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しおりを挟む一ヶ月ほどの長期休暇を終えた抄介は、久しぶりに帰ってきた自室を思わず眺めた。
ここ出る時、かなり失意を抱えて部屋を後にしたことを思い出す。
まさか帰ってきて人生が180度変わる再会と出来事があるとは思いもよらず、人生とはわからないものだと感傷深く思う。
キャリーバックを開け着ていた服を取り出し、洗濯を始めた。
心も軽くなってとても気分が良くなったので部屋の掃除も始めた。
今頃玲は俳優業をしているのだろうか?
そんなことを思いながら、また新しい仕事を探さなければいけないと己の事を考え始めていた。
次は何の仕事をしようか?もうシステムエンジニアの仕事はやりたくない。
パソコン関係の仕事は継続してやりたいと色んな事を考えていると、急に携帯が鳴り出した。
着信の相手は玲だった。
どうしたのだろうと怪訝に思い、携帯に出た。
「もしもし、どうしたんだ?」
「こんにちは。あのう、急で申し訳ないんですけど今日、外に出られますか?」
「え?」
突然のことで抄介は驚くが、玲の言い方に少し引っ掛かりを感じていた。
「何かあったのか?」
「・・・マネージャーが抄介さんと話し合いたいって言ってて」
「え?」
少し戸惑う玲の声が聞こえてくる。
恐らく自分たちの関係のことがバレたのだろう。
「わかった。何時にどこへ行けばいい?」
待ち合わせ場所は玲が所属している事務所の近くにある喫茶店だった。
喫茶店は昭和時代に建てられたであろう、レトロな感じの店構えだ。
携帯を見ると時間は午後の三時になっていた。
辺りを見渡しながら、玲とそのマネージャーが来るのを待った。
おそらく以前、映画の撮影現場で色々忠告されたことについて、言いたいことがあるのだろ。
あの時の約束を抄介は破ってしまったのだ。
自分のタレントを守る為にマネージャー出てくるのは仕方ないのだろうが、何を言われるのだろうと不安になる。
色んな事を思考していると、二人が抄介の前に現れた。
マネージャーが先頭を切り、玲はその後ろからついてきた感じに見える。
目が合うと玲は困った表情をしていて、抄介は静かに頷いた。
久しぶりに見たマネージャー、桜川は抄介に対して腹ただしさを感じているのか、元々キツイ顔をしているが更にキツさが増していた。
「こんにちは」
そう抄介は挨拶をすると、一旦間を置いて桜川は挨拶を返した。
「こんにちは。さ、中に入りましょう」
桜川に促され、店内へと入って行った。
外観もさることながら店内も昭和レトロ調になっており、店員は女性で50代ぐらいだろうか、いらっしゃいませの挨拶で迎えられ、桜川は一番奥にあるテーブル席に向かって指を示した。
「あそこの方なら話が聞こえなくていいでしょ」
「わかりました」
三人は店の一番奥のテーブル席に座った。
暗赤色のベロア生地が貼られた古い木製の椅子とテーブルが置かれており、店員は水が入ったコップをテーブルに置いてメニュー表を渡すが、それを見ずに桜川はホットコーヒーを注文し、抄介と玲もそれに便乗するように同じ物を頼んだ。
店員が去るのを見届けると、桜川は一つ咳払いをして口を開いた。
「どうしてここに呼び出されている理由はわかるわよね?」
嫌味を含んだ言い様に抄介は嫌な気持ちにはなるが、納得はしていたので静かに頷いた。
「ええ、わかってます」
返答で桜川は大きく溜息を吐きながら話し始めた。
「本当に驚いたわ。あの時私の話に納得してくれたと思ったのに、なんで二人の関係が戻っているのか、あなたの口から聞きたいわ」
「・・・それは」
口を開きかけるが、自分の気持ちを素直に言って果たして納得するのだろうかと一瞬迷ったが、答えはそれしかないので抄介の気持ちのまま桜川に伝えることにした。
「あの時は確かに身を引いた方が玲の為になると思いました。俺は一般人だしおまけに男だし。それがバレたら玲自身が俳優業を出来なるかもしれないと思いました」
抄介の話に桜川、玲は黙って耳を傾けていた。
「でも玲が帰る前日に玲と会うことができてその時感じたんです。彼は俳優を職業にしているただの人間だと」
「どういう意味?」
桜川は訝し気に抄介のことを見た。
「俺は俳優をしている玲を知りませんでした。知らなくて好きになった。でも色んな現実を知り俺自身がビビッてしまって自信が持てなかったんです。芸能人の玲と付き合っていけるんだろうかって。だからあなたの言葉にも納得できたんです。でも・・・」
言って抄介は玲を見た。
「帰る前日に挨拶をしに来た時、会話をしている玲は俺の知っているそのままの玲だと気づいたんです」
「抄介さん・・・」
今にも泣き出しそうな顔をしている玲に桜川は軽く睨んだ。
「玲、あなたは黙っていて。それで?」
「気づいたら俺はやっぱり玲と離れたくないと思ったんです。だからもう一度やり直すことに決めました」
抄介が言い切ると、再び桜川は溜息を吐いた。
「離れたくないはいいけど、あなたが玲とやり直しをして、この子に負担になると思わなかった?」
「・・・わかってます。俺がいることで下手したら玲の足を引っ張りかねないってことも。それでも玲と一緒に居たいし大切にしたいんです。マスコミに嗅ぎ付けられないように気をつけます。だからどうか認めて欲しいんです。俺たちの関係を」
言って抄介は黙って桜川に深く頭を下げた。
黙って桜川は抄介を見つめるが、横にいた玲も堪らなくなって口を開いた。
「お願いします!俺、抄介さんと一緒に居たいです。絶対に気をつけますから!」
前方と横で謝られ、桜川は二人を交互に見つめながら思考していた。
暫し沈黙が続き、玲と抄介は黙って桜川の言葉を待った。
「確かに、一番厄介なのがマスコミなのよ。これに捕まったら本当に玲の芸能生活は終わる」
抄介を一瞥しそのまま続けた。
「だけど逆にこの子の場合、一度女優と撮られているから女性関係は狙われる可能性はあるけど、男性関係は疑われたりしないかもしれない」
意味深な言い様に抄介は少し戸惑った表情で桜川を見つめた。
「それってどういう意味ですか?」
「だから、二人が堂々と外でラブシーンをしなければバレることはないってことよ。男同士ご飯食べてるとこ見たって、ただの友達かって思うでしょ?男女はいくら友達関係でも疑われて炎上するんだから」
ホットコーヒーがようやく運ばれ、テーブルに置かれる。
来たばかりのコーヒーを桜川は美味しそうに飲み始めた。
「あ、あのう、つまりそれって俺たちは認められたってことでしょうか?」
伺うように抄介は桜川を見るが、黙ってコーヒーを飲み続ける。
「桜川さん・・・」
玲も必死な面持ちで彼女の表情を見入る。やがてコーヒーカップをソーサーへ置くと二人を見ながら口を開いた。
「そうね、そう思ってくれてもいいわ」
「えっ!!」
抄介、玲は同時に声を上げた。
「まぁ、認めたというか、様子見ね」
「様子見・・・」
呟くように言う玲を見て桜川は返した。
「ええ、だからあなた達の行動次第で判断するわ」
「つまり俺たちが気をつければ関係を続けても構わないってことですよね?」
念を押すかのように抄介は桜川の言葉を確認した。
抄介の言葉に桜川は静かに頷く。それを見て抄介、玲は互いを見つめ合った。
「抄介さん!」
「良かったな!ありがとうございます。桜川さん」
二人は再び桜川に頭を下げると、彼女は付け加えるように言った。
「この件は社長には内緒にしておきます。これ以上、玲の評価を下げたくないし」
この発言に玲は思わず反応して桜川に尋ねた。
「どうしてそこまでして俺のことを・・・」
言うや否や、桜川はすっと玲に向き直り、真摯のこもった視線で口を開いた。
「どうして?あなたを優秀な役者として信じているからよ。役柄に寄り添える役者は本物よ」
「桜川さん」
驚いた表情で玲は桜川の話を聞いた。
「私は何人か役者候補の子たちをマネジメントしてきたわ。私がどれだけ売り込んでも人の才能には限界がある。その子たちは主役、準主役までには昇り詰めることができなかった。だけどあなたを見た時その可能性が見えたの。あなたの人としての順応さや人に寄り添えること、小手先で演じるのではなく心から役として感じて演じられる。これは役者としてとても大事なことなのよ」
「桜川さん・・・」
「私はあなたを最高の役者として育て上げることが目標なのよ」
真剣な眼差しの桜川から今まで聞いたことがない話に、玲は胸に熱い物が打たれる感覚を覚える。
こんな風に自分が思われていたなど、想像していなかったのだ。
(だからこそ、俺に凄く厳しかったんだ)
今まであった厳しさが一気に玲の中で解消されていく気分だった。
ぐっと胸が熱くなり口を開いたら涙が零れそうだったが、玲は必死に堪えながら桜川に言った。
「ありがとうございます。俺、必死に頑張ります」
「ええ。あなたに期待しているわ」
優しく微笑む桜川は、今まで見たことがないほどの穏やかだった。
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