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19.【ハル視点】新しい仲間と領都まで

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 今朝の爆弾発言のことはすっかり忘れたのか、アキトからミウナの妊娠について聞いてくることはなかった。何が聞きたいのかもよく分からなかった俺は、これ幸いとその質問についてはいったん忘れることにした。

 領都についてあれこれ話しながら、ひたすらに道を進む。

 昨夜のうちに一度偵察を終わらせていたので心配はしていなかったが、特に魔物や盗賊が現れることもなく、俺たちは無事に領都への街道へ辿り着いた。

「左の道が領都への道だよ。ここからは一方通行の会話だね」

 アキトはきちんと周りを見渡してから俺に頷いてくれた。


 思った以上にたくさん歩いてくれたアキトのために、お昼は湖に寄ることに決めた。

 あの湖は冒険者や旅人には定番だし、綺麗な湖と森が一望できる人気の場所だ。

 俺もいつもあそこで休憩を取っていたが、リスリーロを探しに行くときには立ち寄らなかった。食事の必要がないのだから、わざわざ寄る意味も無い。だから、まさかそこで俺と同じ幽霊に会うとは思わなかったんだ。

 アキトは必死な顔をしたその霊を見るなり、あっさりと自分から声をかけた。

 固まってしまった男の気持ちは、俺にもよく分かる。こんな風に俺たちを見て話せる人がいて、しかもその人が俺たちのことをこんなに気にかけてくれるなんて、夢でも見ているような気持ちだろう。

 自己紹介をしてくれたカルツさんは、届けて欲しいのは魔道収納袋だと言い出した。

「ハル、それって何?」
「時間経過の無い、たくさんのものが入る魔道具の一種…だな」

 尋ねられて反射的に答えてから、しまったと思った。

「待ってください、魔道収納袋を知らないんですか?」

 魔道収納袋を知らないなんて、普通に考えてあり得ることでは無い。貴族平民を問わず、物心がついたこどもでも存在ぐらいは知っている。知らないなんておかしいと、そう思うだろう。

 どうごまかせば良いのか必死で考えてる間に、俺の前に出たアキトはすぐに秘密をばらしてしまった。異世界人なことを知っても、霊だったら話せないし大丈夫と笑ってくれたが、俺がもう少しきちんと気にしていれば言わずにすんだかもしれない。

「そうですか。異世界から来たんですか…それは大変でしたね」
「まあ大変でしたけど、ハルっていう頼れる仲間も出来ましたし」

 さらりとそんな殺し文句を言わないで欲しい。そうか俺の事を頼ってくれてるのか。しみじみと言われた言葉を噛み締めながら聞いていると、カルツさんはどうやら遺品を家族に届けたいみたいだ。

 きちんと異世界人のアキトにも分かるように価値の説明をくわえつつ、何とか袋か中身どちらかを届けて欲しいとお願いする姿には好感が持てた。

 きっと全部まとめて届けると言い出すんだろうけど。そう思いながら見守っていれば、予想通りの言葉をアキトは言い放ち、カルツさんはまた固まった。



 しばらくしてから復活したカルツさんから聞き出した遺品の場所は、どうやら大きな木の上らしい。登るのは危なくないかと相談している間に、アキトは自信満々の様子で靴を脱ぎ捨てた。

「大丈夫、木登りなら自信がある」

 言い切ってから駆け出したアキトは、するすると器用に上まで登っていった。俺たちもすぐに後を追う。

「これかな?」
「はい、それです!」

 驚いたせいで落ちそうになった姿を見てしまった俺は、動揺のあまり思わずカルツさんに説教してしまった。

「カルツさん、アキトを驚かさないでください。落ちたらどうするんです」
「すみません、つい興奮してしまって」
「アキトは生身なんですから、気を付けてください」

 説教がひと段落して下を見ると、アキトは地面に辿り着いて靴を履いていた。

 ひょいっと木から飛び降りた俺たちに、アキトは手にした巾着を見せてくれた。

 この刺繍されている文様は領都でも有名なスラテール商会のものだ。思わず口にすると、カルツさんは嬉しそうに笑っていた。少なくともスラテール商会なら、店がつぶれている心配はない。すこしほっとしながら、俺たちは三人で湖を後にした。



 同行者が増えたおかげで何が良かったって、人目のある場所でも一人で喋りつづける必要が無くなったことだ。アキトが返事を出来ないのは仕方がないと分かっているが、さすがに一人でずっと話しつづけるのは精神的に疲れてしまう。

 カルツさんは行商からお店を持つ商人にまでなった人だけあって、話題も豊富だった。

 領都でのおすすめのお店や、隣国で手に入れた珍しい香料の話、粗悪品を売っているお店や盗品を横流している店の話までしてくれた。それが20年前の情報だとしても勉強になる話も多く、俺自身も楽しんで聞いてしまった。

 魔法の話になった時には、話を聞いていただけのアキトが浄化魔法を発動させるとは思ってもみなかった。魔力まで感知できるのかと聞かれた時は少し焦ってしまったが、何とか慌てずに答えることができたと思う。



 領都に辿り着いたのは夕刻だった。一番人が多い時間に辿り着いてしまったが、じわじわと大門が近づいてくる。

 アキトは緊張しすぎて、もはや挙動不審だった。このままだと別室行きだなとカルツさんと二人で覚悟してしまうほどだったが、列が進むにつれてアキトの様子が変わってきた。

 どうやら大門近くに立っていた衛兵に見惚れていたようだ。

 あとで聞いてみた所、びしっと立ってて揺るぎない感じが格好良かったらしい。それはもう憧れの視線で見つめすぎたせいで、衛兵からも笑顔を貰ってしまっていた。

 あれは衛兵に憧れるこどもへの優しさだと言うことは、アキトには言わないでいようと思った。


 
 宿はあっさりと決まった。安心安全の黒鷹亭だ。

 筋骨隆々の強面が営む宿屋だが、ああ見えてレーブンはかなり面倒見が良く、駆け出しの頃には特におすすめだ。それにこの宿には、鍵の中に最新型の魔道具が組み込まれている。防音結界が発動すれば、アキトも隣の部屋を気にせずに俺と話せるだろうと思ったのも理由の一つだった。

 見た目を教えなかったのは、ほんの悪戯心だった。アキトならあの見た目でも、いつも通りに対応するだろうと分かっていたのもある。

「なんだ、坊主どうした?宿か飯か?」
「宿をお願いします」
「おう、何日だ?」

 やっぱり期待通りのいつものアキトの対応だった。冒険者になりたくて来たと言えば、料金はあと払いで良いと言ってくれるのもレーブンの通常営業だ。

 防音結界のかかった部屋で魔道具の説明をしていると、なぜかアキトは一瞬つらそうな顔をした。あまりに寂しそうな顔にどうかしたかと聞こうとした時には、すでに表情を隠されてしまっていた。

「なあ、レーブンさんって冒険者に思い入れでもるのか?」
「ああ、彼もまた冒険者になるべく田舎から出てきたから、同じ境遇の若者に弱いんだよ」

 ごまかすような質問に答えているうちに、徐々にいつも通りのアキトに戻ってきた。あの寂し気な顔は、気のせいだったのか。

「ああ見えて面倒見が良くて、初心者に必要な事も聞けば教えてくれる」
「ああ見えてはひどくないですか?」

 カルツさんも空気を読んだのか、俺の軽口に笑って口を挟んでくれた。

「レーブンさんは引退前は銀級冒険者だった事もあって、今でも強いんですよ」
「だから、黒鷹亭に泊まっていると言うと、変な奴に絡まれたりしなくなるっていう利点もある」

 説明を聞いたアキトは、そりゃあの見た目で弱いわけないよねと、ようやく楽し気に心から笑ってくれた。
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