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37.噂の始まり

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 ギルドマスターのフェリクスさんは、苦笑と共に俺を迎え入れてくれた。

「よう、アキト。今度は黒曜キノコだって?」
「えーとせっかく魔道収納鞄を手に入れたし…前に見かけた時は重くて持てなかったので使ってみたかったんです」
「はー確かにあれは重いからなぁ」
「ギルマス、先ほど使いを出しましたから、鍛冶組合がすぐに買い取りに来」

 メロウさんが言い終わる前に、ギルドマスター室のドアがけたたましい音を開けて開かれた。突然の大きな音に驚いた俺はびくっと体を揺らしてしまったけど、メロウさんもフェリクスさんもそしてハルも普通の顔をしていた。何で驚かないんですか。

「黒曜キノコが届いたって本当か!」

 飛び込んできたのは筋肉の塊って感じの、髭を生やしたおじさんだった。この世界筋肉質な人が多すぎるよね。この人の腕なんて、俺のふとももより太いと思う。

「せめてノックぐらいはしろよ」

 苦笑しながらのギルマスの言葉は完全にスルーされた。

「本当か?」

 もう一度そう尋ねたおじさんは、ただまっすぐにメロウさんを見つめている。

「アキトさん、こちらは鍛冶組合の会長であるベルガーさんです。ベルガーさん、こちらが黒曜キノコを採取した冒険者、アキトさんです」
「よろしく、アキト」

 すっと差し出された手を握り返す。手のひらは皮みたいにかたくて、色んな所にタコができている。会長というより、鍛冶職人そのものって感じの手だった。

「ベルガーさん、よろしくおねがいします」
「アキトさん、もう一度ここへ出して頂けますか?」

 この部屋に連行される前に鞄に戻していた巨大黒キノコを、指示された机の上へと取り出す。

 ベルガーさんは一気に黒キノコとの距離を詰めると、真剣なまなざしで凝視している。あ、鑑定してるのかと理解した時には、ベルガーさんはバッとこちらを振り返っていた。

「アキト、これは今年の黒曜キノコの中でも一、二を争う品質だ!ありがとう!」
「あ、いえ…」

 あれ、嫌な予感がしてきたぞ。ハルはにこにこ笑顔だし、これはまたあれか。

「この品なら50万グルで買い取ろう」

 50万グルのキノコとか冗談でしょうと思わず遠い目をした俺に、ベルガーさんは焦った様子で言葉を重ねる。

「む…安すぎるか!たしかにこの品質なら60万グルでどうだ!」
「いえ、50万グルでお願いします!」
「いいのか?」
「はい、ぜひ50万グルで」

 このままじゃ値段が上がり続けそうで怖くなった俺は、そう言うことしかできなかった。

 ベルガーさんは、黒キノコを肩に担いでそのまま帰って行った。俺も自分の目を疑ったけど、本当に担いで帰ったんだ。びっくりしすぎた俺の顔を見て、ハルは爆笑してたよ。



 スリーシャ草とポルの実の買取分も含めて、お金は全てカードに入れてもらった。装備を買ったことですこしは減ったお金が、また増えたことになる。

 ずっと笑ってたハルに、言いたい事が山ほどある。

 周りの視線を感じながらもギルドから出た俺は、初めてハルの案内に従わずにギルドの横にある小さな脇道へと入っていった。

 戸惑いつつも後を追ってきてくれたハルを、じとっと上目遣いで睨みつける。

「あのキノコが高くなるって知ってたんだろ?」
「うん、知ってたよ」
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「ごめん」
「う…謝ってほしいわけじゃないんだけど」
「うん、でもごめんね、アキト」

 そこで申し訳なさそうな顔をするのは、ずるいと思う。

「せめてさ、ちゃんと心の準備がしたいって言ってるんだ」
「うん、分かった、これからは出来るだけ気を付けるね」
「うん、そうしてくれたら助かる」



 その時の俺は、全く気付いてなかったんだ。

 ギルドの裏に冒険者が数人いたことも。

「あいつ何と話してたんだ?」
「虚空を見てたよな」

 こちらを覗いていた彼らに、ハルとの会話を全部聞かれていたことも。

「なあ、あいつ、もしかして…精霊が見える人…なのか」
「さすがに精霊はないだろう」
「でもさーそもそも低ランクの図鑑には載ってない黒曜キノコを、どうやって知ったんだって話だろー?」
「あれは中ランク以上のにしか載ってないし、儲かるからわざわざ低レベルに教える奴はいないもんな」

 そして彼らが、まさかの結論に辿り着いていることも。

「まさか…精霊に教えてもらったって事か?」
「もしかして、本当に精霊の加護持ちなのか」
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