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6.お手伝い

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 まずはこの研究所に慣れて欲しいからと自由時間をたっぷりと与えらえた私は、全員の名前をきちんと覚えることから始めた。アルフが手伝ってくれた一覧を見ながら、名前を覚えていく。大人は26人、子どもは2人で、計28人も所属しているので、一通り覚えるだけでも大変だった。

「名前だいたいは覚えられた?」
「うん、だいたい…なら」
「よし、じゃあ僕と一緒に皆の様子を見に行こう」

 アルフに連れられて歩いていると、廊下にいた人が声をかけてくれる。慣れた様子で自分の名前をもう一度名乗ってくれる人ばかりだった。

「アルフにトリン。こんにちは、なにしてるの?」
「皆のことを教えつつ、案内してたんだ」

 朗らかに笑うこの女性は、覚えている。歓迎会の時にも優しい笑顔で、手作りだという焼き菓子を持ってきてくれた、メルさんだ。

「メルさん、こんにちは」
「まぁ、覚えてくれたのね!嬉しいわ!」
「焼き菓子美味し…かったから」

 折角喜んでくれたのに、覚えていた理由がこれではがっかりされるんじゃないかと心配になってくる。少しずつ小さくなる声に、メルさんは満面の笑みで答えてくれた。

「まあ、嬉しい!お菓子作りは私の趣味なのよ!」
「メルさんは器用だから、手芸の小物なんかを作って販売してるんだよ」
「販売って?」

 詳しく話を聞いてみると、どうやら王都にはこの研究所がこっそりと所有しているお店があるらしい。販売しているのはスキルを活かして作られた魔道具や、手芸品、工芸品、食べ物と種類も豊富で、なかなかの人気店なのだそうだ。

「お店で販売してる人たちからは、たまにお手伝いも頼まれるんだ」

 お手伝いといっても難しいものではなくて、掃除とか整頓、軽い荷物を運んだり、簡単な作業の補助ぐらいのものらしい。お給料もきちんと出すからねとメルさんは笑って教えてくれた。

「トリンちゃんも良かったら手伝ってね」
「はい、ぜひ」

 楽しそうだし、お給料が貰えるのは正直嬉しい。家族から送られてきたお金は、何となく使いにくくて手を付けずにしまい込んである。

 侯爵家ではしたことが無い事ばかりだから、難しい時も失敗した時もあったけれど、周りに助けられて私は何とかお手伝いに慣れていった。



 ここに来てから数か月が過ぎたある日、一人で廊下を歩いていた私は、突然呼び止められた。

「トリン、君にすこし聞きたい事があるんだが、今良いか?」

 そう言ったのは、研究員のジョーさんだった。無表情で眼鏡をかけた、長身の男性だ。属性スキルが研究分野の彼は、私とは全く接点も無く、二人だけで会話するのは初めてだった。

「はい、なんでしょう?」
「その…あー…君の家族の話なんだが大丈夫か?」
「え…はい」

 家族と言われ、一体何を聞かれるのかと咄嗟に身構えてしまった。

「すまない。君の本名を…知ってしまったんだ」
「はい」

 自分からはただのトリンと名乗るとはいえ、研究員の人なら本名が書かれた書類を目にすることもあるだろう。素直に納得して頷き続きを促すと、ジョーさんは突然大きな声で言った。

「君のお父上は!俺の憧れの人なんだ!」
「え…?」

 あまりに予想外だったから思わず漏れただけの声に、ジョーさんはいつもの無表情が嘘みたいに慌てながら教えてくれた。

 自分はかつては魔術師団に所属していたこと。当時の仲間には自分も含め属性スキル持ちが多く、空き時間を使っては情報を集めたり、分析したりしていたこと。その流れでギルベルトさんに勧誘されてここにきたこと。

 当時から、父に憧れていない魔術師を探す方が難しいという程、魔術師団では人気があるということ。

「その…それでだな…もし良ければだが、君のお父上が水魔法を使うのを見たことはないかと聞きたかったんだ」
「あ、はい。あります」
「あるのか?どんな時にどんな風に使っていたのかを教えてもらえないか」

 父の事を誉めてくれるジョーさんになら、あの虹を作ってくれた時の話をしても良いかなと思ったが、口を開く前にギルベルト所長に止められてしまった。

「そこまでじゃ、ジョー。おぬし…また暴走したのう?」

 呆れた顔のギルベルト所長に、ジョーさんは勢いよく詰め寄った。

「かなり貴重な情報なんですよ!!」
「よーく考えろ。勝手に愛娘から情報を搾りだしたなんてことになったら、あやつは…どうするかの?」

 ギルベルト所長の言葉に、ジョーさんの顔色が一気に悪くなった。優しい父なら、自分を慕う元部下のことを怒ったりしないと思うんだけど。

「…止めて頂き、心から感謝致します」
「うむ」

 ジョーさんはそれから本当に私に父の事を聞かなくなったけれど、会えば挨拶をする程度には顔見知りになっていた。
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