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30.【冒険者ギルド職員メロウ視点】精霊が見える…人?

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 今日も冒険者ギルドの中は、驚く程に騒がしい。朝から酒を呑んでいる冒険者の声が、ギルド内に響いている。賑やかな酒場をちらりと見てから、私は受付窓口へと向かった。

 受付窓口の周辺には静音魔法がかかっているので、酒場の賑わいはここまでは届いてこない。そうでなければ、こんな騒音の中で事務作業なんてできる筈が無い。

「おはようございます」

 隣の窓口にいた職員に一声かけてから、私は指定席へと腰を下ろした。朝一には別の業務があるため、私が窓口に入るのはこの朝の忙しさが一段落した時間からだ。

 いくつもある窓口は美男美女揃いのためか、受付の人目当てでやってくる冒険者もいるため、必然的に地味な私の仕事量は少なくなる。

 それでも私がここにいるのは、持参した書類を読みながら周りの様子を観察するためだ。素行に問題ありとなっていた冒険者の所持品を、こっそり鑑定して書類に記入していく。ついでに新人冒険者にしつこくつきまとっていた冒険者の名前も鑑定しておいた。

 後できちんと調査は入るが、その下調べも私の仕事だ。
 
 周りを観察しているとギルドの扉が開いた。入ってきた青年は扉を開いたまま、その場で固まってしまった。騒がしさに驚いているようだし、顔も見覚えがない。つまりこの冒険者ギルドに登録している冒険者では無いな。

 これは新人かなと考えていると、その青年はまっすぐにこちらへ向けて歩いてくる。迷いない足取りは、明らかにこの窓口を目指しているようだ。他の窓口が満員ならともかく、空いているなかで自分の所に来る人は珍しいなと、その時は軽く考えていた。



 十数分後、私はギルドマスターの部屋のドアを思いっきり開いた。バンッと突然鳴った音に、ギルマスは驚いた顔をしてから苦笑を浮かべた。

「どうした、メロウ」
「フェリクス!」

 この部屋には他人の目は無い。私は遠慮なくフェリクスを呼び捨てにして話しかけた。

「落ち着いて聞いてください。リスリーロの花が届きました」
「遂にか!誰が持って来たんだ?」

 指定依頼を受けた人だけが持っている情報だから、この反応も理解はできる。

「それが冒険者登録をさっきしたばかりの新人です」
「…なぜ知ってるんだ」
「その怖い顔は止めてください。アキトさんは態度も良いですし、あなたの怖い顔で萎縮させたくは無いんです」
「おや、珍しく気に入ったのか?」
「ええ、まあ。受付担当と名乗った私にも丁寧に挨拶してくれましたし」
「また受付って名乗ったのか?」

 咎めるような視線には、ただ笑って返した。私がサブギルマスの地位にいる事は、ギルド職員と一部の冒険者、あとは取引先の人ぐらいしか知らない事だ。知られずにいる方が色々と動きやすいんだから仕方がないだろう。

「受付を主にやっていると名乗っただけですよ。嘘ではないでしょう?」

 フェリクスは困ったやつめと言いたげに笑ってから、すぐに話題を変えた。

「他にも何か持ち込んだのか?」
「セラームの木の実5こと、ジジの花びら10枚」
「…そいつは鑑定持ちなのか?」
「断定はできませんが、おそらく違いますね」
「何故分かったんだ?」

 フェリクスの言葉に、魔道具を不思議そうに見つめていたアキトさんの姿を思い出す。

「登録の魔道具を見て不思議そうにしていたからですよ、鑑定持ちならあの時点ですぐに鑑定をかけます」
「なるほど」
「とりあえず、どこから情報が漏れたのか確認しないといけませんから、すぐに連れてきますね」
「分かった」



 確かに怖い顔をして萎縮させるなとは言ったけど、だからってその満面の笑顔は何なんだ。強面ギルマスの理由も分からない満面の笑顔に、案の定アキトさんは怯えた様子だった。後で絶対に叱ってやる。それでもアキトさんは、必死にギルマスの質問に答えていた。

 ケビンの情報収集から存在を知って、使い道は分からないまま持ってきた。

 そういうことなら少なくとも納得はできる。依頼主である辺境伯が納得する説明さえ出来るなら、とにかく買い取りをしてしまいたいというのが本音だった。

 アキトさんの承諾を得るなり、私は部屋の隅にある机に座り書類作りを始めた。

 フェリクスが依頼の詳細が説明できない事を伝えるのを流し聞きながら、依頼一覧の中からジジの花びらの報酬額を確認する。

「ありがとう」

 そう感謝の言葉を口にしたフェリクスは、躊躇せずに頭を下げた。新人だろうと何だろうと、感謝するときは感謝する。そういう所は、本当に尊敬できる上司だ。顔を上げてくださいとすぐに言えるアキトさんにも好感が持てた。

 書類作りを終わらせた私がちらりと二人の方を見ると、アキトさんは何故か虚空を見つめていた。何もいない虚空をだ。その後不意に、ふわりと柔らかく微笑んだ。

 今のは一体何だ。

 鑑定持ちの習性とも言うべきか、そう思った時には虚空に向けて鑑定魔法をかけていた。そこには何も存在していないのだから当然だが、鑑定魔法は発動しなかった。

 けれど、さっきのアキトさんは確実に何かを見ていた。

 鑑定持ちでも無いのに完璧な状態で採取された納品物が思い浮かぶ。しかも今の時期に高値で売れる、持ち運びの容易な軽量の素材ばかりだった。

 新人冒険者が持っている筈の無い知識を持ち、幻とまで言われた花を持ち込んできた青年が、虚空を見て微笑んだのだ。

 私は思わず、かつてはこの世界にいたと言う精霊の存在を思い浮かべてしまった。

 今では誰一人として見ることも話すこともできないが、かつては人と共にあったという至高の存在。知識を与え導いてくれるという特別な存在。それが精霊だ。

 もしアキトさんが精霊を見て、話せるのだとしたら。今はほんの可能性程度でしかないが、その可能性を否定できる材料もまだ存在していない。

 かなり気にはなるが、焦る必要は無い。ここで冒険者として活動するなら、アキトさんとの付き合いは始まったばかりだ。慌てなくても彼の持つ能力についても、少しずつ知ることができるだろう。

 私は笑顔で、作ったばかりの書類を差し出した。
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