出会いを期して、もう一度

リツキ

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 眠りに着いた結希は、ゆっくり落ちていくような感覚になる
 暗い世界が広がる中に体が緩く静かに落ちて行く。
 しばらくその感覚に陥るが、静かに意識の覚醒が起き始めた。
 ゆっくりと瞼を開けて視界に入る世界は初めて目にする光景なのに、それでも懐かしさを覚える景色が広がっている。

(ここは……)
 
 疑問に思いながらも次第に納得していく自分がいた。
 
(そうだった。私は剣術を教えていたのだ……)

 自分の考えに頷き、身に着けている服や手にしている物を見て更に納得した。

(俺は今、自宅に戻ろうとしている……)
 
 そう思い、辺りを見渡した。

 空が夕焼けに染まり始めた頃、道場の演習を終えた久賀雅義ひさがまさよしは家路に着こうとしていた。
 裏長屋が並んでおり貧困層が住む家々が続く。そこを通り過ぎると武家屋敷が立ち並ぶ場所へと辿り着いた。
 下級武士の次男として生まれた雅義は、病弱な父親から譲り受けた道場で剣術を学びたい人の為に剣術を付けていた。長男は下位な立場であっても優秀な武士だった為にそれなりの地位に就いている。

 雅義は次男なので部屋住みの立場ではあるが、剣を振るうことが好きだったので、道場の仕事は彼にとってはうってつけの仕事だった。
 恐らく父親は彼の剣の才能を見て道場主を任せたのかもしれなかった。

 今日はかなり稽古を練習生にしたせいか、体力も消耗している。
 夕餉を取った後は早く寝ようと思いながら歩いていると、自宅の目の前にうずくまっている人影が見えた。
 驚き慌ててその人物へ近づき声を掛けた。

「おぬし、大丈夫か?」

 掛けた相手を見て雅義は一瞬目をみはった。
 その人物は身近にはいない人物だった……というより日本人ではなく異国人だったのだ。
 白い肌に薄茶色の髪、着衣は着た事がない異国人が着用している西洋の衣服だった。

 再度声を掛けることを躊躇っていると、ふとその人物の腕から赤い鮮血を流しているのが見えた。驚いた雅義は慌てて話し掛けた。

「おぬし、腕に怪我を!」
「……すみません」

 日本語を耳にし雅義は再び驚く。この異国人は日本語が話せるようだった。

「と、とにかく私宅へ」
「うっ……」

 呻きつつも異国人はゆっくりと立ち上がり、雅義に支えられながら屋敷へと向かった。
 玄関の戸を引き、異国人に気を遣いながらとりあえず居間へと向かう。
 着くと彼を座らせ、慌てて手当する物を持ち寄り、布で血を拭い傷薬を傷跡に塗った。少し痛がっていたがそれを気にしつつも清潔な布を巻く。
 傷跡はそれほど深くなく軽く切られた状態だったのは幸いだ。
 手当をしている時は無言だったが、この傷を負った理由を知りたくなった雅義は恐る恐る話し始めた。

「言葉は……わかるか?」
「はい。だいたいわかります」

 雅義は異国人の顔立ちなのに日本語を口にする姿は酷く変な気持ちになったが、気を引き締め再び声を掛けた。

「なぜ傷を付けられたのだ?」
「………」

 言葉がわからなかったのか、異国人は口を噤んでいる。
 ジッと様子を見ていたが少ししてゆっくりとした口調で話し始めた。

「ただ道を歩いていたのですが、前から武士のような人が来て、急に刀で私を切ろうとしてきました。私は慌てて逃げて腕を切られるだけですみましたが、腕が熱くなってきてしゃがんでしまったのです」

 必死に頭で考えながら言葉を発しているのがわかる。それでもちゃんと雅義に伝わっているので彼の日本語は馬鹿にできなかった。

「そうか、その武士のような人はどんな男だったか覚えているか?」
「……いいえ。一瞬だったので」
「わかった。しばらくは痛みがあるかもしれない。軽かったとはいえ刀傷は気を付けた方が良いと思う。ちゃんと医者に診てもらった方がいいぞ」
「ありがとうございます」

 先ほどまで険しい表情に包まれていた異国人はようやく笑顔で感謝すると、その姿に雅義は思わず見入ってしまった。
 柔らかい微笑みが美しく、開いた瞳の色に驚かされた。
 日本人の瞳は黒いが彼の瞳は青色なのだ。見たことのない瞳の色に思わず凝視してしまったのだ。
 見つめられていることに気がついた異国人は、少し恥ずかしそうに言った。

「そんなに私を見ないで下さい。私は珍しいですよね」
「あ、ああ。すまない…」

 我に返った雅義は頬を赤く染め思わず顔を逸らした。

(私は何をしているんだ)

 珍しいと言われたが確かにそうだったが、それだけではなかった。
 思わず美しいと思ってしまったのだ。
 日本人にはない肌色や髪の色、背の高さすら自分より高い。

(本当に同じ人間なのだろうかと思ってしまう)

 そんなことを思いがなら雅義は異国人に気まずさを払う為に話しを続けた。

「そういえば、お主の名はなんというのだ?」

 尋ねらえた異国人は嬉しそうに微笑みながら答えた。

「私の名前はアレン・フェイドと言います。イギリスから来ました」
「イギリス……」
「英国です。知り合いが雑貨を売りに日本へ来ていて私は通訳係で来ました」
「通訳……」
「つまり私たちの言葉から日本語に変えて伝える係です」

 一生懸命誠実に説明するアレン・フェイドという男は、真面目な青年だと感じる。

「歳は?」
「と、歳?」
「ああ。年齢はいくつだ?」
「ええっと……二十五です」
「そうか、私は二十三だ…年齢は近いのだな」

 そう言いながら、年齢が近いアレンに雅義は少し親近感を覚えた。
 雅義は更に尋ねようとした時、彼から被せるように質問された。

「あなたの名前は何て言うのですか?」
「すまない。まだ名乗っていなかったな。私の名前は久賀雅義という」
「ひさがまさよし?」
「そう、雅義と呼んでくれ」
「わかりました。雅義、私はアレンでいいですよ」
「……苗字は何と言うんだ?」
「え?あ……ええっとフェイドが苗字なんです」
「へぇ!ふぇいどが苗字なのか!日本とは逆にくるのだな」

 本気で感心している姿にアレンは思わず笑ってしまい、それに対し雅義はムッとした表情になった。

「なぜ笑う」
「すみません。名前を言っているだけなのですが興味深く言われるので」
「……珍しかったからな」
「そうですね。文化の違いですね」

 そう諭され少し機嫌を損ねた雅義の気持ちが明るくなる。

 文化の違い。本当にそれに尽きると雅義は感じた。
 異国に触れてきていないので、全てが新鮮で驚かずにはいられなかったのだ。
 姿形も違うのもさながら、名前の違いも出てきて彼が異国人としても気になってしまったのだ。

「雑貨って何を売るつもりなのだ?」
「カップとか皿を売るつもりです。あとは家具類とか……」
「ま、待たれよ」

 雅義はスラスラと続けて話す会話に、慌てて止めに入った。

「かっぷとは?」
「あ……えっと飲み物を入れる器です。我々ではそれをカップと言っています」
「つまり……湯呑のようなものだろうか?」

 言って雅義は近くに置いてあった縁の欠けた湯呑を指した。それを見てアレンは静かに頷いた。

「それを英国用に作って売りに来ています。滞在して三日ですがよい売れ行きになっています」
「そうか……一度見てみたいな」

 思わず呟いた雅義の言葉にアレンは敏感に反応し、ぜひと言った。

「ぜひ来て下さい!手当てをして下さったお礼に案内しますよ」
「本当か?じゃあいつか世話にならせてもらうな……」

 と言った瞬間、ハッと自分の立場を思い改める。
 雅義の立場は下級とはいえ武士の身分だ。日本国の武士として異国人と交流を持つのはいかがなものだろうかと。
 一瞬乗り気に見えた雅義に対し怪訝そうにアレンは尋ねる。

「どうかしましたか?」
「……いや。またの機会にしよう」
「?」

 急に話を変えられアレンは寂しそうな表情になるが、雅義の雰囲気を察しスッと立ち上がった。

「長くお邪魔しました」
「あ……」

 淋しさを滲ませた笑みを作りアレンは雅義に挨拶をする。
 去る背中を慌てて雅義は追って行った。

「それでは手当てありがとうございました。本当に助かりました」
「……いや、気にしないでくれ。ただ早く医者に診てもらった方がいい」
「わかりました」

 ニコッと笑い引き戸に手を掛けた瞬間、雅義は思わず声を掛けた。

「また……話をしないか?」
「え?」

 アレンの青い瞳が驚きの色を宿した。

「おぬしが嫌じゃなければだが……」
「それは構いませんが……いいのですか?私と」
「ああ。色々異国の話が聞いてみたい。また私の屋敷に来てくれ」
「ありがとうございます。楽しみにしています」

 穏やかに微笑む自分より背の高い異国人に雅義は思わず胸を高鳴らせた。
 今まで見たことがないアレンの美しさと優しさを含んだ雰囲気に、雅義の心は一気に奪われたのだった。


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