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23.【ハル視点】遠回りして向かうスラテール商会
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領都トライプールには、細かい脇道が無数に存在している。
スラテール商会は黒鷹亭からもそう遠くは無いが、途中にはあまり治安が良くない地域も存在している。俺が選んだのは、できるだけ魔道具の光がしっかりと届いている道だ。それなりに人通りもあって、女子供でも通れるような安全な道だけを進んでいく。
すこし遠回りな理由に気づいたカルツさんには、過保護ですねと微笑まれてしまったが、道案内をまかされたからには万全を期したいだけだ。
ようやくスラテール商会の前まで辿り着くと、カルツさんはボソッと呟いた。
「ああ、どれだけここに来たかったか…」
「店はまだ開いてる時間だな、入って大丈夫だよ、アキト」
早く家族に会わせてあげたかった俺は、アキトにそう声をかけた。
店内には瓶に入った肌の回復薬が、ずらりと並んでいた。
ここスラテール商会のみが取り扱っている専売品の中で、一番有名な商品がこれだ。シミやシワが消えるというのは一般向けの売り文句にすぎない。古傷や火傷の跡にも効果があるので、ひっそりと騎士団や衛兵、治療院向けにも販売されている。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声は、カルツさんに似ていた。きっとこの人が息子のネオルさんだろう。
アキトが取り出した収納袋を見るなり、息子さんは椅子を勧めながらも走って行ってしまった。カルツさんは苦笑しながらも、懐かしそうに店内を見渡していた。
ネオルさんに連れられてきた店主のマリーナさんは、以前会った時と変わらずピンと背筋を伸ばして立っていた。
「マリーナ」
目的地がここだと聞いた時からそうだろうとは思っていたが、やはりカルツさんの奥方はマリーナさんだったか。
アキトの態度が理解できないけれど、目のまえにある夫の遺品も無視は出来ない。そんな様子だったマリーナさんは、魔道収納袋をじっと見つめて鑑定してからようやく口を開いた。
「間違いなく、我が夫カルツのものです」
何を求められるのだろうと警戒している様子のマリーナさんとネヨルさんの姿に、思わずカルツさんと二人で顔を見合わせて笑ってしまう。本当に善意だけで届けてくれたのだと理解してもらえるまで、しっかりとアキトに説明をしてもらった。
やっと納得してくれたお二人が見せてくれたのは、魔道収納袋の中に入っていた大きな水の魔石だった。
大きさはもちろん、こんなに純度が高いものは俺も初めて見た。おそらく災害級の魔物から取れたものだろう。
「とんでもないものが入っていたな」
思わず漏れた声に、アキトの視線がちらりとこちらを見た。説明が欲しいという意味だと、すぐに分かった。俺はしっかりとこの魔石の有用性を伝えた。この魔石さえあれば、水不足に困る街の運命や、戦の戦況すら覆すことができるのだと。カルツさんも頷いていたから、説明に間違いは無かったと思う。だがアキトは、不思議だなと言いたげに軽く首を傾げるだけだった。
自分がつけた木の実のせいで、この袋が届くのが遅れたのかもしれない。
そんな事をネオルさんが言い出した時は、俺もカルツさんも驚いてしまった。そんな風に考えるとは思ってもみなかったから、咄嗟に言葉が出なかったのだ。全く動揺せずに即座に否定したアキトは、さすがだと思ったよ。
「それは違いますよ。襲われながらも隠せた場所なんて、きっと茂みぐらいだと思うんです。それだと盗賊にも見つかった可能性が高いと思うんです」
「たしかにそうですね」
「逆に考えれば、たしかに時間はかかったかもしれませんが、息子さんの木の実のおかげでここまで届いたんですよ」
アキトの説明でようやくネオルさんが顔を上げてくれた時には、さっきまで必死で頷いていたカルツさんも、ホッと息を吐いていた。
「はい…ありがとうございます」
「アキトさん、夕食はお済ですか?」
話もひと段落したと思ったら、不意にマリーナさんが尋ねた。
昼食後もいっぱい歩いたし、お腹も空く頃だろう。このままご馳走になるのも良いんじゃないかとアキトに言おうかと視線を向けた途端、部屋中に響き渡ったのはあまりに元気な腹の音だった。
静かな室内に響き渡る腹の音。
さっきまではあんなにしっかり大人の顔をしてたのに、今は本当にこどものような顔で頬を真っ赤に染めて照れている。そのあまりの落差が面白くて、俺は思いっきり笑ってしまった。アキトにはじろっと睨まれてしまった。すまないが、これは止まりそうに無い。
本当にアキトに出会ってからは、笑ってばかりだな。
並べられていく美味しそうな料理の数々に、アキトは目をキラキラさせて喜んでいた。だが、それがポリッチェのものだと気づくなり、複雑そうな顔でカルツさんを見た。
「ああ、相変わらず美味しそうだ。アキトさん、私のおすすめ試してみて下さいね」
そう朗らかに笑った姿をじっと見つめてから、気持ちを切り替えたアキトは嬉しそうに料理を見ていた。ネオルさんがぽつりと呟いた一言を聞くまでは。
「あの変な事を言うと思われるかもしれませんが…その、父の遺品が帰ってきて、父も一緒に帰ってきてくれたような気がするんです」
普通の人なら、そうですねと笑顔で返せるだろうが、アキトにとってはつらい言葉だろう。本当に帰ってきているんですと伝えたくても、伝える事はできない。その特別な力を開示してしまえば、危険な事にも巻き込まれかねないからだ。アキトは返す言葉に詰まって黙り込んでしまった。カルツさんはそんなアキトと目を合わせてから、にっこりと笑ってみせた。
「アキトさん、無理に言う必要は無いんですよ。私はただここに帰ってこられただけで満足です」
穏やかな声はさらに続く。
「存在を知ったら、きっともう一度悲しむでしょう?こうして客人に話せる過去に、ようやく出来たんです。私はただ近くにいられるだけで良いんですから」
カルツさんの言葉に、アキトは少しだけ涙を滲ませていた。誰にも気づいてもらえない俺たちに気づき言葉を交わし、更に願いまで叶えてくれる。それがどれだけ俺たちにとって特別なことか、アキトには分かっていないらしい。
「ほら、せっかくの美味しいシチューです。楽しんで食べてくれたらそれで良いんですよ」
「アキト、カルツさんもこう言ってるんだ、気にせず食べると良いよ」
スラテール商会は黒鷹亭からもそう遠くは無いが、途中にはあまり治安が良くない地域も存在している。俺が選んだのは、できるだけ魔道具の光がしっかりと届いている道だ。それなりに人通りもあって、女子供でも通れるような安全な道だけを進んでいく。
すこし遠回りな理由に気づいたカルツさんには、過保護ですねと微笑まれてしまったが、道案内をまかされたからには万全を期したいだけだ。
ようやくスラテール商会の前まで辿り着くと、カルツさんはボソッと呟いた。
「ああ、どれだけここに来たかったか…」
「店はまだ開いてる時間だな、入って大丈夫だよ、アキト」
早く家族に会わせてあげたかった俺は、アキトにそう声をかけた。
店内には瓶に入った肌の回復薬が、ずらりと並んでいた。
ここスラテール商会のみが取り扱っている専売品の中で、一番有名な商品がこれだ。シミやシワが消えるというのは一般向けの売り文句にすぎない。古傷や火傷の跡にも効果があるので、ひっそりと騎士団や衛兵、治療院向けにも販売されている。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声は、カルツさんに似ていた。きっとこの人が息子のネオルさんだろう。
アキトが取り出した収納袋を見るなり、息子さんは椅子を勧めながらも走って行ってしまった。カルツさんは苦笑しながらも、懐かしそうに店内を見渡していた。
ネオルさんに連れられてきた店主のマリーナさんは、以前会った時と変わらずピンと背筋を伸ばして立っていた。
「マリーナ」
目的地がここだと聞いた時からそうだろうとは思っていたが、やはりカルツさんの奥方はマリーナさんだったか。
アキトの態度が理解できないけれど、目のまえにある夫の遺品も無視は出来ない。そんな様子だったマリーナさんは、魔道収納袋をじっと見つめて鑑定してからようやく口を開いた。
「間違いなく、我が夫カルツのものです」
何を求められるのだろうと警戒している様子のマリーナさんとネヨルさんの姿に、思わずカルツさんと二人で顔を見合わせて笑ってしまう。本当に善意だけで届けてくれたのだと理解してもらえるまで、しっかりとアキトに説明をしてもらった。
やっと納得してくれたお二人が見せてくれたのは、魔道収納袋の中に入っていた大きな水の魔石だった。
大きさはもちろん、こんなに純度が高いものは俺も初めて見た。おそらく災害級の魔物から取れたものだろう。
「とんでもないものが入っていたな」
思わず漏れた声に、アキトの視線がちらりとこちらを見た。説明が欲しいという意味だと、すぐに分かった。俺はしっかりとこの魔石の有用性を伝えた。この魔石さえあれば、水不足に困る街の運命や、戦の戦況すら覆すことができるのだと。カルツさんも頷いていたから、説明に間違いは無かったと思う。だがアキトは、不思議だなと言いたげに軽く首を傾げるだけだった。
自分がつけた木の実のせいで、この袋が届くのが遅れたのかもしれない。
そんな事をネオルさんが言い出した時は、俺もカルツさんも驚いてしまった。そんな風に考えるとは思ってもみなかったから、咄嗟に言葉が出なかったのだ。全く動揺せずに即座に否定したアキトは、さすがだと思ったよ。
「それは違いますよ。襲われながらも隠せた場所なんて、きっと茂みぐらいだと思うんです。それだと盗賊にも見つかった可能性が高いと思うんです」
「たしかにそうですね」
「逆に考えれば、たしかに時間はかかったかもしれませんが、息子さんの木の実のおかげでここまで届いたんですよ」
アキトの説明でようやくネオルさんが顔を上げてくれた時には、さっきまで必死で頷いていたカルツさんも、ホッと息を吐いていた。
「はい…ありがとうございます」
「アキトさん、夕食はお済ですか?」
話もひと段落したと思ったら、不意にマリーナさんが尋ねた。
昼食後もいっぱい歩いたし、お腹も空く頃だろう。このままご馳走になるのも良いんじゃないかとアキトに言おうかと視線を向けた途端、部屋中に響き渡ったのはあまりに元気な腹の音だった。
静かな室内に響き渡る腹の音。
さっきまではあんなにしっかり大人の顔をしてたのに、今は本当にこどものような顔で頬を真っ赤に染めて照れている。そのあまりの落差が面白くて、俺は思いっきり笑ってしまった。アキトにはじろっと睨まれてしまった。すまないが、これは止まりそうに無い。
本当にアキトに出会ってからは、笑ってばかりだな。
並べられていく美味しそうな料理の数々に、アキトは目をキラキラさせて喜んでいた。だが、それがポリッチェのものだと気づくなり、複雑そうな顔でカルツさんを見た。
「ああ、相変わらず美味しそうだ。アキトさん、私のおすすめ試してみて下さいね」
そう朗らかに笑った姿をじっと見つめてから、気持ちを切り替えたアキトは嬉しそうに料理を見ていた。ネオルさんがぽつりと呟いた一言を聞くまでは。
「あの変な事を言うと思われるかもしれませんが…その、父の遺品が帰ってきて、父も一緒に帰ってきてくれたような気がするんです」
普通の人なら、そうですねと笑顔で返せるだろうが、アキトにとってはつらい言葉だろう。本当に帰ってきているんですと伝えたくても、伝える事はできない。その特別な力を開示してしまえば、危険な事にも巻き込まれかねないからだ。アキトは返す言葉に詰まって黙り込んでしまった。カルツさんはそんなアキトと目を合わせてから、にっこりと笑ってみせた。
「アキトさん、無理に言う必要は無いんですよ。私はただここに帰ってこられただけで満足です」
穏やかな声はさらに続く。
「存在を知ったら、きっともう一度悲しむでしょう?こうして客人に話せる過去に、ようやく出来たんです。私はただ近くにいられるだけで良いんですから」
カルツさんの言葉に、アキトは少しだけ涙を滲ませていた。誰にも気づいてもらえない俺たちに気づき言葉を交わし、更に願いまで叶えてくれる。それがどれだけ俺たちにとって特別なことか、アキトには分かっていないらしい。
「ほら、せっかくの美味しいシチューです。楽しんで食べてくれたらそれで良いんですよ」
「アキト、カルツさんもこう言ってるんだ、気にせず食べると良いよ」
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