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しおりを挟む大学を卒業してからずっと仕事をする人生を選んできた。
理由は仕事が面白くて夢中で業務を行っていたら、残業しながら仕事中心でいる生活が当たり前になってしまって、気がつけば大学時代から付き合ってきた彼女に捨てられた。
その時はショックだったが、翌日が来ればまた仕事をこなす日々になり、いつの日かそのショックもいつの間にか消えていた。
しかし半年前に中途採用で入ってきたある男性社員が、やたらと抄介と張り合って来るようになり、今度はその社員に負けたくないという気持ちだけで仕事をするようになっていた。
いつの間にか仕事する理由がくだらない理由になっていることに、抄介は自分に失望していた。
業務内容が常に同じではないが、それでもずっと毎日パソコンに向かってキーボードを叩く毎日に、マンネリ化してしまったのは否めない。
だからこそ、そこでやりがいを求めるかのように、自分に好戦的な男性社員をライバルにすることで、仕事をする意義を見出したかったのかもしれない。
誰だっていつかは仕事に新鮮さを失いマンネリ化する。
そんな気持ちを払拭する為に、今なぜこの仕事を続けているか理由が欲しくなることもあるだろう。
抄介は改めて今の業務をなぜしているのだろうと、自分に問わなければならないと感じていた。
夜八時頃、自宅に戻らず抄介はある所へと向かっていた。
時々飲みに行く店があり、そこの店長に色々話を聞いてもらったりしているが、今日はどうしても相談がしたかったのだ。
店長はアキラという年齢は三十代後半の男性で同性愛者だ。
店は関東で有名な繁華街から少し離れた場所にあり、来るお客は同性愛者の人もいるが異性愛者の人も入ることができ、ゆっくり酒が飲める良い店だった。
聞き上手な店長はよく色んな人から相談を受けるそうで、それは抄介も同じだった。
時々悩みを聞いてもらったりしていて、元彼女とのことも相談したこともあった。
店を知ったきっかけは、大学時代の男の友人だったが、彼は別に同性愛者ではないが彼の友人がそうだった。
友人と友人を経てこの店を知り、お気に入りの店になったのだ。
春の夜風が抄介の頬を撫でる。
寒い冬が終わり、何かを予感させるような高揚感を掻き立てられる季節になったとはいえ、まだまだ身に染みる寒さがある。
春用のコートに身を包み、抄介はアキラという店長のいる店へ向かった。
扉を開け部屋に入ると、テーブル席には四、五人ほどの客が酒を飲みながら話に花を咲かせていた。
カウンター席に目をやると、そこには誰も在席している客はいなかったので、早速抄介はカウンター席へと向かった。
アキラは抄介を見るや否や驚いた表情で声をかけて来た。
「あら、抄ちゃんじゃない!久しぶりじゃない?いつぶり?」
少し茶色かかった短髪のアキラは、嬉しそうに微笑んだ。
「こんばんは。お久しぶりです」
抄介は椅子に座りながらアキラにビール下さいと言った。
「はいはい、いつものやつね」
ヒラヒラと手のひらを振りながら、抄介の飲み物の準備を始めた。
久しぶりに来た店内を見まわす。薄暗いライトが天井から照らされ、店内が賑わっていて以前から変わっていない雰囲気に安心感を生む。
ビールが出てくるまで室内の雰囲気を味わっていると、懐かしい匂いが抄介の鼻を擽った。
「はい、うちの店の名物お通しよ」
「あ、肉ジャガだ!美味しいんですよね!」
この店で通うお客が楽しみしている一品だ。それは抄介もそうだった。
嬉々としてその肉ジャガを一口頬張る。
コクのある甘辛味で、ジャガイモはじっくりとその味が染みている。
美味さで抄介の顔が一気に笑みになった。
「久しぶりに食べると胃に染み渡りますね」
「どういう意味よ?」
アキラは苦笑いをしながら返答した。
「いや、褒めているんです。ちょっと胸にグッとくるというか・・・」
「なんで切なくなってるのよ?お疲れのようね」
呆れた表情でアキラは抄介の顔を見た。
「いや、久しぶりだから・・・前回ここへ来たのは半年前かな?」
「そんなに経ってたのね。半年間、何をやってたの?」
アキラは洗った食器類を拭きながら尋ねて来た。
「いや、ずっと仕事三昧だよ。プライベートは特に何も・・・」
そう言い抄介はそれ以上話を続けるのを止めた。
何もなかったわけじゃない。ここ二週間である出会いがあったのだが、おかげで仕事が時々集中できないでいる。
「何よ?あったの?」
「え、まぁ」
短く言う抄介にアキラは怪訝そうに見つめた。
「まぁってあったの?なんでそんなに勿体ぶった感じで言うわけ?」
「すみません、ちょっと戸惑っていて」
「戸惑う?」
「・・・話、聞いてもらえますか?」
アキラは静かに頷き、その様子を見た抄介は静かに話し始めた。
「実は二週間前にある清掃員の青年と出会ったんだ。その、俺の会社が入ってるビルの休憩室で」
「休憩室?」
「俺が毎日そこで休憩を取ってたんだけど、たまたまそこで彼も休憩していて。それで俺、その人と色々話をしたんだ」
「そう」
アキラは不思議そうに抄介を見ている。
「その青年は俺より五歳年下で、白い肌で目が大きくイケメンってやつで、なんていうか美青年?っていう感じの子で、その子といると楽しいしでも落ち着かない気持ちにもなったり照れくさかったり、だけど帰ると寂しくて仕方ないんだよ」
「・・・・」
どこか笑みを浮かべ楽しそうに話す抄介を、アキラは無言で冷静な目で見る。
それに気が付いた抄介は彼の表情に疑問を感じつつ、更に話を続けた。
「まだ二回しか会ってはいないけど、会うとその青年のことを忘れられなくて、仕事の最中にも彼のことを考えてしまって集中できなくて困ってるんだ。どう思う?アキラさん」
困った表情の抄介に対し、アキラは一つ溜息を吐き呆れた表情をしていた。
「なんでアキラさん、溜息を吐くの?」
「なんでって、あなたいくつよ?小中学生?」
「ちょっと、なんでそんな馬鹿にした言い方するんだよ?」
イラつく抄介にアキラは答えた。
「あなたの話を聞いてるだけで答えは一つでしょ?そんな笑顔で話してるし。誰でも答えらえるわよ」
淡々と返され抄介は戸惑いながら問い返した。
「なんだって一つだって思うんですか?」
再度大きく溜息を吐きながらアキラは言った。
「答える前に、あなた以前彼女の相談してきたことあったわよね?」
元カノの話をされ、抄介は驚きを隠せなかった。
「ええ、それって随分前のことですよね?」
「そうよね。だから思わず聞いたの」
アキラの言っている意味がわからず、更に抄介は混乱する。
「どういう意味ですか?」
「だからあなたは男が好きなわけないわよね?」
「は?いや、俺は女性が好きですよ」
「だから不思議なのよ、なんであなた、その青年に恋をしているのか」
とんでもないことを言われ一瞬抄介は思考が停止した。
(今、恋してるって言ったか?)
「な、何を言ってるんですか、アキラさん」
困惑した表情でアキラに尋ねるが、彼は平静としている。
「何じゃないわ、話を聞いた限りあなたはその青年のことが好きになってるわ」
「まさか、そんな。俺は男だし相手も男ですよ?」
抄介の発言にアキラは不服そうに言った。
「それ、私の前で言うわけ?」
「あ・・・すみません。でも俺は今まで女性としか付き合ったことないし、信じられませんよ」
「そう言われてもね、私もわからないわよ。気になり出したのは何がきっかけだったの?」
アキラにそう問われ、抄介は少し思い返してみた。
「初めて会った時、休憩室に入ったらそこに座ってて、少し喋ってみて、それから・・・かな?」
「・・・・」
アキラは再び呆れた表情で抄介を見る。そして口を開いた。
「それって一目惚れってやつじゃないの?」
「一目惚れ?まさか!」
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ニンマリと笑むアキラに抄介は動揺した。
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確かに玲は、イケメンと言うより美青年という表現の方がしっくりくる。
見ると惹きつけられて、思わず見入ってしまったこともあったが・・・。
アキラが言う言葉に未だに信じられず不信に思う。
必死にその言い訳を考えて抄介は言った。
「た、確かにアキラさんの言う通り、美青年だから見た目に思わず引き込まれたのかもしれない」
「でもずっと気になってるんでしょ?会うと楽しくて帰ってしまうが寂しいって」
「そうなんだけど、それって友達だからってことはない?」
「友達といて照れくさいなんて思う?」
問われて抄介は答えられず無言になるが、自分の中でどうしても浮け入ることができずボソッと言った。
「ごめんアキラさん、ちょっとあなたが言ったことを受け止められない」
一つ溜息を吐くアキラはそうね、と言った。
「まぁ、動揺する気持ちはわかるわ。だけど片隅にでも覚えておいて。多分、誰に聞いても同じ答えが返ってきそうだけどね」
狼狽える抄介にアキラは一言告げ、そして、
「でも珍しいわよね、ここへ来るたびに仕事の愚痴しかしなかった抄ちゃんに、気になる人ができるなんて。それだけ魅力のある子なのね」
微笑むアキラに抄介は神妙な面持ちになって、出されていたビールをようやく口に付けた。
夜道を歩きながら抄介はアキラから質問されたことを何度も考えていた。
あれから、自分から人を好きなったことはなかったのかとアキラから問われた。
自分から好きになったことはあると思う。
中学、高校、大学といいなと思った女の子とデートに行くこともあったし、いいなと思っていたら向こうから付き合って欲しいといわれたこともある。それが大学時代の元カノだ。
好きになったことはあるが、強烈に惹かれるという経験はないのかもしれない。
それが玲だと言いたいのだろうか?
髪の毛を少しを掻き乱す。
信じられない気持ちの方が大きく、今は人の意見を咀嚼する余裕なんてない。
アキラは心の片隅に置いておいてくれと言ってはいたが。
(それすら今は拒みそうだ)
来週の木曜日に会う約束はしているが、複雑な気持ちになる。
会いたい気持ちと会うのが怖いという気持ち。
会ったらどう接していいかわからない。玲を見た瞬間、狼狽えて言葉が出てこないかもしれない。
再び彼の事ばかり考えてしまい、何も解決していないことに抄介はがっくりと肩を落とし、トボトボと家へと向かった。
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