものような自慢げな笑みだ。

「カルツさんの遺品を取る時、俺、木に登ってただろ?」
「ああ、得意というだけあって上手かったな」
「あれはああいうのから逃げるために身につけた技術なんだ」
「そうなのか?」
「友達だった霊たちが、あっちから来てるから、その木なら見つからないとか教えてくれてさー。町中使った追いかけっこだったよ」

 ああ、こういう前向きな所も好きだなと、素直にそう思った。逃げ足には自信があると自慢してくるアキトには、思わず笑ってしまったけれど。

「アキトらしいな」
「どういう意味だよー」

 そこからは二人で会話を楽しみながら、森の中を歩いた。たったそれだけの時間が、かけがえのないものに思えた。
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