ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

文字の大きさ
上 下
18 / 27

18.

しおりを挟む


(なんで?なんで抄介さんがここにいるの?なんで?)
 撮影中だが視線だけは抄介から離れることができなかった。
 抄介の隣には見慣れた着物姿の女性が立っている。そして時々抄介はその女性に話しかけていた。
(あの着物って・・・)
 薄いピンク色の着物。
 玲が今日から世話になる旅館の女中が着ている物と一緒だったのだ。
 なぜその女中さんと話しているのかはわからない。
(まさか知り合いってことかな?) 
 一瞬、玲の中で嫌な気持ちが胸の中で廻る。
 この短期間で新しい彼女がいたっておかしくはない。でもまさかと思いながら視線だけ送っていると、撮影は終わりと告げた。
 ざわつく中を玲は思わず体が動くが、その瞬間、玲と抄介の目が合った。
 抄介は玲を見つめて、少し強張った表情をしていた。
 確実に抄介は玲だと認識している。
 玲が更に近づこうとした瞬間、抄介は身を翻しその場を逃げるように後にした。
 去っていく姿をその女中は声をかけているが、それを無視して人混みの中へと消えて行く。
 玲は追いかけるように女中の所に行き声をかけた。
「あの!今の男の人って・・・お知り合いですか?」
 問われた女中は少し驚いた表情をしたが、すぐに玲の質問に返答した。
「え?まぁ知り合いというか・・・今は私が勤めている旅館のお客さんです」
「え!」
 驚き、思わず大きな声を玲は上げた。抄介は玲と同じ旅館に宿泊しているのだ。
 知り合いだと言ったので更に玲は尋ねた。
「あのうさっきの人、倉沢さんって人じゃないですか?」
「ええ、そうですけど、なんで知っているんですか?あなた俳優さんですよね?」
 更に問い質され玲は一瞬戸惑うが、本当のことを話し始めた。
「はい、俳優なんですがその、俺がバイトしていた職場で倉沢さんと知り合いまして、最近会っていなかったので、話がしたいなと思って確認したかったんです」
「そうなんですね。確か今は仕事を辞めて気分を変える為にここへ来て長期滞在をしているみたいですよ」
 笑顔で話す女中に玲は驚いて答えた。
「長期滞在?」
「ええ、一ヶ月くらいはいる予定ですよ」
「一ヶ月・・・」
 こんな山奥に一カ月も居るなんて、抄介はかなり精神的に参っているのだと感じた。
(俺のせいだ・・・俺が、抄介さんを深く傷つけたんだ)
 グッと拳を握り締めると、すっと女中に向かって言った。
「お願いがあります。倉沢さんの部屋に案内してもらえますか?」
「え?それは私の判断では・・・」
 困り兼ねている女中だが、玲は諦めることができなかった。
「俺、実はあなたの旅館に泊まっている客人です」
「あ、そういえばそうですね。撮影のスタッフさんや俳優さんたちがこちらに泊まっていらっしゃいますね」
 言って必死な思い出玲は女中にお願いをした。
「お願いです。倉沢さんの部屋に案内して下さい。俺はどうしてもあの人に謝らないといけないんです!」





 今日予定していた撮影は終わり、明日へと持ち越された。
 時間は夜八時になっている。
 旅館に戻った玲は早速着替えて、女中が待つフロントへと行く。
 女中は玲の必死の表情を見て、個人情報だから本当はいけないんですけどと言いながら承諾してくれたのだ。
 緊張の面持ちの玲に、女中はこちらですと言い案内をした。
 昭和に建てられた木造二階建の建物で、赤いカーペットが敷かれた長い廊下をパタパタとスリッパの音を立てながら歩いて行く。
 突き当りに階段があり、二階へと上がるとそこから二部屋歩いた先にある、“梅の間”と書かれた部屋に案内された。
「ここです」
 そう言う女中に玲は静かに頷いた。
 女中がコンコンと木製の扉をノックすると、抄介の声が聞こえて来た。
「はい」
「倉沢様、遅くに申し訳ございません。実は倉沢様にお会いしたい方がいらっしゃいまして・・・」
「・・・・」
 女中の話に抄介の返答はなく、無言になっている。
 玲は不安になりチラリと女中を見た。女中も玲の顔を見る。
 暫くして、ようやく抄介の声が聞こえてきた。
「わかりました」
 そう言い、ガチャっと扉が開いた。
 開けた瞬間、玲は尋常なく心臓が高鳴った。
 久しぶりに見た抄介の顔。どこか暗い表情だったが元気そうに見えた。
 しかし抄介の視線が玲に向けられた瞬間、顔が無表情になった。
「こちらのお客様なんですがよろしかったですか?」
 何のリアクションもなかった抄介に気を遣った女中は、彼に尋ねた。
「大丈夫です。すみません」
 低いトーンで返答し、女中は頭を下げるとそそくさと部屋を後にした。
 二人きりになり、玲はすぐに謝りたかったのだが、抄介の雰囲気に圧され言葉が出てこなかった。
(抄介さんはやっぱり怒っている)
 そう思い玲は俯いていると、
「部屋、入った方がいいんじゃないか?こんなところで芸能人がいたらマズいんじゃないか」
 静かなトーンでさらりと言う抄介に玲はハッとさせられた。
「抄介さん・・・ごめんなさい、俺の本当の姿を言わなくて」
「・・・いいからとにかく部屋に入った方がいい」
 扉を大きく開き、玲を招き入れた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋

春夏
BL
【完結しました】 貴大に一目惚れした将真。二人の出会いとその夜の出来事のお話です。Rには※つけます。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

親友の弟を騙して抱いて、

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
「お前さんは随分と、いやらしい男だな?」/世話焼きだけど不器用な年上×クールで不愛想な年下 *表紙* 題字&イラスト:もち丼 様 ( Twitter → @mochi_don_ ) ※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください (拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!) 人気モデル火乃宮平兵衛(ひのみや へいべえ)はある日突然、同居人の月島冬樹(つきしま ふゆき)を交通事故で亡くしてしまう。 冬樹の死を受け止められない平兵衛は、彼の葬式で弟の冬人(ふゆと)を冬樹と間違えて抱き締めてしまう。 今後二度と会うことはないと思っていた冬人と、平兵衛は数日後、再会を果たす。その場所は、冬樹が撮影するはず予定の現場だった。 突然芸能界へやって来た冬人に驚く平兵衛だったが、またしても冬人は驚きの言葉を口にする。 「──私を、火乃宮さんと一緒に住まわせてほしい」 そう言う冬人には、ある【目的】があったのだ。 その【目的】は、平兵衛にとって受け止められないものだった。 ──だからこそ、平兵衛は冬人を【騙す】しかなかったのだ。 大切な友人を亡くした男と、兄の死に思うところがある弟のお話です! シリアスな展開が多いですが、端々にニコッとできるような要素もちりばめました! 楽しんでいただけましたら幸いです! ※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!! ※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※ 2022.07.24 レイアウトを変更いたしました!!

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...