【完結】トリン・グレイスは、自身の魅了スキルを嫌悪する

根古川ゆい

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8.魔術と初恋

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 アルフと一緒に食堂で昼食を食べていた私は、突然音を立てて開いた食堂の扉に、びくっと体を揺らした。食堂にいた全員の視線が、自然と扉へと集まる。

「こらジョー、もっと丁寧に開けろよ!俺の料理にほこりが入るだろーが!」

 音にも怯まずに即座に叫んだのは、料理人のトムさんだった。

「すまん、緊急事態だ」
「どうした?」
「トリン!」

 突然呼ばれた名前に、私はもう一度体を揺らした。一体何事だと周りも注目するなか、ゆっくりと私のテーブルの側まで歩いてくると、ジョーさんはおもむろに口を開いた。

「トリン!研究所から1年も出ていないと言うのは本当か?」

 この一年、誘われてもずっと断り続けていたから、私が外に出ないことはもう研究所のほとんどの人に知られている。でもこの様子だと、多分ジョーさんはさっき知ったばかりなんだろう。

「ジョーさん、それは理由があって…」
「アルフ、大丈夫だから」

 かばってくれようとしたアルフにお礼を言ってから、ジョーさんに向き直る。この人はお父様の事を尊敬していると言ってくれた。無表情でクールだけど、怖くないって知ってる。だから、素直に答えることができた。

「本当に家にも帰らず、ここからも出ないつもりか?」
「このスキルを制御できるようになるまでは、絶対に出ません」

 そう断言すると、ジョーさんはしばらく私と見つめ合ってから、ふうとひとつ息を吐いた。

「トリン…魔術に興味はあるか?」
「?ありますけど、本を読んでも発動できなかったので」

 私に属性スキルは無いけれど、属性スキルはあれば威力と精度が増すというだけだ。スキルが無くても魔術を使う事はできる。きちんと知識を持ち、魔力さえ練り上げられれば発動するものだ。そう、理論上は。

「よければ、空き時間に俺が教えてやろう」
「いいんですか!?」
「ああ、君の父上の許可も取ってからになるがな」
「父の?」
「勝手に教えてしまっては、気絶するまで水球の中に閉じ込められるだろうからな」

 真面目な顔をして、そんな冗談を言うから思わず笑ってしまった。ジョーさんはすぐにお父様と連絡を取ると言うと、そのまま食堂から出ていった。

「トリンは魔術を勉強するんだね」

 私たちのやりとりを間近で見ていたアルフは、そう言って笑ってくれた。

「うん、すごく楽しみ!」
「僕も負けないように、トムと剣術頑張らなきゃなー」

 さらりと続けられたアルフの言葉に、ちょうど近くのテーブルに配膳に来ていたトムさんを、まじまじと見つめてしまった。美味しい料理を作る料理人さんなのに、なんで剣術?聞き間違いかなと考えていると、トムさんが苦笑しながら教えてくれた。

 トムさんは元々は騎士だったらしい。当時、騎士団寮の食事は持ち回りで作るものだったが、その食事があまりにひどくて料理の勉強を始めたら、そのまま料理の奥深さにはまってしまった。

 信用できる料理人が欲しかったギルベルト所長に誘われてここにいるけど、今でも体は鍛え続けてるんだって。説明を終えたトムさんは、忙しそうに厨房の方へと戻っていった。

 騒ぎも落ち着いて、みんなそれぞれ食事を再開しはじめている。のんびりとしたいつもの食堂の雰囲気を楽しんでいると、アルフが口を開いた。

「ねぇ、トリンってすごいよね」

 ぽつりとこぼれたその言葉に、私は目を大きく見開いた。突然すぎて、一体何の話かも分からなかった。

「魅了スキルを使ってラクをしようって思わないとこ」
「そうかしら?」

 ラクをしようと思ったことはなかったけれど、幼いころからこのスキルを無意識に使っていたのにと思うと、アルフの言葉を素直に受け取れなかった。肯定しなかった私に、アルフは続けて言った。

「だってスキルに気づくなり自分の意志でここに来たんでしょう?」
「まあそうだけど」
「周りの事を考えて、制御できるまで出ないって決めてるとこも、本当にすごいよ」
「そ…そうかな?」

 そんなに誉められると照れてしまう。

「僕はトリンを尊敬する」

 あの綺麗なバラ色の瞳を細めてふわっと微笑みながら、アルフはそう言ってくれた。

「あ、ありがとう」

 そんな風に言われたのは初めてだ。胸がドキドキと高鳴って、頬が赤くなった。

 私はこの時、初めて恋に落ちたんだと思う。
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