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3.お願い
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家族にお願いをした数日後、私は両親と共にスキル研究機関の前に立っていた。この研究所はかなりの敷地を有しているようで、どこまでも真っ白な壁が続いている。
受付にいた綺麗な女性に両親が名乗ると、すぐさま立派な応接室へと案内された。
「ここまでは外部の方でも入室できますので、ご安心を」
そう笑顔で説明してくれた女性は、私たちの前に飲み物を出してから部屋を後にした。暖かいミルクティーが、緊張していた体を温めてくれる。ふうと思わず息が漏れた。
「おまたせしましたな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、白衣を着た優しそうなお爺さんだった。真っ白な長いひげがすごく似合っている。
「お久しぶりですな、グレイス侯爵殿、シャルロッテ様」
「お久しぶりです、ギルベルド老師」
「ご無沙汰しております」
笑顔で名前を呼ぶお爺さんは、どうやら両親とは顔見知りのようだ。大人達の挨拶が終わるのを静かに待っていると、不意にお爺さんの視線が私に向いた。
「はじめまして、わしが所長のギルベルトじゃ」
「はじめまして、トリン・グレイスです」
「手紙をありがとう」
「こちらこそ、お返事をありがとうございました」
朗らかに笑ってくれた所長さんは腰を下ろすと、真剣な顔で私たちを見回した。
「早速じゃが、話を聞こうかの」
「私にも何が何だか分からないんですよ」
「トリンが急にスキルがあるかもしれないと言い出したので、連れてきたんですが…」
困惑した様子の両親をちらりと見てから、所長さんは私を見つめる。
「はい…あの…」
「どんな事が起きるんじゃ?」
手紙で詳細を知っているからか、所長さんは促すようにそう聞いてくれた。
「私の願い事は何でも叶ってしまうんです」
両親は目を見開いてこちらを見ていた。その驚き方からして、二人は全く気づいていなかったんだ。
「何でもとは?」
最初はほんのわがまま程度だった。一緒の食事にお菓子、絵本、虹に練習の見学。その全てが叶った。
叱られたことが無いと突然気づいたある日、叱られたくてわざと叶いそうにないわがままを口にしてみた。オークションに出ていた大型の水の魔石を、必要もないのに欲しいと言ってみたら、翌日にはそれが目の前にあった。
そこで初めて、私の願いは全て叶うのではなくて、私の願いを誰も断れないのではないかと気づいた。
ちょっと試してみようと声をかけたのは、子どもが苦手だという庭師だった。花は咲いている姿が一番美しいと説教をされたとメイドから聞いていたその人に、バラをねだってみた。私の願いは、そこでもあっさりと叶ってしまった。
極めつけはメイドのアンリが恋人から貰ったという、宝物の指輪だった。
「ほうそれは…」
「アンリはつらそうな顔をしてるのに、その指輪をわたしに渡そうとしたんです」
あの時のアンリの顔は、出来れば思い出したくない。
「もちろん、指輪はもらわなかったけれど…」
「そうか相手の意思すら曲げさせてしまうんじゃな」
「ええ」
「今までにそんな能力のものは聞いたことが無いが、まず間違いなくスキルは存在しているとみて良いじゃろう。トリン・グレイス嬢には、ここの寮に住む資格があるが、どうするかの?」
所長さんの言葉に、私はほっと肩の力を抜いた。これでもう家族に迷惑をかけなくて済むんだ。
「寮に住んで、このスキルを抑え込めるようになりたいです」
「そうか」
「ま、まってください!たとえスキルがあってもまだ12歳です!」
「そうですよ、家から通わせれば良いのでは?」
初めて知った私の能力に戸惑っている筈なのに、そう言ってくれた両親の姿をしっかりと目に焼き付けてから、私はゆっくりと口を開いた。
「私は寮に入りたいの、お願い」
「…くっ…わかっ…た」
「っ…いつでも帰ってきて良いのよ」
「うん。忙しいのにありがとう。お願い、もう帰って」
そうはっきりと口にすると、つらそうな顔をした両親は名残惜しそうにしながらも、そのまま部屋から出ていった。
「すごい能力じゃのぉ」
感心した様子でそうつぶやいた所長さんは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ありがとうございます」
「でも、今は泣いて良いんじゃよ」
大きな手で優しく頭を撫でられると、我慢していた涙がボロボロとこぼれだした。
「家族のために、どうしても離れたかったんじゃろ?スキルまで使って…よく頑張ったの」
所長さんは私が泣き止むまでずっと、頭を撫で続けてくれた。
受付にいた綺麗な女性に両親が名乗ると、すぐさま立派な応接室へと案内された。
「ここまでは外部の方でも入室できますので、ご安心を」
そう笑顔で説明してくれた女性は、私たちの前に飲み物を出してから部屋を後にした。暖かいミルクティーが、緊張していた体を温めてくれる。ふうと思わず息が漏れた。
「おまたせしましたな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、白衣を着た優しそうなお爺さんだった。真っ白な長いひげがすごく似合っている。
「お久しぶりですな、グレイス侯爵殿、シャルロッテ様」
「お久しぶりです、ギルベルド老師」
「ご無沙汰しております」
笑顔で名前を呼ぶお爺さんは、どうやら両親とは顔見知りのようだ。大人達の挨拶が終わるのを静かに待っていると、不意にお爺さんの視線が私に向いた。
「はじめまして、わしが所長のギルベルトじゃ」
「はじめまして、トリン・グレイスです」
「手紙をありがとう」
「こちらこそ、お返事をありがとうございました」
朗らかに笑ってくれた所長さんは腰を下ろすと、真剣な顔で私たちを見回した。
「早速じゃが、話を聞こうかの」
「私にも何が何だか分からないんですよ」
「トリンが急にスキルがあるかもしれないと言い出したので、連れてきたんですが…」
困惑した様子の両親をちらりと見てから、所長さんは私を見つめる。
「はい…あの…」
「どんな事が起きるんじゃ?」
手紙で詳細を知っているからか、所長さんは促すようにそう聞いてくれた。
「私の願い事は何でも叶ってしまうんです」
両親は目を見開いてこちらを見ていた。その驚き方からして、二人は全く気づいていなかったんだ。
「何でもとは?」
最初はほんのわがまま程度だった。一緒の食事にお菓子、絵本、虹に練習の見学。その全てが叶った。
叱られたことが無いと突然気づいたある日、叱られたくてわざと叶いそうにないわがままを口にしてみた。オークションに出ていた大型の水の魔石を、必要もないのに欲しいと言ってみたら、翌日にはそれが目の前にあった。
そこで初めて、私の願いは全て叶うのではなくて、私の願いを誰も断れないのではないかと気づいた。
ちょっと試してみようと声をかけたのは、子どもが苦手だという庭師だった。花は咲いている姿が一番美しいと説教をされたとメイドから聞いていたその人に、バラをねだってみた。私の願いは、そこでもあっさりと叶ってしまった。
極めつけはメイドのアンリが恋人から貰ったという、宝物の指輪だった。
「ほうそれは…」
「アンリはつらそうな顔をしてるのに、その指輪をわたしに渡そうとしたんです」
あの時のアンリの顔は、出来れば思い出したくない。
「もちろん、指輪はもらわなかったけれど…」
「そうか相手の意思すら曲げさせてしまうんじゃな」
「ええ」
「今までにそんな能力のものは聞いたことが無いが、まず間違いなくスキルは存在しているとみて良いじゃろう。トリン・グレイス嬢には、ここの寮に住む資格があるが、どうするかの?」
所長さんの言葉に、私はほっと肩の力を抜いた。これでもう家族に迷惑をかけなくて済むんだ。
「寮に住んで、このスキルを抑え込めるようになりたいです」
「そうか」
「ま、まってください!たとえスキルがあってもまだ12歳です!」
「そうですよ、家から通わせれば良いのでは?」
初めて知った私の能力に戸惑っている筈なのに、そう言ってくれた両親の姿をしっかりと目に焼き付けてから、私はゆっくりと口を開いた。
「私は寮に入りたいの、お願い」
「…くっ…わかっ…た」
「っ…いつでも帰ってきて良いのよ」
「うん。忙しいのにありがとう。お願い、もう帰って」
そうはっきりと口にすると、つらそうな顔をした両親は名残惜しそうにしながらも、そのまま部屋から出ていった。
「すごい能力じゃのぉ」
感心した様子でそうつぶやいた所長さんは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ありがとうございます」
「でも、今は泣いて良いんじゃよ」
大きな手で優しく頭を撫でられると、我慢していた涙がボロボロとこぼれだした。
「家族のために、どうしても離れたかったんじゃろ?スキルまで使って…よく頑張ったの」
所長さんは私が泣き止むまでずっと、頭を撫で続けてくれた。
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