ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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「そろそろ出ようか」
 抄介は時間を見て玲に帰るよう促し始めた。携帯を見た玲も抄介の言葉に同意する。
「じゃあ行きましょう」
「アキラさん、お代を」
 二人は立ち上がってアキラに声をかけると、彼は顔を左右横に振り始めた。
「今回の分は二人を困惑させてしまったお詫びに私に奢らせてもらえるかしら?」
「え!」
 驚き二人同時に声を出した。
「いや、それはダメですよ」
「いいえ、させて欲しいのよ。私の気が収まらないから・・・」
 真面目な顔で言われ、二人はお互いを見合う。
 しかしこれだけ真剣な顔で言われると、この好意を受け取らないとこのやり取りが一生続きそうだった。
 それだけアキラにとっては自分が言った不用意な発言で、二人の間を下手したら終わらせてしまったかもしれないと気にしていたのだ。
「わかりました。今日はアキラさんの好意に甘えさせていただきますね」
「良かったわ。これからもまたお店に遊びに来てね!」
 アキラは満面な笑みで返し、二人は店を後にした。




 抄介と玲はアキラの店を後にすると、抄介のマンションへ行くことになった。
 季節は八月中旬になっていて、夜になっても夏の蒸し暑さで汗が滲み出て来る。
 そんな暑さも気にせず、玲は初めて抄介の部屋に行くので楽しみで仕方なかった。
「一度抄介さんの部屋に行ってみたかったんですよね!」
 誰もいない夜道を、アルコールも入って玲はご機嫌で話しかけた。
「そんなに来たかったのか?何にもないからな」
 そう注意を促すがあまり聞いていないようで、入ったらどんな反応するか抄介は密かに気になった。

 最寄りの駅から歩いて十分程に抄介のマンションはあった。
 五階に部屋がありエレベーターに乗って抄介の自室へと向かう。
 扉を開き玄関に入ると、左側に靴入れの棚が置いてある。玄関を上がると真っ直ぐに短い廊下があり、先にはリビングと繋がっていて、左右にはトイレと浴室がある間取りだった。
「どうぞ」
 玲を先に入れると、跳ねながら靴を脱いでリビングへと繋がる扉へと向かった。
 期待に満ちた玲の表情が扉を開けリビングへ入った瞬間、落胆していく様が見える。
「・・・何にもないんですね」
「だから何もないって言ったろ?」
 室内は本当にシンプルで、お洒落なオブジェや置物があるわけでもなく、必要最低限の物しか置いてなかった。
 紺色のソファの前に32インチのテレビが置かれ、テレビの下には録画デッキが入った黒のラックがある。
 ソファとテレビの間には茶色のローテーブルがあり、リモコンが無造作に置かれていた。
「まぁ、仕事して家に帰るだけの生活だったから、寝れればいい感じになってたかもな」
 キョロキョロしながら玲は室内を歩き周る。
 寝室まで覗き込み、失望に溢れた表情で抄介の下へ寄って来た。
「寝室もベッドしかなかったです」
「俺をどんなイメージで見てたんだ?」
「そりゃあ・・・車もかっこよかったし、服も今風の恰好してるから部屋も期待するじゃないですか」
 何の期待をしていたのか抄介はわかり兼ねるが、眉毛がへの字にしている玲が可愛くて、抄介は微笑みながら、そうだなと言う。
「じゃあ玲がなんとかしてくれよ。俺、あんまりそういうの疎いからさ」
「え、いいんですか?」
 驚きの発言に玲は目を大きく見開いた。
「あんまり派手なのは嫌だけど、玲の感性を活かして言ってくれれば買って置いてみるよ」
「わかりました!俺が色々考えて部屋を改造します!」
 嬉しそうに玲は笑むと、抄介はソファへ座るよう促す。
 抄介はキッチンへ行き、コーヒーを作るとアイスコーヒーにして玲の前に置いた。
「ありがとうございます」
「あ、オレンジジュースの方が良かったか?」
 置いた瞬間玲の好みを思い出し、抄介思わず確認をした。
「大丈夫ですよ」
 笑顔で返すが抄介は申し訳なく思う。
「休憩室で過ごしてた時、いつもオレンジジュースを飲んでいたイメージがあったよな?」
 そう言いながら抄介はソファに座ると玲は穏やかに笑って言った。
「懐かしいですね。もう随分前のことだって思うけど、まだ三ヶ月ぐらい前の話なんですよね」
「そうだな。いろんなことがあったから時間が経っているように思えるよな」
 二人は微笑みアイスコーヒーを飲んだ。
「美味しいです、このアイスコーヒー」
「良かった。今度はオレンジジュースも用意しておくよ。甘い方が好きか?」
「はい。酸っぱいの苦手で・・・」
 苦笑いをする玲を見ると、抄介は愛しさのあまり優しく触れるだけのキスをした。
「わかった、甘めのオレンジジュースにする」
「はい」
 急にキスをされ玲は少し胸が高鳴ってしまったが、多幸感に溢れている穏やかな抄介の顔を見ると、それだけでも玲も幸せな気持ちになった。
「俺さ」
 抄介はボソッと呟いた。
「エンジニアの仕事をしてる時、仕事ばっかりやってて本当に何の為に生きているのかわからない状態になっていたけど、玲と出会って人生の楽しさを思い出させてくれた」
 玲の顔を見ながら抄介は続けた。
「玲と出会ってから・・・玲の存在が俺の休憩室になっていて憩いの場になっていたんだ」
 感傷深げに言う抄介に玲は口を挟んだ。
「抄介さん、俺もそうですよ」
 同感する玲に少し驚き、抄介は彼の話を続けて聞いた。
「抄介さんが俺の欠点を認めてくれて、それが良いって思ってくれたことが嬉しかった。俺はずっとそのことが気がかりで縛られてる状態でした」
 言って玲は抄介を見つめて、自分の気持ちを伝え続けた。
「仕事の上では確かに気を付けないといけないんだけど、抄介さんといる時の俺は自由になれました。本当の俺が出せたんです」
 玲は抄介の手を取って見つめた。
「ありがとうございます。大好きです!」
 恥ずかしそうな笑顔で告げた言葉に抄介は嬉しく思い、玲を思いっきり抱き締めた。
「そう言ってくれると凄く嬉しい。本当に嬉しいよ」
 玲も抄介の背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
 少し体をお互い離すと静かに唇と重ねた。何度も重ねていると抄介は玲の耳元でこっそりと囁いた。
「ベッドに行くか?」
「・・・何もないベッドにですか?」
 からかいながら言う玲に抄介も笑いながら言った。
「そうだよ、寝ることしかできない場所だけどさ」
「いいですよ、行きましょう」
 言って二人は立ち上がり寄り添いながら、寝室へと入って行った。


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