出会いを期して、もう一度

リツキ

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 七日前に約束した待ち合せの神社へと雅義は歩いていた。
 アレンの友人が商いをしている店へ行くことになっているが、内心彼は緊張をしていた。
 英国にあるいろんな雑貨を見る事に緊張をしているわけじゃない。
 自分が武士の家系であり家が攘夷派ということもあって、誰に見られているかわからないのでそれを恐れているのだ。

(そこまでわかっていながら私はなぜ店に行こうと思ったのだ)

 神社に向かいながらも少しだけ歩みが遅くなる。
 同胞に見られていないかという心配はあるが、それでも彼に会いたいと思ってしまうのだ。

(アレンと話がしたい)

 彼と会っている間は現実を忘れることができた。
 変わらない淡々とした毎日を過ごすことが悪いことではないとわかっていても、自分が次男として生まれ久賀家を継ぐわけでもないことで、いろんな思いを抱えていた。

 部屋住みの立場で雅義の事を気に掛けた体の弱い父親から道場を譲り受け、父の意思も受け継ぐつもりで道場経営を頑張ることにしたのだ。
 立場が下位であってもそれなりの地位にいる兄に母は期待をかけていた。
 だからこそ虚しさを感じていたのだ。
 自分は兄の代わりである立場で、兄が生きている限り期待もされない立場だと。
 ただ生き、兄の代わりの為の存在。
 だからこそアレンの話は新鮮で、自由に生きている姿に羨ましさもあった。
 
(好きに生きられるってどんな気持ちなのだろう)

 彼と話をしていると、好奇心を掻き立てられ楽しくなる。
 そうやって現実逃避をすることで、虚無感を満たしているのかもしれない。
 
(我ながら情けない…自分は根性がないのだ)

 そう自己嫌悪に陥りながら神社へと歩を進めていた。
 神社は雅義の屋敷から少し離れた場所にあり、夏や秋になると祭りが行われていた。
 広さはそれほど大きくなく一人の神主がいる規模の神社だった。
 普段はお参りする参拝者が一人、二人いる程度で静かな場所だ。そこでアレンと会うのは良い場所と言えた。

 神社に着くと既にアレンが鳥居の近くに立っていた。
 雅義が小走りに近づくとアレンは笑顔で軽く手を振った。

「すまない、待たせたか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。行きましょう」

 二人は笑顔になると神社を出て歩き出した。
 アレンの友人の店は神社から歩いて四半刻もしない距離にある。(おおよそ10分くらいの場所)

 長屋が連なる家屋を通り過ぎると大きな道に繋がる。大きな道を道なりに歩くと商店街が並ぶ町が見えて来た。
 時々散歩がてらここの商店街を歩くが意外と近くにあったのかと知る。
 商店街を少し離れた場所にその友人の店はあった。
 周りはあまり人気がないが、店構えは日本にない品揃いが置いてあった。

「ここだよ。この建物の所有者から一時的に借りているんだ。どうぞ」

 言って雅義を店内へ招き入れた。
 恐る恐る入ると、店内は和装だがそれに似合わない珍しい品物が並んでいた。目に入る物全てが珍しく、見たことがない織物や器があった。
 
「雅義、これがカップだよ」

 見せられた器は花の模様らしき物が彩られている。

「見事だな、これはイギリスにある花か?」
「はい。バラと言います。イギリスの国花なのです」
「こっか?」
「国を象徴する花なのです。古くからそう言われています」
「なるほどな」

 感心しながら暫し雅義はカップを眺めた。カップに描かれた赤い色の花びらはしなやかで華麗だった。
 店内を色々見渡すともう一人異国人が現れた。見た目アレンと同じく肌が白く瞳は濃い茶色、髪も茶色だった。

「彼が私の友人、ジョージだ」
「じょ、じょうじ……」

 アレンが言う名前をそのまま復唱すると、ジョージは嬉しそうに笑った。

「Hello!」
「え、ああ?」

 驚き雅義は何と返答して良いかわからず思わずアレンの方へと目を向けた。

「今、彼は挨拶をしました。そうですね…初めましてで良いかもしれません」
「そ、そうか。は、初めてお目にかかる。私は久賀と言う」
「ヒサガ?」
「Hⅰs name is Masayoshi」
「Masayoshi?」
「Yes」

 雅義の分からない言葉で会話が始まり、思わず二人を見入る。
 こうやって見ると本当に二人は異国の人で、自分とは違う世界に生きていたのだと実感させられた。
 ぼんやりと見つめられていることに気がついたアレンは慌てて雅義を気遣った。

「すみません雅義。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「それでは奥に行きましょう。ジョージ,OK?」

 確認をしたのかジョージはOKと言った。それが合図になってアレンたちは奥の部屋へと歩いて行った。
 奥の部屋に入る入り口に二階へ上がれる階段があった。

「二階は私たちの寝るところだよ」
「そうなのか」
「一階は台所として使っている。どうぞ」

 入口の高さが日本人向けに作られているせいで、背の高いアレンは少し屈んで室内へと向かった。
 そういえば雅義の屋敷でもそんな風に少し屈んで入ってきたのを思い出す。
 日本人の平均身長が異国人より低いので仕方ないとはいえ、思わず苦笑してしまった。
 その場に座り縁側から見える小さいが庭の景色が目に入った。
 住んでいる主は異国人だが、庭の手入れは恐らく所有者が植えたであろう草木があった。
 背の低い桜の木が植わっていて周りは膝程の高さの植物が生えている。そして小さい庭石が横に詰まれている。
 手入れはしているようで規模は小さくとも良い庭だと思った。

「どうぞ」

 言ってアレンは箱膳の上に先ほどの器を二つ載せて持ってきた。

「カップには我が国がよく飲んでいる飲み物が入っているんだ」
「ほお」

 渡されたカップを目にすると、そこには茶色の液体が入っているのがわかった。

「……これは?」
「紅茶という飲み物だよ」
「こうちゃ?」
「日本には緑茶があるだろう?それと近い飲み物だと思う」

 微笑むアレンに勧められ、雅義が飲むことを待っているように見つめたられた。恐々とカップに口を付け紅茶を一口飲んでみた。

「ん、うまい」
「そうだろう?」
「渋さもあるがそれが良い。恐らく紅茶の良さはこれなのだろう?」

 尋ねると嬉しそうにアレンは頷いた。

「そうだよ。あとこれもどうぞ」

 言って高さの低い器に入っていた、薄茶の煎餅のような物を差し出された。

「これはなんだ?」
「これはクッキーという焼き菓子なんだ。日本ではなかなか手に入らないかもしれない」
「く、くっき……」

 雅義はクッキーを手に取り一度匂いを嗅いだ。甘い嗅いだことのない匂いが彼の鼻腔を刺激した。
 小さくクッキーを一口かじると、一瞬に驚いた表情になった。

「あ、甘い。しかしこの甘さは初めて知る味だ!」
「そうだよね。砂糖だけじゃなくて牛乳や小麦粉等が入っているお菓子なんだよ」
「……ぎゅ、ぎゅうにゅう?」

 聞く全ての単語が初めてで雅義は頭が混乱するが、その様子を見ていたアレンは思わず笑いながら答えた。

「申し訳ない。イギリスにあるお菓子だからいつかきっとどこにでも手に入るようになるんじゃないかと思っているよ。だから雅義は先取りだね」
「……そうなのか?」

 不思議そうにしている彼を見て、アレンの笑顔が止まらない。
 自分が困惑している姿を見て笑っているアレンに複雑な気持ちを感じたが、笑っている彼が幸せそうだったので静かに見守っていた。
 静かに見つめられていることに気がついたアレンはようやく落ち着く。

「すみません。笑ってしまって」
「いや、いいんだ。日本にはない物を食べることができたし良い経験だった」

 そう言って少し笑いながら雅義は話を続けた。

「アレンが羨ましく思う時が実はあって」

 不意に話が変わりアレンは少し驚いた顔をした。
 先ほどまでの楽しんでいた雅義がなぜそんなことを言い出したのか。

「羨ましいって何がですか?」
「自分の故郷を離れ、異国に来て楽しそうに私と話しているところがだ」
「え?」

 益々意味がわからなくなり、更に困った表情になる。

「私は……兄の為に存在しているのだ」
「……兄の為?」
「そうだ。自分の人生なんて最初から決まった道しかなかったのだ」
「………」

 静かに見つめているアレンに雅義はゆっくりと話し始めた。

「私は下級武士の元で次男として生まれた」
「次男とは二番目に生まれた子ということでしょうか?」
「そう」

 頷き雅義は少し寂しそうに言った。

「兄が家督を継ぐので私は……兄が何かあった時の身代わりでしかない。だから兄が健在ならば私は必要のない存在」
「……雅義」
「それでも私の父は気を遣って私に剣術を学ぶ道場をくれたのだ。父は病弱だったから私に継いで欲しかったと言っていた。私が秀でていた物が剣術だったからそれを見ていてくれたのだと思う。それで私はようやく生きる意味を見出した」

 視線を庭の方へと向ける。桜の木に鳥がいるのが見える。

「毎日剣を学びに武士たちを相手に稽古を付けるが、皆目標を持って学びに来ている。その門下生たちが私に時々ある相談をしてくる。人を殺めたことがありますかと」
「え?」

 スッとアレンの表情が曇った。

「もちろん、私は人を殺めたことはない。でも彼らはお上の為に剣を振わなければならない。必然と人を切らなければならない状況が来るのかもしれない。だから人の切り方を知っているかと尋ねられたのだ。当然その返答に対しては答えられなかった。それが少し情けなく思えたのだ」
「どうしてですか?」
「私は何の為に武士たちに剣を学ばせているのだろうと」
「雅義……」

「相手を威嚇させる為に剣を振っているわけではないのだ。実践も兼ね備えた剣術のつもりで教えているが、自分は実践の経験があるわけじゃない。だから時々虚しく思ってしまってな」

 苦笑いをする雅義にアレンは優しく声を掛けた。

「そこまで思い詰めなくても良いのではないでしょうか?」
「え?」

 思わぬ発言に雅義はアレンを凝視した。

「実践というのは経験のことだと思いますが、経験は皆それぞれだと思います。お上の為の剣だと思って学んでいても一度も人を切らず終えることもあると思います。人を殺めたくなくても殺めなくてはいけない状況になり一生を後悔する人もいるかもしれない。実践を積んでいないことを悔やむのではなくあなたはただ、心を込めて剣術を伝えればいいと思います」
「アレン……」
「日本人でもない私が言うのは間違っているかもしれませんが……」

 穏やかに言う彼の言葉に雅義の心が震えた。
 そういう観点で言われたことがなく、緊張していた心をそっと抱き締めてくれるような感覚になった。

「人を殺めることを重要に思うのではなく、人を守る為の剣術として伝えれば良いのではないでしょうか?雅義が教えたい事を伝えればと……」

 言って苦笑いをしながらアレンは続けた。

「武士の人からすれば甘い考えなのかもしれないですね」
「……いや。そんなことはない」

 顔を横に振り雅義は言った。

「武士は人の為に剣を振うものだ。守る為に剣を使うということは間違っていないと思う」
「そうですか……」
「感謝する。今の言葉で少し救われた気がした」
「雅義……」
「私は自分を追い詰め過ぎているのかもしれないな」

 雅義は笑顔になるとアレンも嬉しくなり、更に話を続けた。

「今、農民だった人も武士になりたいと言って刀を持って京へ向かう人たちがいるみたいですね。それだけ今、日本が混乱しているのかもしれません」
「あ…その話は聞いたことがある。その者は農民だったのだが私の道場に来て剣術を教えてくれと頼まれたことがある。驚いてなぜ剣術を学ぶのかと尋ねたら、自分も武士になって京に上ると言っていた。今の幕府はもう終わるとも」
「詳しいのですね、その農民の方は」

 雅義はうんと頷き同意する。

「下級武士の知り合いがいるらしくその武士が生活に困窮していたらしい。困窮するまでに色々あったらしいが、その武士に野菜を分けてあげていて、お礼にその話を教えてくれたようだ」
「なるほど」

 感心したようにアレンは頷いた。

「もう身分は関係なくなる時代が来るのかもしれませんね」
「え?」

 驚き雅義はアレンを見つめる。
 身分がなくなるとは考えられないからだ。ずっと士農工商の下で生きてきてそれに従ってきたのに、何もない場所へ放り出されるような気持ちになった。

「私の国のイギリスにも階級制度があります。王族は特殊な地位ですが貴族という地位の高い身分から幾つかの階級に分けられています。生まれながらその地位で人生が決まるという理不尽な制度です」

 先ほどとは打って変わって、アレンは厳しい表情になって話し出す。

「私は……中流階級の下で生まれました。色々理不尽な思いもして……日本に来ました」
「アレン」
「中流階級であるために同じ階級の女性と早く結婚しろと言われました。いい歳なのだから大人になれと……」
「………」
「それに反発をした私はある意味親から勘当されたようなもので、丁度ジョージが日本へ商売に行くと聞いて親から逃げ出す為に通訳として付いてきたのです」
「……そうか」

 雅義はアレンの複雑な気持ちを静かに聞き入り、色んな思いを馳せた。
 次男の立場の者も同じく婿養子になることがある。たまたま雅義は婿養子になれとは言われなかったが、その人生を選ぶのは人それぞれだ。

「とりあえず長月(9月)までは滞在する予定です。その後のことはまだ考え中ですが……」
「今は水無月(6月)なので三月みつきほどいる予定なのだな」
「はい」

 そう言って笑顔で話すがアレンの心中は複雑に取り巻いているようだった。

(皆、色んな悩みを抱えているのだな)

 見つめる視線が哀れみを感じたのか、アレンは苦笑しながら言った。

「変な話をしてしまってごめんなさい。暗くなってしまいましたね」
「いいや、話を暗くしたのは私だ。アレンが日本に来て楽しそうに見えていたから羨ましいなんて思ったが、本当は出て来るまでに親との問題があるとは知らず、失礼な事を言ってしまいすまない」
「そんなこと……みなさん、きっと口に出さないだけで色々悩みはあると思います」

 笑顔で慰めの言葉を掛けるアレンに毎回酷く雅義の心に刺さった。
 アレンの言葉通り、自分が思い詰めておかしくなっていたのかもしれないと実感し始めていた。優しい言葉がこれだけ響くのは己が弱っていたせいなのだと思う。
 
「そろそろお暇させてもらうな」
「あ……」

 ゆっくり立ち上がった雅義にアレンは慌てて声を掛ける。

「また……来てくれますか?」
「もちろんだ。またアレンの母国語を知りたいし」

 そう返すとアレンは笑顔になって言った。

「嬉しいです。雅義も英語を勉強しましょう!」
「ま、まあ少しずつな」

 苦笑いをすると雅義はアレンに背を向けて歩き出した。


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