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20.スラテール商会

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 商会を目指して歩いているうちに、街中には明かりが灯り始めた。

 レンガ仕立ての道を、魔道具の暖かなオレンジ色の光が照らしている。ある程度の人通りがある道を選んでくれる二人のおかげで、迷うこともなくスラテール商会に辿り着いた。

「ああ、どれだけここに来たかったか…」

 ボソッと呟いたカルツさんの声に、胸が痛くなる。

「店はまだ開いてる時間だな、入って大丈夫だよ、アキト」

 ハルの言葉に従って店内に入っていくと、そこには高級そうな瓶が整然と並んでいた。何が入っているのかは分からないが、自分が場違いな事だけは分かった。ラフな服を来てふらっと高級店に立ち寄ってしまったみたいな気持ちだ。

 店員の男性は、明らかにこの店の客層とは違うだろう俺にも穏やかな笑顔をくれた。

「いらっしゃいませ」

 そんな所まで高級店なんだな。人の見た目で態度を変えるような安い店じゃないってことだ。店内を見渡してみても、客は俺しかいないみたいだ。ここで話しても良いんだろうか。カルツさんをちらりと見れば、口を押さえたままで頷いてくれた。

「あの、俺は冒険者でアキトと言います。湖のところでこれを拾ったんですが」

 正式にはまだ登録もしてないけど、分かりやすくするためにそう口にした。ハルは正解だと言いたげに頷いているし、カルツさんはまだ口を押さえている。

「知り合いに見せたらスラテール商会の物だと教えてもらったので」
「…っ!これはっ!す、すこしお待ちください。あ、よろしればあちらにお座りください」

 大慌てで走っていった店員さんを見送って、勧められた店の端にあったテーブルの椅子に座る。カルツさんは苦笑しながら話してくれた。

「あれは私の息子です。大きくなって」
「あ、やっぱり?目元と声が似てると思ってたんです」
「ふふ、ありがとうございます」

 コソコソと話していると、店員さんはお婆さんを伴って帰ってきた。ピンと伸びた背筋が印象的な、きびきびと歩く女性だ。

「マリーナ」

 感極まったように呟いた声で分かった。この人がきっとカルツさんの奥さんだ。向かい側に腰を下ろすと、お婆さんは深々と一礼してくれた。

「息子が失礼いたしました」
「あ、いえ」
「私はマリーナ、この店の店主をしております。ご用件をどうぞ」
「俺はアキトです。あの拾ったものを届けにきただけ、なんですが」

 言いながら、さっき受け取ってもらえなかった魔道収納袋をテーブルの上に置いた。

「触れてもよろしいですか?」
「どうぞ」

 というか早く受け取って頂きたい。お婆さんは震える指で袋に触れると、無言のままじっと見つめだした。商人さんだからきっと鑑定してるんだろう。裏の模様までじっくりと眺めてから、ふうと息をひとつ吐いた。

「間違いなく、我が夫カルツのものです」
「父さんの…」

 本人から委ねられた物なので、カルツさんのものなのは確定済だったんだけど、そんな事は言えないので神妙な顔で頷いておいた。

「確認できて良かったです、たしかにお返ししました」
「あの…中身は御覧になりましたか?」
「いいえ」
「なぜ中身も見ずに全て届けようと?」
「自分のものじゃないからですね」

 奥さんも息子さんも不思議そうな顔をしていて、会話が成り立たない。他に何て説明すれば良いんだろう。

「異国から来たって言って、拾ったらその人のものっていう考えが無い話をしてみたら?」

 ああ、そうかその前提が必要なんだな。ハルの提案に従って、まずはそこから説明してみた。

 異国から来た事。拾った人のものになるっていう考え方が自分の国には無い事。だから持ち主の家族が分かっているなら、届けるべきだと思った事。

「うちのものだと言ったお知り合いの方は何と?」

 息子さんの質問に、俺はあっさりと答える。

「俺が返したいなら返せば良いって言ってました。彼も中身は見ていません」
「何ともまあ変わった方に拾われましたね」

 お婆さんは面白そうに笑ってくれた。

「届けていただきありがとうございます」
「どういたしまして」

 用事は済んだし、帰ろうかなと立ち上がる。後はカルツさんがいつまでここにいれるかだけど、渡した時に消えなかったって事は、遺品を届けることじゃなくて家族と一緒にいたいって気持ちの方が心残りだったんだろう。それなら家族水入らずで過ごさせてあげたい。

「それでは」
「中身を御覧になりませんか?」
「え」
「せっかくですし」

 好奇心が無いわけじゃないので、正直見たい気持ちはある。ハルとカルツさんが頷いたのを見て、俺はもう一度椅子に腰を下ろした。
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