ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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 玲への想いを自覚してからの抄介は、どこかスッキリした気持ちになっていた。
 認めたのだがらもう迷いはない。
 仕事をしている時も時々玲と楽しかった出来事が頭に浮かぶが、それが逆に自分の中で活力となっている気がしていた。
 たまに田所がちくりと話しかけてくることもあるが、それは無視をし、仕事をこなしながら玲と話す日々が楽しみになっていた。
 そしていつもの木曜日になった。
 足取り軽く歩いていた抄介は休憩室の前に着き、扉を開いた。
 開けると、丁度玲は電話をしている最中だった。
 驚いて一瞬部屋から出て行こうとしたが、玲は頭を下げながら話を続けていた。
 少し笑顔を作りながら話をしている。雰囲気からして友達か・・・。
(好きな人か恋人か?)
 そんなことが不意に浮かび、少し気落ちはしたが、しばらくして玲は電話を切った。
「すみません、少し煩くして」
「いや、大丈夫だよ。友達?」
 気になって思わず抄介は尋ねてしまった。
「あ、まぁそうですね」
 少しぎこちなく言う玲に抄介の心が僅かに痛みを感じた。
 本当に友達なのだろうかと訝しげに思う。
 よくよく考えてみたら、彼女がいてもおかしくない容姿だ。
 スタイルが良く小顔で色白、目が大きく愛らしい顔立ちで、性格も無邪気で幼さを感じるが、誰からも好かれる人物だと思う。
 自分ですらこんなに惹きつけられているのだ。
 彼女がいないわけがないよなと、改めて抄介は思った。
 元々叶わぬ恋をしてるのだから、彼女がいようといまいとあまり関係ない気がするのだが、それでも好きな人が別の人のことを楽しそうに話をされたら、辛い気持ちになる。
 最近気分の起伏が激しく、正直疲れている。
 人を好きになるってこんなに疲れただろうかと、抄介はぼんやりと思った。
 無言になっている抄介を見て玲は、怪訝そうに見つめながら話し始めた。
「抄介さん、前に約束したこと覚えてますか?」
 問われて抄介は、えっと言った。
「約束って・・・また食事に行く話か?」
「そうです!良かった!来週だったら行けそうなんですけど、どうですか?」
 二回目の食事を覚えていてくれて、抄介は先ほどの落ち込みから一気に気分が上がった。
 我ながら単純な思考だと抄介は胸の中で呆れてしまった。
「俺も大丈夫だよ。今度は玲が行く所決めてくれるんだよね?」
「はい、任せておいて下さい!」
 笑顔で返され抄介の心臓は、尋常なく高鳴る。
 この笑顔のそばでずっと居られたらと、いつも思ってしまう。
 それだけ抄介にとって癒しの存在になっていた。
 気持ちが上がったことで抄介は少し気が大きくなり、気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
「そういえばさ、玲って彼女とかいるのか?」
 緊張しながら玲の様子を伺ってみる。
「いませんよ?」
「え?」
 あっさり答えられ、抄介は拍子抜けする。
「今は・・・いらないですかね、彼女は」
 笑みを作り、座席で足をばたつかせて言う玲に抄介は心から安堵した。
(フリーか、それじゃあ俺と会う機会を作ってくれるってことかな?)
 そんな自分勝手なことを思いながらも、嬉しくて抄介も笑みが零れた。
「そういう抄介さんはどうなんですか?彼女とかいるんですか?」
 伺うように尋ねられ、抄介は苦笑しながら答えた。
「いないよ。俺は四年前に別れたっきりね」
「そうなんですか。抄介さんも枯れてる感じですね?」
 思わずからかうように返した玲だったが、抄介は意外にも真面目に答える。
「まぁな。俺は敢えて彼女を作らなかっただけだから。仕事をしたかったから作る気がなかっただけだよ」
「仕事優先だったんですか?」
「うーん、そうだったのかもしれないけど・・・」
 歯切れの悪い言い様に、玲は首を傾げた。
「違うんですか?」
 抄介はすっと視線を足元へと向けながら話し始めた。
「俺、別れた原因ってずっと仕事ばっかりやっていたから振られたんだ。残業や休日出勤続きで、彼女と会う時間がどんどん減っていって。そうしたら振られて。そりゃあそうだよなって思ってさ」
「・・・・」
 玲は抄介の横顔を静かに見つめながら話を聞いていた。
「だけどあの時は仕事が順調で、仕事に対する欲が強かったんだよ。完全に仕事の方が大事になってしまって。それで年齢も年齢だっただろう彼女は俺に見切りをつけた」
「抄介さん」
「振られた時はそれなりにショックだったよ。振られて当然とは思いながらも、好きな相手だったからショックだった。でも次の日、そのことを忘れて結局仕事に没頭していた。彼女のことは時間が経つたびに忘れていったし」
「・・・そうなんですね」
 玲は少し切ない表情で抄介を見ていた。
「だけど、本当にこんな生き方で良かったのかなって、最近良く思うことがあるんだ。仕事は確かに相変わらず順調だ。でももっと違う生き方もあるんじゃないかって」
 言って抄介は玲の顔を見つめた。
「もっと人生を楽しむ生き方をしたっていいんじゃないかって思えてきてさ」
「・・・・」
 抄介は言いたかった。それを教えてくれたのは玲なんだと。
 玲と出会えたから考え方が変わり、抄介の勝手は願いではあるけど、玲と一緒に時間を過ごせたらと思っているのだ。
 こんなにたった一人の人間とずっと過ごしたいと思ったのは初めてかもしれない。
 抄介の考えが変わった理由を彼は尋ねてこないが、尋ねられても答えることはできない。
 それは玲に自分の気持ちを伝えると同じことになるから、それを知ったら彼は絶対に戸惑うだろう。
(きっと俺と距離を置くだろうな。自分に恋愛感情を抱いてるなんて嫌だろし)
 一抹の淋しさと悲壮感を胸に秘めながら抄介は視線を玲から外し、苦笑いをした。
「ごめん、なんかすごい恥ずかしいことを言ってるな、俺」
「そんなことないです。そういう考えもあると思います。みんなそれぞれ生き方があると思いますから」
「ありがとうな」
 抄介は微笑むと、玲は口を開いた。
「でもそれって大事なんじゃないですか?趣味を楽しむことがメインで仕事を頑張る人もいるし。俺も・・・今はそういうふうにはまだ言えないけど、きっと抄介さんは仕事をすごく頑張ったから見えた物があったんじゃないかなって思います」
 そう答える玲に抄介の胸の中は安堵感で広がっていく。
 玲は優しい子だ。無邪気であり幼く感じるが、実は人に寄り添ってくれる子だと感じていた。
 相手の気持ちになって話を聞いてくれて、抄介の考えを肯定してくれているようで嬉しかったのだ。
 抄介は玲の清掃業の作業着姿を見ているうち、ふとなぜフリーターでいるのか不思議に思った。
「そういえば、なんで玲はフリーターなんだ。正規雇用で就く気はないのか?」
「え?」
 予想外の問いかけに玲は戸惑っている。
 当然だ。抄介も急に思いついてしまったが、気になると尋ねたくなるのが性分だった。
 急な問いかけにも玲は躊躇いながらも返答した。
「まあ、正規で働くことが全てじゃないと・・・その俺は思っていて」
「え?」
 思わぬ玲の発言に抄介は驚いた。
「その・・・自由に、自分がやってみたい仕事をしたいというか」
「やってみたい仕事って?」
 抄介は問いかけると、玲は申し訳なさそうに返される。
「・・・内緒です」
 苦笑しながら内密にされ抄介は少し気になったが、言いたくないのならそれ以上尋ねるのは憚れた。
「そっか」
「ごめんなさい。いつかお話できるといいんですけどね」
 濁され、頭を下げた。
 きっとそれだけ叶えたい夢のような物があるのだろう。
 叶えるまで他人には内緒にしたい気持ちはわからないでもない。
 いつかそのやりたいことが叶った時、話してくれるだろうと抄介は信じ、のんびり待つことにしようと思った。
「他の話をしましょうか?」
「そうだな、じゃあ・・・玲の今の楽しみについて、かな」
「え、また俺!?」
 驚く玲の姿を抄介は笑いながら、そうだよと続けた。
「俺ばっかりだとつまらないです!抄介さんのいろんなことを知りたいです。何が好きなのかどんな人がタイプなのか・・・」
 一瞬、自分に気があるのかと勝手に勘違いするような質問で抄介は一人戸惑っているが、よく考えればごく普通の質問だった。
 ただ気になっただけが可能性大だ。
「タ、タイプって特には・・・」
「前の彼女さんはどんな人だったんですか?」
「べ、別に普通だよ。ちょっと男っぽいところはあったかもしれない。さっぱりしてるっていうか」
「へぇ~可愛い子がタイプなのかと思ってました!」
 意外そうに抄介を見る玲に、思わず彼の顔を凝視してしまった。
(確かに今は可愛い子が好きだけどな・・・)
 見透かされているのだろかと動揺するが、多分他意はないのだと思う。
 ひたすら踊らされている抄介は自分が情けなくも感じるが、自分の意外な一面を知るのも面白いのかもしれないと感じていた。
 自分が醜態を晒していても、今は抄介にとってこの時間帯が尊い。絶対に壊されたくない。
 例え思いが伝わらなくても、友人でも、玲と一緒に過ごしていきたい。
 改めて玲のへの想いを思い知らされる瞬間だった。



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