上 下
5 / 15

婚約破…棄…?

しおりを挟む
クラーク伯爵令嬢は、卒業パーティーで婚約破棄されるらしい。

 そんな噂を聞いた時には、ああついにと思ってしまいました。

 マシュー様とはあれから一か月の間、一度もしっかりとお会いしていません。ちらりとお姿をお見かけしたことはありましたが、その時はだいたいエミリーさんと一緒でした。講師として就任されてからも欠かさず届いていた、2週間に一度のお手紙すらも来なくなりました。

 マシュー様を信じたい気持ちはありますが、状況がそれを許してくれません。

 ですから今日、私は婚約破棄される事を覚悟した上で、この夜会に参加しています。友人には参加しなくて良いと言われましたが、逃げるような真似だけはしたくなかったのです。

 もし婚約破棄を宣言されたら素直にそれを受け入れて、最後に一言、心からお慕いしておりましたとだけ自分の気持ちを伝えて、颯爽とこの場を去ろうと思います。

 そして寮の自室に帰ったら、メイドが用意してくれている筈の甘いものを気が済むまで食べて、泣きながら眠るつもりです。

 決意を新たにしながら周りを見渡せば、警備の騎士様の中に見知った顔がいくつかありました。マシュー様の部隊の隊員の方達ですが、今日は目が合うと。さっと目線を逸らされてしまいます。

 ああ、婚約破棄の件はこの方たちも知っているんですね。

 いつもなら朗らかに笑みを浮かべたり、会釈をしてくれる隊員さん達の態度に胸がしくりと痛みました。

 ざわりと卒業パーティーの会場にどよめきが起き、ダンスのために流れていた音楽がぴたりと止まりました。

 階段を降りてきたのは第一騎士団の礼服を身にまとったマシュー様と、淡いオレンジ色のドレスを着こなしているエミリーさんです。相変わらず、エミリーさんはマシュー様の腕にしがみついています。

 私とエミリーさんを見比べる視線。
 憐れむような視線。
 面白いことになったと好奇心に満ちた視線。
 エミリーさんの態度に嫌悪を露わにした視線。

 様々な視線を一身に浴びながら、私は何も言わずに、マシュー様をじっと見つめます。ああ、騎士団の公式行事用の礼服に身を包んだマシュー様は、今日も格別に格好良いです。略式の制服も似合ってますが、こちらは別格です。しっかりと目に焼き付けておきましょう。

「リナティエラ・クラーク嬢、話がある」
「はい、承ります」

 そっと腕を振りほどかれたエミリーさんは、マシュー様の後ろに立って、勝ち誇ったような顔でこちらを見つめています。

「私、マシュー・ハワード伯爵令息は、リナティエラ・クラーク伯爵令嬢…」

 ああ、マシュー様を信じたい気持ちでこんな所まで来てしまいましたが、本当に婚約破棄されてしまうのですね。涙だけは絶対に見せられません。ぐっと手に力を入れました。私にだって、令嬢として育った意地があります。破棄を受け入れて、お慕いしておりましたとそう伝えてから、颯爽とこの場を去ってみせます。

「を、心から愛しています」

「は?」
「え?」
「ん?」

「…マ、マシュー様?」
「私は、騎士としての魂に誓って、あなただけを、心から愛しています」

 騎士としての魂に誓ってというのは、騎士にとって最大級の誓いの言葉です。物語の中にも出てくる憧れの言葉として有名で、一度でも良いからその言葉を言ってもらいたいという女性は沢山いると思います。なんて現実逃避をしていた私の脳に、やっと先ほどの言葉が届きました。

 ブワッと顔に熱が集まります。きっと私の顔は果実のように真っ赤になっているでしょう。

「マシュー様?あの一体?」
「あなたは?不安にさせてしまったのはわかっていますが…あなたのお気持ちを聞かせて頂けませんか?」
「わ、私も、心からお慕いしております」

 苦しそうなお声に、思わず即答で答えてしまいました。

「……よかった」

 そのままぎゅっと抱きしめられて、さらに体温が上がりました。騎士様達が手を叩き出した事で、不思議そうにしながらも周りからも拍手が沸き起こります。

 一体何がどうしてこうなったのか、マシュー様の行動の意味もわかりません。

 それでも、ああ、恥ずかしいけれど、幸せです。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」  無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。  ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。  だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。 「———えぇ、いいわよ」 たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

婚約破棄? 私の本当の親は国王陛下なのですが?

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢として育ってきたウィンベル・マリストル、17歳。 サンセット・メジラマ侯爵と婚約をしていたが、別の令嬢と婚約するという身勝手な理由で婚約破棄されてしまった。 だが、ウィンベルは実は国王陛下であるゼノン・ダグラスの実の娘だったのだ。 それを知らないサンセットは大変なことをしてしまったわけで。 また、彼の新たな婚約も順風満帆とはいかないようだった……。

両親から溺愛されている妹に婚約者を奪われました。えっと、その婚約者には隠し事があるようなのですが、大丈夫でしょうか?

水上
恋愛
「悪いけど、君との婚約は破棄する。そして私は、君の妹であるキティと新たに婚約を結ぶことにした」 「え……」  子爵令嬢であるマリア・ブリガムは、子爵令息である婚約者のハンク・ワーナーに婚約破棄を言い渡された。  しかし、私たちは政略結婚のために婚約していたので、特に問題はなかった。  昔から私のものを何でも奪う妹が、まさか婚約者まで奪うとは思っていなかったので、多少驚いたという程度のことだった。 「残念だったわね、お姉さま。婚約者を奪われて悔しいでしょうけれど、これが現実よ」  いえいえ、べつに悔しくなんてありませんよ。  むしろ、政略結婚のために嫌々婚約していたので、お礼を言いたいくらいです。  そしてその後、私には新たな縁談の話が舞い込んできた。  妹は既に婚約しているので、私から新たに婚約者を奪うこともできない。  私は家族から解放され、新たな人生を歩みだそうとしていた。  一方で、私から婚約者を奪った妹は後に、婚約者には『とある隠し事』があることを知るのだった……。

いちゃつきを見せつけて楽しいですか?

四季
恋愛
それなりに大きな力を持つ王国に第一王女として生まれた私ーーリルリナ・グランシェには婚約者がいた。 だが、婚約者に寄ってくる女性がいて……。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

婚約破棄とのことですが、あなたは既に詰んでいますよ?

マルローネ
恋愛
コルデン・バウム伯爵と婚約したローズ・ハノイ子爵令嬢。 コルデンの身勝手な理由による婚約破棄を受けてしまった。 しかし、そこに現れたローズの家族により反論されてしまい……。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

処理中です...