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12.またおいでという言葉

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 集会所から出てくると、ブラン爺さんが一人でベンチに座っていた。

「あれ、アックスさんの声がしたと思ったんですが」
「アックスなら、忘れ物を取りに行ったよ」
「なるほど」
「すぐ戻ってくるが、先にこれを渡して良いかの?」

 もちろんと返事を返すと、ブラン爺さんはベンチにおいていたカゴから服を取り出した。

「ちょっとばかし大きいかもしれんがな」

 まず渡された上の服は紺色のチュニックだった。

 胸元にはⅤ字の切り込みが入っていて、その周りにはつたと葉の模様がぐるりと刺繍されている。丈は尻がすこし隠れるぐらいの長さだ。腰のあたりには縫いつけられた腰ひもらしきものがついている。たぶん、腰の辺りをくくって留めるんだろう。シックな紺色に深緑の刺繍がすごく格好良い。

「恰好良いですね!」
「おや、気に行ったかね」
「はい、すごく!」
「下はこれだ」

 渡されたパンツは、丈夫そうなこげ茶色の布で縫われた細身のパンツだった。もっとだぼっとしたシルエットのが来るかと思ってたけど、これも着たら格好良いだろうな。

「わ、あの…こんな良いの良いんでしょうか?」
「もちろん、君のために用意したものだからな」
「ありがとうございます」
「どうだ、着替えてきたら」
「あ、じゃあちょっと失礼しますね」

 ブラン爺さんの勧めに従って室内に戻ると、ありがたく着替えさせてもらった。

「ハル、どうよこれ」

 着替えている間は律儀に壁の方を向いて立っていたハルに、着替え終わるなり声をかける。くるりと振り返ったハルはまじまじと観察してから口を開いた。

「ああ、似合ってる」

 お世辞かもしれないけど、誉められれば素直に嬉しい。ニコニコ顔で表に出れば、ブラン爺さんとアックスさんがそろっていた。

「ああ、良い感じだな」
「思ったより借り物感は無いな、サイズも良い感じだ」
「へへーありがとうございます」
「さて、ではまずナーパ草だが、5束で2500グル」

 ハルが言ってた通りの値段で引き取ってくれたんだ。こくこくと頷けば、ブラン爺も頷き返してくれた。

「次にジウプの実だが、こっちは10こで15000グルだ」
「え…あの…高すぎないですか?」

 ハルは10000グルって言ってたのに。不思議に思ってすぐに尋ねると、二人は面白そうに顔を見合わせてから笑った。

「安くて文句を言われた事はあるが、高くて文句を言われたのは初めてだな」
「あ、すみません、文句というか…」
「ミウナは体調がかなり悪くてな、冒険者ギルドに依頼しようかと思ってたんだ」
「あ、イワンが言ってました」
「そうか。ギルドに急ぎで頼むなら1こ2000グルは積まないと、素早い納品は望めない」

 2倍の値段で依頼をしないと、誰も納品してくれないってことか。何か困ってる人の足元を見てるみたいでちょっと嫌だ。

「冒険者の仕事は命がけだし、冒険者にも生活がある。すこしでも良い条件の仕事を受けようとするのは当然だ。急ぎなら報酬を上げるのが一番手っ取り早い」

 俺の表情から読み取ったらしいハルに、いつも通りの穏やかな声で諭された。

「だからの、わしらは必要な時に即座に手に入ったうえに、言い方は悪いがギルドに依頼するよりも安くすんどる」
「そうだぞ、アキト。村もお前も得ってことだ!」
「…分かりました。ありがとうございます」

 こどもに言い聞かすみたいに笑いながら説明してくれる二人に、これ以上食い下がっても仕方ない。しぶしぶ飲み込んだ俺に、ハルは隣で小さく笑った。

「それで良い。次この村が困っていたら優先的に依頼を受けてやれば良いよ」

 なるほど、ギルドに依頼が来る時は困っている時だから、俺が受ければ良いのか。恩返しができるぐらい強くならないとな。

「ではしめて17500グルじゃな」

 言いながらブラン爺さんはベンチの上に硬貨を並べていく。金貨1枚と銀貨7枚、銅貨5枚が並んだのを見て、俺はすかさず声を上げる。

「あの、服の値段と、昨日の食事と宿、今朝の食事の分を支払いたいんですが」

 ここでアピールしないと払わせてもらえないかもしれない雰囲気なんだもん。必死で主張したよ。

「その服はの、ミウナの旦那のオーブルが作ったんだ。手先が器用で、領都にも服をおろしてる奴なんじゃが」
「それはお礼の気持ちだから、何が何でも0グルで押し付けて来いって言われてるから、その金は受け取れない」
「え、でも」
「どうか受け取っておくれ、あいつは魔物と戦う術も無いのに、ジウプの実を求めて森に入る寸前だったんだ」

 戦う術が無いのに採取に行こうとしたって、よっぽど嫁さんが大事なんだな。ハルの誘導なしであの森に入って2時間歩いて採取、そして2時間かけて帰ってくる。そう考えると本当に命がけだ。

「今朝の食事は一緒に働いてくれた奴には、いつもふるまってるやつだしな」
「じゃ、じゃあ昨日の食事と宿賃ぐらいは受け取ってください」
「うーむ…しかしの」
「受け取ってもらえなかったら申し訳なさすぎて、またここに来れなくなります」

 無料で泊めてもらって、ごはんを食べてなんて申し訳なさすぎる。この村は気に行ったし、また堂々と訪れたい。ギルドでこの村からの依頼だって受けたいのに。必死でアピールし続ければ、二人は苦笑しながらもなんとか譲ってくれた。

「じゃあ銀貨2枚だけ受け取ろうかの」

 それでも宿泊相場ちょうどくらいしか受け取ってもらえなかったけど。

「あ、そうだ、これやるよ。さっき取りにいってきたんだが、俺のお古の財布だ」

 アックスさんのポケットから出てきたのは、使いこまれた質感の皮の財布だった。財布といっても、ファンタジー映画とかに出てきそうな小さ目の巾着袋だ。紐の先には小さな木製の玉がついている。

「財布落としたって言ってたからな、良かったら使ってくれ」
「良いんですか?」
「ああ、先に行っとくけど、これの金は受け取らねぇからな」
「ええー…」
「やっぱり払う気だったか」

 苦笑するアックスに促され、ベンチの上にある硬貨を財布に納めていく。金貨1枚と銀貨5枚、銅貨5枚。財布に納めて、なくさないようにしっかりと鞄の中にしまいこんだ。ブラン爺さんとはここでお別れだ。

「またいつでもこの村に来ておくれ」
「っ…ありがとうございます」

 この世界に来てから初めて訪れた最初の村。そこの住人からのまたおいでという言葉は、想像以上に俺の胸を温かくしてくれた。

 ホカホカした気持ちを抱えたまま、忘れ物がないかもう一度確認してアックスさんと連れだって村の入口へと向かう。

「アキトならいつでも歓迎するからな、本当にまた来いよ」
「はい、必ず。ありがとうございました」

 俺は見送ってくれるアックスさんに手を振って、ハルと一緒に村を出た。



「ハル、俺この村に来れて良かった」
「そうか」
「また来いって言ってもらえる場所ができるのって嬉しいんだな」
「そうだな、また来よう」

 例え一人になっても絶対にまた来るつもりだけど、うん、またハルと一緒にこの村に来られると良いな。しみじみそう思いながら、俺は村の方角を見返した。
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