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31.【ハル視点】素材の買取

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 冒険者ギルドに併設されている酒場のあまりの騒々しさに、アキトは固まっていた。初めてここを訪れた人なら、よくある反応だ。本人は誰にも気づかれなかったと思ったみたいだけど、観察が仕事のメロウはしっかり気づいていたようだ。

 物静かで穏やかな態度に騙される人も多いが、彼はああ見えてかなりのやり手だ。

 かつて冒険者ギルドでは依頼書のみに頼って採取を行っていたが、彼がサブギルマスになってから目に見えて納品される素材の質が上がったのだ。不思議に思って調査したら、彼の始めたひとつの取り組みに辿り着いた。

 その取り組みが、低ランク、中ランク、高ランクと三種類の図鑑を作り、ランクアップ時に無料で配布するというものだった。低ランクは1センチ、中ランクで3センチ、高ランクでは5センチもある図鑑だ。よく依頼される基本的なものについては、しっかりと絵や説明、注意事項まで付いている。これがあれば、納品する物の質が上がるのも納得の図鑑だった。

 メロウの受付をお勧めしたのは、サブギルマスである彼の能力の高さはもちろん、アキトとはきっと相性が良いと思ったからだ。

「はじめまして、私はメロウ。主に受付を担当しています」
「はじめまして、アキトです」
「本日のご用件は何でしょう?」
「冒険者登録と、買い取りをお願いします」
「わかりました。しばらくお待ちくださいね」

 連れていかれたのは登録用の狭い個室だった。登録用の魔道具をみつめるアキトに、そっと注意をする。

「絶対に嘘だけはつかないこと」
「ではこちらに手をかざしてください。お名前はアキト・ヒイラギ。年齢は21歳で間違いないでしょうか?」
「はい」

 そうかアキトはまだ21歳なのか。思ったよりも若いな。

「では、魔道具に手をかざしたままで、ひとつだけ質問に答えて頂きます」
「はい」
「あなたは犯罪を犯したことがありますか」
「いいえ」

 アキトの性格を知っているからそこまで心配してはいなかったが、きちんと白く光った魔道具に思わず息が漏れた。

 無事に冒険者登録が終わったアキトは、これで立派な冒険者の仲間入りだ。キラキラした目でカードを見つめるアキトの姿に、メロウは珍しく作り笑いじゃなく微笑んでいた。
 
「あの、先ほどは買い取りもと言われてましたよね?」
「あ、はい!買い取りもお願いしたいです」
「先ほどの受付で手続きをするのが基本なんですが、今回はついでですし、よろしければこちらで買い取りもしましょうか」

 そう言われた時は気に入られすぎだと少し思ったが、結果としては個室での買い取りで良かったと言える。

 アキトはきちんと感謝の言葉を述べてから、素材を取り出していく。

 俺が選んでアキトに採取してもらったのは貴族女性に人気の髪つや出しのセラームの木の実と、鎮痛作用のあるジジの花びらだ。もしかしたらと思ってはいたが、ちょうどジジの花びらの依頼が出ていたようだ。アキトは幸運だなと考えている間に、メロウが質問を投げた。

「他に何かありますか?」
「あ、あとはこれ!リスリーロの花です」
「っ!…アキト!」

 一度口にしてしまった言葉は、もう戻らない。慌てる俺の前で、メロウは驚いた顔のままでアキトを凝視していた。

「リスリーロの花を持っている…ん…ですか?」
「えーと…これ」

 アキトは余計な事は言わずに、マジックバッグからリスリーロの花を取り出して、そっと机の上に置いた。

 メロウは即座に鑑定魔法をかけ、リスリーロの花を注視している。目線が何度も左右に動く姿に、メロウも最上位レベルの鑑定魔法持ちだと確信した。

「これは…間違いなく本物ですね…しばらくここでお待ちください」

 部屋から出て行ったメロウの気配が遠ざかるのをしっかりと確認してから、アキトに声をかける。

「アキト、説明不足だったよ。ごめん」
「なにが駄目だったんだ?」
「名前だよ。これは一般向けに依頼をしていないんだ。指定依頼になるから、名前まで知っているものは限られるんだ」

 リスリーロの名は、ごく一部の高ランクと依頼者の近くにいる者のみが知っている名前だ。うかつに名前を教えてしまった俺のせいだな。

「じゃあどうするつもりだったんだ?」
「たまたま見つけたこの花が、新種かどうかと鑑定を頼むつもりだった」
「あー…」
「説明が遅かった俺のせいだ」
「いや、勝手に名前を出した俺のせいだよ」
「でも」

 言い合いになりそうになった時、不意に昨夜も同じような会話をしたなと気づいた俺たちは、思わず顔を見合わせて笑い合った。

「まあ、言ってしまったものは仕方ないよな」
「何とかごまかせないか考えてみるよ」
「うん、まかせたよ、ハル」

 こうなったら、高ランク冒険者のあいつに責任を押し付けよう。今できるのはそれしか無い。ひっそりと決意しながら、俺はギルドマスター室へと連行されるアキトについていった。

「ギルドマスター、本日冒険者登録をしたアキトさんです」

 この部屋には何度も来たことがある俺は、顔なじみでもあるフェリクスの顔を見て心の底から驚いた。筋肉質で頬に傷まであるいかつい男が、何故か満面の笑みだ。顔なじみの俺から見ても、正直怖い。

「お前がアキトか、俺はここのギルマスをやってるフェリクスだ、よろしくな」
「ア、アキトです。よろしくお願いします」

 メロウが一瞬眉を寄せていたから、多分怖い顔をして怖がらせるなとでも言ったんだろうが、完全に逆効果だ。アキトは怖がりながらも、何とかすすめられたソファへと腰を下ろした。

「で、持ってきたもん、見せてくれるか?」
「これです」

「鑑定済みですので間違いありません。本物です」

 フェリクスはメロウの説明を聞くと、まっすぐにアキトを見据えた。

「お前なんでこれの事知ってたんだ?」

 俺は気を引き締めて、アキトに言うべき言葉を伝えていく。

 この花の事は、森で出会った冒険者から情報収集で聞かれた事。聞いた奴の名前は分からない事。背が拳3つ分くらいは高くて、黒髪に髭の男だった事。ここまで説明した所で、ようやくフェリクスが声を上げた。

「ああ、なるほどケビンか!」
「大きな剣を背中に背負ってましたって言って」
「大きな剣を背中に背負ってました」
「うん、間違いなくケビンだな」

 間違いなく指定依頼を受けているケビンの名前に辿り着いた事で、二人のアキトの不審感は消えたらしい。ここで駄目押しをしておきたい。

「特徴と名前だけを聞いていて、使い道も分からないけどせっかく見つけたので」
「特徴と名前だけは聞いていて、使い道も分からないですけどせっかく見つけたので持ってきたんです」

 そう、特徴と名前だけを知っていて、使い道は分からない。この説明が一番重要だった。この花は魔物の暴走を抑え込むという、辺境伯の行っている極秘の研究に関わってくる。情報の取り扱いには注意が必要だ。高ランクの中でも、辺境伯が信頼をおけるものにしか依頼はしていない一件だ。

 ここまで分かっていれば、フェリクスとメロウは全力でアキトを守ってくれるだろうし、折角届いた花を受け取らないほど辺境伯は馬鹿では無い。

「なるほど」
「では、これは買い取りさせて頂いて良いですね?」
「はい」
「では、リスリーロの花を1つ。確かにお預かりしますね」

 メロウの手でそっと持ち上げられたリスリーロの花は、そのままギルマスの後ろにあった特殊依頼用の保存箱に収納された。このまま辺境まで即座に送られるんだろう。無事に届いてあの研究が成功しますように。俺は心の底から成功を祈った。

「計算しますので、すこしお待ちくださいね」

 部屋の隅にある自分の机に腰かけたメロウは、そのまま書類を作り始めた。買い取り金額の計算と、受取書類の作成だろう。

 フェリクスはふうと肩の力を抜いてから、アキトに向かって口を開いた。

「すまんな、どこまで情報を知っているか知る必要があったんだ」
「いえ」
「依頼者に許可を得るまでは使い道の詳細は伝えられないんだが、リスリーロの花の納品は間違いなく多くの人の命を救う事になる」

 少し申し訳なさそうな顔をした後で、フェリクスはがばっと頭を下げた。

「アキト、ありがとう」

 こういうところは本当に良い男だよな、こいつ。

 俺が詳細を説明しなかった時点で、アキトは詳しく知らない方が良いと分かっていたんだと思う。リスリーロの花が綺麗だと言うことはあっても、何に使うのか、何故ずっと探していたのかと聞かれることはなかったから。

「いえ、頭をあげてください」

 そうフェリクスに言いながら、アキトはちらりと俺を見た。

 この言葉はアキトではなくずっと探していた俺が受け取るべき言葉だと、そう言いたそうな顔だ。

 思わず笑い返すと、アキトもふわりと微笑んだ。その顔を、呆然としたまま見つめるメロウが視界の端に入った。これは間違いなくアキトの笑顔を見られたな。俺のいるあたりを鑑定しているのも、凝視する目線から明らかだ。

 メロウなら、この後どう考えるだろうと推測してみた。

 鑑定持ちでもないのに完璧な状態で採取された軽量の納品物。新人冒険者が持っている筈の無い知識を持ち、幻とまで言われた花を持ち込んできた青年が、虚空を見て微笑む。

 これはもう精霊の存在以外に思い浮かばなくなるだろう。

 この世界に住む者なら誰もが知っている、かつては人と共にあったという至高の存在。知識を与え導いてくれるという特別な存在。アキトはそれが見えるのではないか、話せるのではないかと考えているんだろう。

 精霊なんてそんな大したものではないが、周りからアキトが一目置かれるようになったら、楽しいかもしれない。

 買取金額を見て驚愕するアキトは、可愛かった。

「アキト、届けたのは間違いなくきみなんだから、もらっておくべきだよ」

 笑顔でそう言った俺を、アキトはじろりと睨みつける。

 ほらほら、メロウが見ているから、また精霊が見える人に一歩近づいてしまうよ。

 周りから精霊が見える人と呼ばれるアキト。そんな未来を想像して、俺はまた笑った。
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