15 / 25
15.疑い
しおりを挟む
初のおでかけから数日、私は所長室へ向かって廊下を進んでいた。用事があって自分から出向くことはあっても、所長室に呼び出されたのはこれが初めての事だった。
部屋の中にいたのは、ギルベルト所長とジェシカさんの二人だった。二人とも見たことがないぐらい困った顔で、机の上にある手紙を見つめていた。
「どうしたんですか?」
暗い空気を気にしながらもゆっくりと机に近づいた私は、そこで一通の手紙を見つけて思わず固まってしまった。手紙の封蝋は、国民なら誰もが知っている王家の紋章だ。
「トリン、落ち着いて聞いて欲しいんじゃが」
「はい」
王家からの手紙を前に、この困った表情。嫌な予感がひしひしとした。
「トリンと同じ魅了スキルを、悪用している者がいるようなんじゃよ」
「この手紙によると、お店から支払いせずに物を奪ったりしたみたいなのよ」
「…魅了スキル…私じゃありません…」
先日、アルフと二人でおでかけをした後だけに、思わずそう言ってしまった。研究所にこもっている時なら、身の潔白は保障されたかもしれないのに。どうしようと考えていると、所長とジェシカさんは揃って苦笑した。
「同じ魅了スキルと言ったじゃろ?最初からトリンを疑ってはおらんよ」
「そうよ、そんなこと、あなたがするわけないもの!」
あっさりと信じてくれたことに、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ただいくらわしらがトリンを信じていても、この研究所の外の奴らまで信じてくれるとは限らんじゃろ?」
「はい、それは分かります」
「それでーそのー」
何故か言い淀んだギルベルト所長は、顔色を伺うようにちらりと私を見た。
「怒らないで聞いて欲しいんじゃが…この前のアルフと二人での外出の時にーそのー護衛をつけておったんじゃよ」
「…え?」
申し訳なさそうにしながらも、ギルベルト所長は続けた。
外に慣れていて剣も使えるとはいえ、まだ若いアルフ。防御魔術が使えるとはいえ、外に不慣れなトリン。そんな二人だけで行かせるのは、危険だと思ったのだと。
出掛けることを制限はしたくないが安全には配慮したかった所長は、二人を守れる力のある人に護衛を頼んだ。
それが元魔術師団員のジョー先生と、元騎士のトムさんだったらしい。
え、じゃああの色々お話しながら買い物をしていた所とか、初めての買い食いをしていた所とか、アルフにネックレスを買ってもらった所とか、トムさんお勧めのお店で美味しいと連呼していた所とか、二人でお土産に何を買うか悩みに悩んだ所とか、全部ジョー先生とトムさんに見られてたって事ですか。
全く気づいていなかったけれど、あの浮かれた私を見られていたなんて恥ずかしすぎる。一気に頬に熱が集まった。きっと真っ赤な私に、所長は苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろん声が聞こえない程度の距離は保つように言ってあったから、そこは安心して良いからのう」
「真っ赤ねー何があったのか気になるわー」
「やめんか、ジェシカ!若者をからかうでないわ!」
私が落ち着くのを待って、ギルベルト所長は教えてくれた。
魅了スキルと思われる被害を受けた店は私たちが訪れた裏通りの店ではなく、王都の表通りの店ばかりだったそうだ。
「表通りには一切行っていないって二人分の証言付きで提出しておいたから、トリンはもう外の人にも疑われてないわ」
「お二人は私のために、わざわざ証言して下さったんですね」
この場合の証言は、どちらかというと取り調べに近いと思う。以前本で読んだものだと、二人別々の部屋で、証言に矛盾が無いか取り調べられるものだ。
「安心して良いぞ。ただの偶然じゃったが、元魔術師団員と元騎士という肩書も役立ったからのう」
そういった所長は悪い顔で笑った。
「後でお礼を言ってきます」
「うむ。ではわしとあの二人には…その、怒っておらんかの?」
「恥ずかしいですけど、おかげで助かりました」
「ああ、良かったわい」
「はいはい、良かったですね。それでね、ここからが厄介なんだけど」
そうだ。疑いがかかってそれが晴れただけだったら、あんな顔はしない。思わず身構えた私に、ジェシカさんは苦笑しながら続けた。
「あのね、犯人が分かったら証拠集めをするんだけど、その前に騎士の中に耐性持ちがいないか試したいって言うの」
「その申し出を受けるか受けないか、トリンに決めて欲しいんじゃよ」
部屋の中にいたのは、ギルベルト所長とジェシカさんの二人だった。二人とも見たことがないぐらい困った顔で、机の上にある手紙を見つめていた。
「どうしたんですか?」
暗い空気を気にしながらもゆっくりと机に近づいた私は、そこで一通の手紙を見つけて思わず固まってしまった。手紙の封蝋は、国民なら誰もが知っている王家の紋章だ。
「トリン、落ち着いて聞いて欲しいんじゃが」
「はい」
王家からの手紙を前に、この困った表情。嫌な予感がひしひしとした。
「トリンと同じ魅了スキルを、悪用している者がいるようなんじゃよ」
「この手紙によると、お店から支払いせずに物を奪ったりしたみたいなのよ」
「…魅了スキル…私じゃありません…」
先日、アルフと二人でおでかけをした後だけに、思わずそう言ってしまった。研究所にこもっている時なら、身の潔白は保障されたかもしれないのに。どうしようと考えていると、所長とジェシカさんは揃って苦笑した。
「同じ魅了スキルと言ったじゃろ?最初からトリンを疑ってはおらんよ」
「そうよ、そんなこと、あなたがするわけないもの!」
あっさりと信じてくれたことに、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ただいくらわしらがトリンを信じていても、この研究所の外の奴らまで信じてくれるとは限らんじゃろ?」
「はい、それは分かります」
「それでーそのー」
何故か言い淀んだギルベルト所長は、顔色を伺うようにちらりと私を見た。
「怒らないで聞いて欲しいんじゃが…この前のアルフと二人での外出の時にーそのー護衛をつけておったんじゃよ」
「…え?」
申し訳なさそうにしながらも、ギルベルト所長は続けた。
外に慣れていて剣も使えるとはいえ、まだ若いアルフ。防御魔術が使えるとはいえ、外に不慣れなトリン。そんな二人だけで行かせるのは、危険だと思ったのだと。
出掛けることを制限はしたくないが安全には配慮したかった所長は、二人を守れる力のある人に護衛を頼んだ。
それが元魔術師団員のジョー先生と、元騎士のトムさんだったらしい。
え、じゃああの色々お話しながら買い物をしていた所とか、初めての買い食いをしていた所とか、アルフにネックレスを買ってもらった所とか、トムさんお勧めのお店で美味しいと連呼していた所とか、二人でお土産に何を買うか悩みに悩んだ所とか、全部ジョー先生とトムさんに見られてたって事ですか。
全く気づいていなかったけれど、あの浮かれた私を見られていたなんて恥ずかしすぎる。一気に頬に熱が集まった。きっと真っ赤な私に、所長は苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろん声が聞こえない程度の距離は保つように言ってあったから、そこは安心して良いからのう」
「真っ赤ねー何があったのか気になるわー」
「やめんか、ジェシカ!若者をからかうでないわ!」
私が落ち着くのを待って、ギルベルト所長は教えてくれた。
魅了スキルと思われる被害を受けた店は私たちが訪れた裏通りの店ではなく、王都の表通りの店ばかりだったそうだ。
「表通りには一切行っていないって二人分の証言付きで提出しておいたから、トリンはもう外の人にも疑われてないわ」
「お二人は私のために、わざわざ証言して下さったんですね」
この場合の証言は、どちらかというと取り調べに近いと思う。以前本で読んだものだと、二人別々の部屋で、証言に矛盾が無いか取り調べられるものだ。
「安心して良いぞ。ただの偶然じゃったが、元魔術師団員と元騎士という肩書も役立ったからのう」
そういった所長は悪い顔で笑った。
「後でお礼を言ってきます」
「うむ。ではわしとあの二人には…その、怒っておらんかの?」
「恥ずかしいですけど、おかげで助かりました」
「ああ、良かったわい」
「はいはい、良かったですね。それでね、ここからが厄介なんだけど」
そうだ。疑いがかかってそれが晴れただけだったら、あんな顔はしない。思わず身構えた私に、ジェシカさんは苦笑しながら続けた。
「あのね、犯人が分かったら証拠集めをするんだけど、その前に騎士の中に耐性持ちがいないか試したいって言うの」
「その申し出を受けるか受けないか、トリンに決めて欲しいんじゃよ」
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。


処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~
キョウキョウ
恋愛
前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。
そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。
そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。
最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。
※カクヨムにも投稿しています。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる