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22.カルツさん一押しのシチュー

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 俺が夕食に招待されることが決まった途端、息子さんは席を外した。そのままマリーナさんとお話しながら、店内で待たせてもらう。

「あの、この瓶の中身って」

 お高そうな瓶の中身が気になっていたので、世間話がてら聞いてみた。

「これはね、お肌の回復薬なんですよ」

 マリーナさんの説明によると、お肌のキメを整えてシミやしわも減らしてくれるんだって。まさに効果抜群の回復薬だ。母さんだったら、たとえ高額でも絶対に買うって言うだろうな。

「夢を叶えたんだな」

 しみじみとカルツさんが呟いた。マリーナさんは元々薬師さんなんだって。カルツさんがいた頃のスラテール商会はよろず雑貨店だったけど、今は女性に人気の化粧品店らしい。

「もっと女性むけに可愛い店名に変えたらなんて声もあったんですよ」

 ふふと笑ってくれるマリーナさんは、お婆さんだけど何だか可愛らしい。

「あの人の残してくれた名前だけは、絶対に変えたくなくてそのままにしていたんです」

 自分で開発した回復薬を売るという夢を、マリーナさんは叶えた。研究が成功して効果は抜群でもなかなか売れない時期もあったそうだ。

「入れ物にこだわり出してからやっと売れ初めましてね」
「頑張ってくれて、ありがとう…マリーナ」

 ああ、カルツさんの声がマリーナさんにこそ届けば良いのに。勝手にしんみりしていると、バタンと大きな音を立てて店のドアが開いた。

「おまたせしました!」
「ネオル!なんてドアの開け方ですかっ!」

 マリーナさんに速攻で怒られている息子さんは、両手で大きな籠を抱えていた。

「ごめん、手が離せなくて」
「…そうね、まあ仕方ないわね」

 客人は座っていてと言われたので待っていると、籠の中からは次々に料理が取り出されていった。

 色鮮やかなサラダに、大きめの籠に盛られた小さなパンの山、パリッと焼かれた皮まで美味しそうな鶏肉のグリル、チーズをかけて焼いてある野菜料理、最後に出てきたのはごろっと四角く切った肉と野菜が見えるビーフシチューだ。絶対に鶏肉と牛肉ではないけど。どの料理もすごくおいしそうだ。

 ていうか、その籠も魔道収納袋みたいなものだったんだ。普通の籠に入る量以上の量が、机の上に所せましと並べられた。

「これは、カルツが大好きだったレストラン、ポリッチェの料理なんですよ。どうせならこの料理を食べて頂きたくて」

 朗らかに笑って言ってくれるマリーナさんには悪いけれど、俺は思わずカルツさんの顔色を確認してしまった。ハルは大丈夫だったけど、食事風景を見るのは嫌だって霊もいるからだ。カルツさんはただ嬉しそうに笑っていた。

「ああ、相変わらず美味しそうだ。アキトさん、私のおすすめ試してみて下さいね」

 嫌がるというよりむしろ、今日散々説明した好物を俺に食べさせられるのが嬉しいみたいだ。ああ、カルツさんはあの湖にいたんだもんな。冒険者や旅人に人気のお昼ごはんスポットにずっといたんだから、それはもう慣れるしかなかっただろう。

「食べたことはありますか?」
「いえ初めてです」
「それは良かったです、ぜひ試してくださいね」
「おいしそうですね」
「あの変な事を言うと思われるかもしれませんが…その、父の遺品が帰ってきて、父も一緒に帰ってきてくれたような気がするんです」

 ネオルさんがぽつりと言った言葉に、マリーナさんもうんうんと頷いている。

 何も見えない人なら、そうですねと笑えた言葉だろう。でも返事を返せない俺の顔はひきつっていると思う。

 本当に一緒に帰ってきているし、あなたたちの間に立っていますよと伝えたい。伝えたいけれど、信じてもらえるか分からないし――いや違うな。俺はただこの力の異常さが周りにバレて、異端視されるのが怖いだけだ。思わず返す言葉に詰まってしまった俺に、カルツさんは笑いかけてくれた。

「アキトさん、無理に言う必要は無いんですよ。私はただここに帰ってこられただけで満足です」

 カルツさんは穏やかな声でそう言った。

「存在を知ったら、きっともう一度悲しむでしょう?こうして客人に話せる過去に、ようやく出来たんです。私はただ近くにいられるだけで良いんですから」

 続いた言葉に、思わず涙がじわりと滲んでしまった。カルツさんのご家族にも見られてしまったけど、共感の涙と思われたようで変な事を言ってすみませんと謝られてしまった。

「ほら、せっかくの美味しいシチューです。楽しんで食べてくれたらそれで良いんですよ」
「アキト、カルツさんもこう言ってるんだ、気にせず食べると良いよ」

 優しく笑ってくれた二人に背中を押されて、ようやく俺は並んだ美味しそうな料理に目線を戻した。
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