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24.家族の本音

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 数日後、私たちはグレイス侯爵家の応接室の前にいた。ここまで案内してくれた執事は、今日は人払いがされているのでと私たちをその場に残して去っていった。後はドアを開けるだけで、家族に会える。

「緊張してきた…」
「頑張って、ほら、開けるよ」

 アルフはいつまでも動こうとしない私の代わりに、そっとドアを開いた。止める間もなかった私の前でドアが開いていく。最初に穏やかな笑みを浮かべたお父様が見えた。次に見えたのは背筋をぴんと伸ばしたお母様の姿だ。マックス兄様とビックス兄様は、すっかり貫禄のある騎士様になっていた。

「…っ、ただいま帰りました」

 何とかその言葉だけは搾りだしたけれど、久々の家族の顔が涙で滲んでしまった。

「ああ、トリン。おかえり」
「やっとあなたに会えたわ、綺麗になって」
「トリン、つらかっただろう?」
「俺たちも会えなくてつらかったよ…本当に大きくなったな」

 口々に話しかけてくれる優しい声を聞きながら、私はそっと腕輪に指先で触れた。きちんと腕輪がはまっている事を確認すれば、すこしだけ気持ちが落ち着いた。

「君がアルフ君だね、今日はありがとう」
「いえ、グレイス侯爵家の皆様には、事前に僕のスキルは伝えてありますが…本当によろしいでしょうか?」

 そう念のため確認をするアルフは、いつも以上にきりりとして見える。

「ああ、もちろんだ」

 父の言葉に全員が頷くのをきちんと確認して、アルフは私を振り返った。私も小さく頷きを返せば、アルフは全員に見えるようにゆっくりと腕輪を外した。

「これはスキル封じの腕輪です」
「ああ、トリンが付けているものと同じものだね」

 興味深そうに腕輪を見ていた私の家族に説明すると、アルフは私をちらりと見た。そうだ、ここからは私の言葉で言わなくちゃ。

「私ずっと謝りたかったの…皆の意思を曲げてごめんなさい」
「そんなことはない!」
「そうよ、そんなことないわ!」
「いいえ、私のスキルは思うままに人を操ることができるものなの。たくさんわがままだって言ったし、その全てを叶えてもらった」

 私はそこは譲れないし、優しい家族も否定の言葉しか言わなくなってしまった。このままじゃ、ずっと平行線だ。

「例えば、どんなわがままを言ったの?」

 突然のアルフからの質問に、私は何とか声をふり絞った。

「一緒に食事がしたいって言ったら、忙しいお父様とお母様まで朝食にいたの。しかも何回もよ」

 お父様が口を開くよりも前に、アルフが口を開いた。手のひらでお父様を指し示しているということは、お父様の心の声なんだと思う。

「幼い我が子に一緒に朝ごはんが食べたいなんて、そんな可愛いことをおねだりされたら、仕事なんて放棄するに決まってるだろう!」

 お父様は一瞬だけ驚いた顔でアルフを見つめていたが、私に向かってこくこくと頷いてみせた。

「小さい頃は、よくお菓子もねだっていたし」

 今度はアルフの手のひらが、お母さまの方を指し示した。

「旦那様も息子たちもあまいものが苦手だから、やっと一緒に楽しんでくれる子だって、むしろよろこんで手に入れたわ!私も食べられて幸せだった!」

 お母様は、こくこくと頷いて心の声に同意を示している。

「絵本なんて国中から探させたわ」

 アルフの手はマックス兄様を指す。

「絵本が欲しいなんてこどもらしい可愛いおねだりだろ!俺なんて絵本で出て来た伝説の剣が欲しいって言って父上を困らせた事があるぞ!」

 マックス兄様は照れくさそうに笑いつつも、確かにそう考えていたと頷いてみせた。

「虹もよく出してって言ってたわ」
「虹見てる時のトリンってすっごく嬉しそうで可愛かったから、俺も水魔法が使えれば良いのにってずっと思ってた!父上、ずるい!」

 ビックス兄様の心の声には、何故かマックス兄様とお母様まで一緒になって頷いていて、隣でお父様はすごく自慢げな顔だった。

「でも水の魔石は…」
「ああ、そうだった。あれは素晴らしく役に立ったんだよ!」

 アルフが口を開く前に、お父様が話し出した。

「役に立った?」

 無駄なものを買わせてしまったと反省して、寮に入る時には家に置いていった。少しでもお金が返ってきたら良いと思って、売却してくださいと手紙まで付けた。それが役に立った?

「あの魔石を手に入れてから1年半ぐらい後、隣国サリマードでドラゴンの暴走による大規模な森林火災が起きたんだ」
「手を尽くしても消し止められず、サリマードは全ての国へ向けて援助を求めたの」

 サリマード王国は地形と気候を活かした農業が盛んで、各国に常に食料を輸出している豊かな国だ。

 ここで恩を売っておけば、有事の際に優先してもらえるようになるだろう。国の上層部で行った会議では、水のスキルの第一人者でもある魔術師団長の父に、何とかできないかと話が来たらしい。

「私のスキルでも、さすがにドラゴンの炎を消し止めることは無理だと、最初はそう思ったんだよ」
「そこであの水の魔石の出番よ」

 魔術師団の水魔法が使える全員分の魔力を、その魔石で増幅してから一気に放ったらしい。魔石にそんな使い道があるなんて知らなかった。

 無事に消し止めることはできた上に、他国からは称賛され、隣国からは国へのお返し以外にもしっかりとお礼が贈られてきたそうだ。

「あの時の魔石は残念ながら割れてしまったけれど、破片は買った時の2倍くらいの値段で買いとってくれたよ」

 嘘みたいな話に思わずアルフを見ると、微笑みながら手のひらでお父様を指す。

「全部本当のことだ!信じてくれ、トリン!」

 必死な顔で頷くお父様は、確かに嘘を言っているようには見えなかった。

「あの一件以降、隣国へ行く時は、私たちが同行することが多くなったのよ」

 穏やかにそう話すお母様に、そういえば宰相様と将軍様が、両親は隣国に行っているといってたなと思い出した。

「で、でもバラは?」

 あの庭師の人には、確実に私の力を使っていたと思う。ここにはいないけれどと口に出せば、ビックス兄様とマックス兄様が笑い出した。

「むしろいつもこどもに怖がられる俺に、お嬢様が話しかけてくれたーっ!てあれから数週間はうるさかったぐらいだよ」
「何ならいつトリンが帰ってきても良いようにって、うちの庭にはあれからバラが増えたくらいだぞ」

 アルフに視線を向ければ、小さな頷きがかえってきた。これも本当の事なんだ。

「でも、アンリの指輪は…」
「結局受け取らなかっただろう?」

 お父様はそう言うと、私の頭をぽんぽんと撫でた。小さな頃から大好きだったあの優しい撫で方だ。

「あの時、スキルに悩むトリンに気づけてさえいれば、もっと出来ることがあったのに自分が情けないって随分悔やんでいたわ」

 お母様がそう教えてくれた。アンリはその恋人と結婚したらしく、今は出産休暇を取っているそうだ。アンリ、あの時の恋人とうまくいったんだ。

「じゃ、じゃあ…」

 アルフは腕輪を嵌めながら、笑って言った。

「トリンに操られていたわけじゃなく、グレイス侯爵家の人達は、ただトリンに甘いだけの人たちなんだね。家族が大好きなトリンにそっくりだ」

 その言葉に、私は涙をこらえきれなくなった。ぽろぽろと泣き出してしまった私を、お母様が優しく抱きしめてくれる。

「そうだな。操られたのは、多分研究所に行きたいって言い出した時と、研究所から帰れと言われた時ぐらいだと思うぞ」

 冷静に分析していたらしいお父様が、突然そんなことを言い出した。兄様達はトリンが泣いてる時に、何を言い出すんですかと怒り出す。お母様は呆れた顔で、それを眺めている。いつものグレイス侯爵家の風景だ。

「良かったね、トリン」
「うん、ありがとう、アルフ」

 涙を拭って、私は満面の笑みを浮かべた。
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