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第五章『復活に向かって』
第三十二話『死後の世界』
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長く、長く、夢を見ているような感覚があった。
夢の内容はよくわからないが、良い夢とは思えない、例えようのない違和感のようなものが頭の中に残っている、そんな感覚だった。
そんな感覚を認識したところで、ナシャは不意に目覚めた。
目に映ったのは、闇。
何もないような闇があった。
首元に手を伸ばす。
ドーフェに食いちぎられたはずだが、傷はないように感じられた。
腹部も確認したが、やはり何の痕跡もない。
『私は死んだはず......』
そう思いながらナシャは上体を起こす。
次第に闇に目が慣れていき、闇の中に岩のような壁や天井が見え、ここが洞窟のような場所であることがわかった。
立ち上がり辺りを見回すと、闇の中のずっと向こうに、光がポツンと見えた。
ナシャはとりあえず光を目指して歩くことにした。
歩きながらナシャは、身体に感覚があることに気付いた。
大地を踏みしめる感覚、洞窟内のひんやりと湿った空気、自分の足音、固い岩肌。
それら全てが間違いなく感じられる。
ナシャは、死後は幽霊のように半透明でなんの感覚もない存在になると思っていたので、今の状況がかえって不思議に思えてしまっていた。
とりあえず光が射す方に歩いていくと、光に近づくごとに人々の声が聞こえてきた。
どうやら人々は賑わい、活気のある場所のようだ。
闇の中から光の先に抜け、目が明るいところに慣れたところで、ナシャは目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
そこには、ナシャの故郷、ヤタガ王国の街が広がっていた。
ナシャはしばし呆然と立っていたが、気を取り直して、街を観察する。
間違いなく、ヤタガ王国の首都ヤタガの街の一角だ。
王宮を背に広がる迷宮のような住宅街のうち西地区の外れになる。
西地区には運河があり、交易の中心となっているので、商店などが軒を連ねている。
ナシャが出てきたのは、運河に程近い商店の倉庫にあたる場所のようだった。
ナシャが想像していた死後の世界とはあまりにも違い、極めて現実的な世界であるので、ナシャは混乱の極致にいた。
「私は潜魔窟で死んだ......のだよな?」
ふと疑問が口から漏れる。
今までのことは夢だったのだろうか?
今までの旅は全てまやかしだろうか?
疑問ばかり脳裏をよぎるが、答えは出ない。
しばらくその場で懊悩としていたナシャであったが、この場所からそれほど離れていない場所にある自宅に向かえば、夢かどうかわかるのでは?と閃き、ひとまず自宅に戻ることにした。
迷宮のような住宅街の通路も、歩兵師団長の立場にあり、街の防衛を担っていたナシャにとっては、勝手知ったる場所であるので、迷うことなく家路に歩を進めた。
道中、見知った店や見知った顔が目に飛び込んでくる。親しげな笑顔で手を振ってくる馴染みの酒場の主人の姿もあり、ナシャも軽く手を振って応えた。
1シリ(約1.8km)ほど歩き、不恰好な柵で囲まれた一軒の家が見えてきた。
高さが揃っておらず、色もところどころムラになっている柵。
ナシャが、休暇を利用してこしらえたものだ。
「まさに、私の家だ......」
まださほど家を離れて期間は空いていないはずなのだが、妙に懐かしさを感じながら建て付けだけはいい門を撫でた。
そのとき、家の中から、僅かに声が漏れ聞こえてきていることに気付いた。
疑問に思い、耳を澄ませ、ナシャは目を大きく見開いた。
「ま、まさか......」
その声は、ナシャにとって、何よりも心焦がれるものだった。
はやる気持ちそのままの勢いで扉を開くと、驚いたような表情でナシャを見つめる女性と少年が食卓を囲んで座っていた。
それは、2年前に流行り病で死んだ、ナシャの妻のカノと息子のサムだった。
家に入ってきた男がナシャと気付いたサムは、「父さま!」と叫びながら疾風のような速度でナシャに抱きつき、大声で泣き始めたので、ナシャは愛する息子の頭を優しく撫でてやる。
「あなたも、いらしたのですね......」
カノは、最後の方は声にならない声で話し、両手で口元を押さえ、その場にうずくまり、涙を流した。
「会いたかった。ずっと、ずっとお前たちに会いたかった......」
ナシャは溢れ出る涙を堪えることなく、その大きな身体で最愛の二人を力強く抱き締めた。
夢の内容はよくわからないが、良い夢とは思えない、例えようのない違和感のようなものが頭の中に残っている、そんな感覚だった。
そんな感覚を認識したところで、ナシャは不意に目覚めた。
目に映ったのは、闇。
何もないような闇があった。
首元に手を伸ばす。
ドーフェに食いちぎられたはずだが、傷はないように感じられた。
腹部も確認したが、やはり何の痕跡もない。
『私は死んだはず......』
そう思いながらナシャは上体を起こす。
次第に闇に目が慣れていき、闇の中に岩のような壁や天井が見え、ここが洞窟のような場所であることがわかった。
立ち上がり辺りを見回すと、闇の中のずっと向こうに、光がポツンと見えた。
ナシャはとりあえず光を目指して歩くことにした。
歩きながらナシャは、身体に感覚があることに気付いた。
大地を踏みしめる感覚、洞窟内のひんやりと湿った空気、自分の足音、固い岩肌。
それら全てが間違いなく感じられる。
ナシャは、死後は幽霊のように半透明でなんの感覚もない存在になると思っていたので、今の状況がかえって不思議に思えてしまっていた。
とりあえず光が射す方に歩いていくと、光に近づくごとに人々の声が聞こえてきた。
どうやら人々は賑わい、活気のある場所のようだ。
闇の中から光の先に抜け、目が明るいところに慣れたところで、ナシャは目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
そこには、ナシャの故郷、ヤタガ王国の街が広がっていた。
ナシャはしばし呆然と立っていたが、気を取り直して、街を観察する。
間違いなく、ヤタガ王国の首都ヤタガの街の一角だ。
王宮を背に広がる迷宮のような住宅街のうち西地区の外れになる。
西地区には運河があり、交易の中心となっているので、商店などが軒を連ねている。
ナシャが出てきたのは、運河に程近い商店の倉庫にあたる場所のようだった。
ナシャが想像していた死後の世界とはあまりにも違い、極めて現実的な世界であるので、ナシャは混乱の極致にいた。
「私は潜魔窟で死んだ......のだよな?」
ふと疑問が口から漏れる。
今までのことは夢だったのだろうか?
今までの旅は全てまやかしだろうか?
疑問ばかり脳裏をよぎるが、答えは出ない。
しばらくその場で懊悩としていたナシャであったが、この場所からそれほど離れていない場所にある自宅に向かえば、夢かどうかわかるのでは?と閃き、ひとまず自宅に戻ることにした。
迷宮のような住宅街の通路も、歩兵師団長の立場にあり、街の防衛を担っていたナシャにとっては、勝手知ったる場所であるので、迷うことなく家路に歩を進めた。
道中、見知った店や見知った顔が目に飛び込んでくる。親しげな笑顔で手を振ってくる馴染みの酒場の主人の姿もあり、ナシャも軽く手を振って応えた。
1シリ(約1.8km)ほど歩き、不恰好な柵で囲まれた一軒の家が見えてきた。
高さが揃っておらず、色もところどころムラになっている柵。
ナシャが、休暇を利用してこしらえたものだ。
「まさに、私の家だ......」
まださほど家を離れて期間は空いていないはずなのだが、妙に懐かしさを感じながら建て付けだけはいい門を撫でた。
そのとき、家の中から、僅かに声が漏れ聞こえてきていることに気付いた。
疑問に思い、耳を澄ませ、ナシャは目を大きく見開いた。
「ま、まさか......」
その声は、ナシャにとって、何よりも心焦がれるものだった。
はやる気持ちそのままの勢いで扉を開くと、驚いたような表情でナシャを見つめる女性と少年が食卓を囲んで座っていた。
それは、2年前に流行り病で死んだ、ナシャの妻のカノと息子のサムだった。
家に入ってきた男がナシャと気付いたサムは、「父さま!」と叫びながら疾風のような速度でナシャに抱きつき、大声で泣き始めたので、ナシャは愛する息子の頭を優しく撫でてやる。
「あなたも、いらしたのですね......」
カノは、最後の方は声にならない声で話し、両手で口元を押さえ、その場にうずくまり、涙を流した。
「会いたかった。ずっと、ずっとお前たちに会いたかった......」
ナシャは溢れ出る涙を堪えることなく、その大きな身体で最愛の二人を力強く抱き締めた。
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